安全な水とトイレ―望みすぎでしょうか?...25億人の人たちのために(マット・デイモン)

AOL ミュージック / 2012年10月19日 9時0分

 このパラグラフをあなたが読み終える頃には、この一世紀以上に渡り回避可能なはずの何らかの原因によって、また一人の子供が死んでいることでしょう。未だに世界の人口の40%近くの人たちがコップ一杯の安全な飲み水、あるいは最低限のトイレを確保することができずにいます。
 あらゆる人間に安全な水と公衆衛生を確保するという目標のために私たちは続けて結集していますが、その一方で、私たちが自分たちに問いかけている本当の疑問があります。それは、私たちが生きている間にこの目標を実現するという結果を出すためには、本当のところこの問題にどのように直面したらよいのか、ということです。

 解決策が分かっていて実現可能である今日でさえ、安全な水と公衆安全を使うことができないために病気が原因で失われている命が失われています。その数は、銃が使われているどの戦争で失われる命の数よりも多いのです。
 この心が痛くなる現実のために、人々の苦しみを止める手助けをしようという博愛的な努力が行われています。会議や基本計画、体制、法律、そして公共団体やさらなる決議が存在しています。募金は集められ、井戸が掘られ、開会のテープカットが行われています。しかしチャリティ活動や助成金、多国間援助、そして政府の一部からや非政府組織 (NGO) の外側から投資などが何十年もの間に渡りなされてはいるものの、このシステムは依然として効果が低く、発展途上国の低所得階層 (BOP、base of the economic pyramid) にいる人たちが毎日必要としている安全な水を確保し救済するという目標にはほど遠く至っていません。その意図は素晴らしいものなのですが、しかし救済は届いていないのです。

 スラム街に住んでいる人たちは、一リットル当たりの水に対し、近所の五つ星ホテルのオーナーが支払っている金額の平均で7~15倍の金額を支払っています。それは、補助金のほとんどが、非現実的に低い水道の料金請求方式によって人々に届けようとされているためです。つまり、もしあなたが水道を持つことができないほど貧しい場合は、その補助金を獲得することができません。
 それとよく似た例で、もしあなたがポルトー・フランス (ハイチの首都) に住んでいる貧しい日雇い労働者で、のどの渇きをいやすために安全な水を飲もうとした場合、その水の料金はニューヨーク市の水道水の250倍もの金額を支払うことになります。水に支払う現金を持っていない人たちは、頻繁に水が止まる公共の水道、河川、または排水溝からでさえ水をあさろうと毎日何時間もかけています。この水不足の罠にはまっている人たちは10億人近く、そして清潔なトイレを使うことができない人たちは約25億人います。これを、チャリティ主導の問題解決を手を差しのばして待っている人々の群れとして考える代わりに、彼らの多く、あるいはほとんどを潜在的顧客として考えてみてはどうでしょうか。
 ここ数十年の間、途上国の低所得階層を理解する際のパラダイムに変化が見られます。この水と衛生の危機的状況の対処に対し、もっと期待が持てるような変化です。マイクロファイナンス (貧困層向け金融サービス) は資金へのアクセスを民主化するので、このシフトのきっかけとなっています。私たちWater.orgは、このマイクロファイナンスの効果をうまく活用し、その原理を用いて貧困層の水と衛生の必要に答えることができることを実証しています。

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