小泉進次郎「再生への闘い393日」(1)復興を妨げる“役所の壁”

アサ芸プラス / 2013年3月14日 9時57分

 昨年2月、当時、野党だった自民党青年局内で、ひっそりとスタートした「チームイレブン」。中心的な役割を担う小泉進次郎は、復興支援のため、被災地に足繁く通い詰め、政策に反映させようと奔走した。ところが、下野した自民党への風当たりは強く、法律の規制や官僚の壁に阻まれてきた苦い過去もある。進次郎とチームイレブンの孤独な闘いの全容に迫る。

「原発政策を推進してきた自民党は、原発事故の責任から逃れることはできない。しっかり胸に刻んで、被災地の復興を最後まで見届ける」

 2月11日、福島市内のホテルで行われた自民党青年局による震災復興プロジェクト「TEAM─11」(以下イレブン)の報告会。青年局長の小泉進次郎は、政権与党の若い世代だからこそ担わなくてはならない、責任への強い決意をあらためて口にした。

 進次郎がイレブンを立ち上げたのは、昨年2月。毎月11日に福島、宮城、岩手各県の被災地を訪れ、住民と対話し、政策を提言することを目的としたプロジェクトだ。地方に出向く国会議員の多くは、地元業界団体のトップなどに会いたがるものだが、進次郎は違った。彼が優先的に会いに行ったのは、被災によって家を失った人、失業で困っている若者たちだった。

 過去には福島市内の果樹園を訪れ、みずからりんごの木の高圧洗浄を手伝った。また、宮城県東松島市では、がれき処理の前段階としてがれきを仕分ける「手選別」という作業に、軍手をはめて一緒に加わったこともある。自民党宮城県連青年部長の佐々木幸士県議は、進次郎とイレブンの1年余りの活動を高く評価する。

「これまで自民党は野党で、時間的に余裕があったということもあるでしょうが、これだけ継続的に来てもらえればうれしくないわけがありません。避難所を訪問した小泉さんが帰る時、涙を流しながら『また来てくださいね』と見送るお年寄りも少なくない」

 だが、発足当初、イレブンの面々は、あくまで野党の若手議員にすぎなかった。被災地に足を運んでも実際の政策に即座に反映させるのは難しく、進次郎自身も自覚していた。

 周囲には「与党に戻ったら電話一本で話が済むよう、今のうちに現場を見ておきたいんです」と再三、政権復帰後の青写真を説明して回った。

 当時、民主党政権の下で、被災地に対する復興基本法が施行されていた。年間19兆円の復興予算を11年度から5年間続ける方針も決定済み(今年1月、25兆円に変更された)だった。

 だが、制度と枠組みこそ出来上がっていたものの、それらが被災地で有効に機能しているとは言えなかった。自民党青年局次長として進次郎とともにイレブンの活動を引っ張ってきた長谷川岳参院議員が振り返る。

「中央から地方に文書で通達が行く間に、法令の解釈が硬直化してしまうんです。『この条件に当てはまらなければ補助金は交付できないと言われた』という話は被災者から数多く聞きました。一方で、自治体関係者からは『予算はあるのに、規制が多くて使いたいことに使えない』という声が上がっていました」

 いわゆる復興予算のミスマッチは、予算執行直後から今も何ら解決していない問題なのである。

アサ芸プラス

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