田中真理、ロマンポルノの女闘士が40年ぶり真相激白

アサ芸プラス / 2012年12月11日 10時0分

「ワイセツ裁判の判決まで8年かかりました」

 今から40年前、20歳になったばかりの田中真理は「ロマンポルノの星」として売り出された。その直後に主演作が立て続けの「わいせつ図画」で摘発され、運命が一転‥‥。幻の女優が今、長い沈黙を破る!

「今、考えても、どうして私の作品だけ狙い撃ちされたのか謎ですね。あれがなければ、女優として違う形だったかもしれません」

 還暦は過ぎたが、現役当時と変わらぬ166センチのしなやかな肢体が目を引く。81年の引退後はマスコミに姿を見せることはほとんどなかったが、特別に現在の心境を語ってくれた。

 田中は高校生時代に日活にスカウトされ、女優としてデビュー。一時、離れていたが、71年に「ロマンポルノ」がスタートすると再契約。

 72年のデビュー作「セックス・ライダー 濡れたハイウェイ」は、新人ながら正月映画という破格の扱いだった。

「予定されていた人がドタキャンしたので回ってきたんですけど、それでも正月映画の大役は感激しました。現場は熱気がすごくて、ここにいれば映画が学べるって思えたくらい」

 白川和子、片桐夕子に次ぐポジションを確立しながら、同年1月に公開された「ラブ・ハンター 恋の狩人」が警視庁より摘発を受ける。さらに5作目の「愛のぬくもり」も同様に「わいせつ図画」との指摘を受け、ここから想像以上の長い裁判が始まった。

「劇場での公開作なんですから、私の映画だけ特別に過激だったとは思えない。だけど2作も摘発されてしまう。それがどうしても理解できませんでした」

 裁判にも出廷し、女優業と並行して法律や政治のことを勉強した。その姿勢は「エロスの女闘士」や「警視庁のアイドル」とも称された。

 また一緒に取り調べを受けた山口清一郎監督との恋仲も噂され、裁判中に事件をなぞった作品を発表したことから、2人そろって日活を追われる。

「彼とは“同志”のような間柄でしたね。世間からの波風を、彼が防いでくれたところもありました。私たちは女優や監督として、また映倫や日活というそれぞれの立場との違いも感じながら、裁判と立ち向かいました」

 ようやく78年6月に無罪判決が言い渡されたが、検察側が控訴。東京高裁によって全面無罪が確定したのは80年7月。摘発から8年半という長さだった。

「28歳でしたね。すでに結婚して長女も生まれていました。女優としては裁判の印象が強すぎて仕事も減っていたので、ここで引退することにしました」

 そんな幻の女優が70年代に撮りためたヌードが、初の写真集として発売される。ロシアンクオーターの引き締まったボディは、今も色あせない美しさだ。

「ロケ地や衣装やメイクなど、本当に心地よくやらせていただきました。自分で見ても楽しく、懐かしい思い出です」

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