テリー伊藤対談、小林幸子「自由になって、すごく楽です」

アサ芸プラス / 2012年12月28日 9時54分

テリー ひばりさんの歌をものまねしたっていうけど、ひばりさん世代じゃないよね。

小林 真っただ中ではないです。

テリー もうポップスが入ってきてたよね。坂本九ちゃんとか。

小林 もちろんそうです。だからNHKの「夢であいましょう」とか、あの頃ですね。

テリー それが何で美空ひばりになっちゃったの?

小林 まず家の隣がお寺で、お経が聞こえてくるんですね。それで3軒先がちっちゃな映画館で、上映している劇中歌を外に流してたんですよ。渡り鳥シリーズとかチャンバラとか、雑多な音が聞こえてきて、ポップスもあって、学校に行ったら唱歌があって。

テリー 紅白歌合戦みたいな環境だ。AKB48からサブちゃんまである。

小林 そうです、そうです。そういうものを一緒くたに聞いて、それからうちの小林精肉店の商売もなかなかよくなってきたので、やっと内風呂ができて、末っ子だったもんで父が一緒にお風呂に入れて、広沢虎造とか浪曲を歌うわけですよ。で、私を抱っこしたまま「歌ってみろ」って言った時、私がそのままこぶしを入れて歌ったんですって。父は私を湯船に落としそうになったぐらいビックリしたそうです(笑)。

テリー この子に音楽的なセンスがあるって気づいたんだね。

小林 父親も大昔、東海林太郎さんの歌を聴いて、歌手を夢みた少年だったんです。その夢をふっと思い出したんでしょうね。

テリー ジャズなんか歌ってもうまいでしょう。

小林 はい。ごめんなさい、「はい」だって(笑)。私も売れない頃はクラブとかキャバレーに出てましたし、赤ちょうちんがいっぱいあるお店だったら民謡を歌うし、ナイトクラブだったらジャズを歌うし、何でも歌うんです。演歌でスタートしたのは古賀政男先生にスカウトしていただいたからこそですけど。

テリー じゃあ、他の可能性もあったってこと?

小林 今だから話せますけど、同時期に当時の渡辺プロからもスカウトが来てたんです。もし渡辺プロに入ってたら、私はポップス歌手だったかもしれませんね。

テリー そうだよね。

小林 そうなってたら、たぶん今、テリーさんに会ってないかもしれない。わかんないもんですね。

テリー もう大変だった今年も終わりだけど、来年はどんな年にしようか。

小林 デビューした月が6月なので、そこから再来年の6月までを「50周年」と銘打ってやっていきます。

テリー 全国を回って。

小林 もちろんやりますし、小さなライブでジャズだけ歌ったり、シャンソンだって歌ってみたい。それにまだ言えないですが、ミュージカル出演のオファーもいただいてたりするんですよ。

テリー 楽しみだね。

小林 これまでは、いろいろな制約の中でやってこなくてはいけなかったのですが、今はそれから解き放たれた。

テリー 自由になった?

小林 なりました。私にとってはすごく楽です。

テリー 歌うことだけに専念できるわけだからね。

小林 うん。本来こうあるべきだったのかもしれないです。

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