阿藤快「名優・名監督が鍛えた“犯人専門”の怪演技」

アサ芸プラス / 2013年3月8日 10時0分

 最近では旅番組・グルメ番組のレポーターとしておなじみの阿藤快(66)。しかし役者を始めてしばらくは、多くのテレビドラマで犯人役を演じていた。そこには“時代”ならではの名優・名監督たちと築き上げた熱い「絆」があった。

 最初の頃はずっと犯人役でしたよ。犯人やるコツなんてのはないんだけど(笑)、色っぽくないとダメだなってのはあったね。いろいろ演じてるうちに凶悪なだけじゃない「人間臭さ」みたいなのを演じれるようになっていったかな。いちばん殺したのは「Gメン」シリーズだったね。前後編で9人殺す脱獄犯。でも、その男なりの純愛を通すヤツだったりしてね。

 殺人犯の役とはいえ、ドラマで見せるのは凶悪な“顔”だけではない。犯行に至るまでの事情や背景を魅せる力がなければならない。中でも印象に残った犯人役は市川崑監督の映画「幸福」だという。

 無差別殺人犯の役だったんですけど、オレの顔は全然映らないんです(笑)。ずっと野球帽かぶってるし、後ろ姿ばっかりだし。ただ最後のシーンだけ顔が見えるんですけど、そこで監督が、「お前は仏教徒か、キリスト教徒か」って聞いてくるから、「どちらかというと仏教徒です」って答えたんです。そしたら「キリスト教徒が祭壇にひざまずくようなポーズで、子供みたいにエーンエーンと泣いて」って指示するんです。それまですごく怖いことやってきてて、最後がそれ。「市川監督すごいな!」って思いましたね。そんなすごい監督や役者たちとの出会いが自分の演技の幅を広げていったと思いますね。

 出身は名門・劇団俳優座。だが、芝居と出会うきっかけは新聞で見た「エキストラ募集」だったという。

 69年に蜷川幸雄さん(77)が舞台出演者を募集してたんで応募したんですよ。役者への興味ってより「おもしろそうだな」ってだけですね。でもそこで知り合った俳優座の人に「今度募集するからお前来いよ」と、声をかけられたんです。最初は舞台の仕事だったんですけど、1年半くらいやってみてあんまりおもしろくなくって(笑)。ただ最後に中村敦夫さん(73)に「役者やらないか」って言われて、最後だからと思ってやってみたら、これが難しくて!それが「もっと表現してみたいな」って自分のやる気に火をつけたんですよ。

 中村敦夫、仲代達矢(80)、市原悦子(77)など、スターぞろいだった当時の俳優座。その中でも阿藤と堅い絆で結ばれていたのが原田芳雄だった。

 芳雄さんにはかわいがってもらいましたね。俳優養成所に行ってないオレに興味持ってくれたんです。芳雄さんは自分のことを「養成所のアカがついてる」って言ってました。オレから見たら全然アカなんてついてなかったですけどね(笑)。でも「そのアカを落とすため」って言って路上で演劇やったりしました。舞台よりデカい声上げないと客に聞こえないから大変なんですよ(笑)。

 阿藤が出演した映画の中でも印象深いのが原田との共演作、そして「遊「野獣死すべし」といった松田優作との共演作だ。今は亡き2人の名優に関するしびれるエピソードを阿藤が明かす。

 雨の日に芳雄さんらと麻雀打ってたんですけど、そこに優作さんが来たんです。それでアーリータイムズが入った紙袋を何も言わずにスッと差し出して。それで皆でまた麻雀打ちだして。優作は何もしゃべらないから、麻雀できてよかったですよ(笑)。その帰り際、優作が「芳雄さんのこと、アニキって呼んでいいですか」「おう、いいよ」って会話して。その後、芳雄さんはずっとアーリータイムズを飲むようになったんですよね。

 最後にあらためてバイプレイヤー論について聞いてみた。

 自分が脇役って一度も思ったことないんですよ。世間は主役が中心にいて脇役がいて、と思ってるだろうけど、それだといい作品ができないと思う。ただ、脇の役者が目立ちすぎるような作品はいい作品じゃないね(笑)。作品っていうのは、織物みたいなものですよ。柄の部分もそうじゃない部分も、どれもよくないと全体の出来がよくならないじゃないですか。

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