百恵は“哀愁”、淳子は“意外性”

アサ芸プラス / 2013年1月29日 9時59分

 今のように「分業制」ではなく、70年代のアイドルはレコード、ドラマ、映画、グラビア、バラエティの全てをこなした。そして山口百恵と桜田淳子は、女優というジャンルにおいても非凡な才を発揮する。テレビが一家のものであった時代、2人は「ドラマ」で多くの人々を魅了した。

初ヒロインで淳子が女優開眼

 沖縄海洋博を間近に控えた75年6月、そのドラマは格別な期待感を持たせた。主演が郷ひろみ、ライバルが西城秀樹、その恋人が桜田淳子、そして第1回のゲストに山口百恵─トップアイドルがそろい踏みした「あこがれ共同隊」(TBS)は、当時、熊本に住む中学2年の筆者の胸を高鳴らせた。

 同ドラマを担当した演出家の堀川とんこうが振り返る。

「TBSの金曜8時は、裏に日本テレビの『太陽にほえろ!』があって、これまで何をやってもダメ。それなら、売れているアイドル歌手を集めようという発想になったんです」

 もし、主演の「赤い疑惑」(TBS)が控えてなければ、百恵もレギュラーだったかもしれなかった。局からの至上命令を可能にしたのは、堀川と同期入社の今里照彦の存在だった。今里は多くの歌番組を手掛けて音楽系の事務所と強いパイプがあり、不可能と思われた「高2トリオ(当時)」と「新御三家」の合体を実現させた。

 さらに主題歌は吉田拓郎が提供した「風の街」(歌・山田パンダ)で、コーラスに若き日の山下達郎が参加した豪華盤となった。堀川は、こうした“お膳立て”を背に、第1話の演出に入った。

「百恵ちゃんは最初の1本だけ出てもらったけど、とにかく話題性を持たせることに必死だったから。森本レオや三田佳子は僕のほうでブッキングできたけど、あれだけのアイドル歌手を集められたのは今里のおかげだったね」

 舞台は当時、にわかに注目を集めていた原宿。主演の郷はここでファッションデザイナーを目指すというトレンディドラマの先駆けのような設定だった。

 そして淳子は西城の恋人役であったが、見せ場は第7話に用意された。西城は不治の病に侵され、ジョギング中に池に落ちて心臓の発作で命を落とす。この瞬間に立ち会った淳子の演技が、堀川には印象深い。

「池の中から西城君を抱き起こして叫ぶシーンが、とても鮮やかだった記憶がある。もともと器用な子だけど、恋人の死に向き合う局面で、女優として何かを乗り越えたんじゃないかな」

 淳子にとって初めてヒロインを演じたドラマだったが、残念ながら「太陽にほえろ!」を打ち負かすには至らなかった。全26話の予定が視聴率不振で17話に短縮された。

 堀川はこのドラマから3年後、百恵と三浦友和を起用した単発ドラマ「風が燃えた」(78年/TBS)を担当する。伊藤博文の生涯を描き、三浦が若き日の伊藤に、百恵は妻・梅子の若き日に扮した。

 多忙の百恵は夜中に撮影に入ることもたびたびあったが、堀川の目にも三浦とのコンビは「実に生き生き」と映った。視聴率も34・4%と驚異的な成果を収める。

 また、堀川らが果たせなかった「金曜8時戦争」の悲願は、79 年に始まった「3年B組金八先生」によって達成される。それは同時に百恵や淳子、新御三家から、アイドルの主流がたのきんトリオや三原順子ら「80年代組」に移行したことの象徴でもあった─。

アサ芸プラス

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