桑田真澄実父が暴露“PL学園野球部員いじめ水死”隠蔽(3)パニック状態になった現場

アサ芸プラス / 2013年3月29日 9時59分

 栄光の歴史を築き上げてきたPL学園野球部にショッキングな暗い事件が存在していたのである。

 当時の状況を知るPL学園の関係者は一様に口が重かったが、とあるOBに話を聞くと、言葉を選びながらしぶしぶ述懐してくれた。

「当時の感覚では、上級生にも下級生にもいじめという認識はなかったですね。体罰問題がクローズアップされている時代なので誤解を招くと嫌ですが、上級生の下級生に対する当たりがきついのは、当時では当たり前のものだった。でも無差別に殴ったりというのはなくて、一定のルールはありました。その件に関しても、まさかあんな事件になるとは思わずに起こったんだと‥‥」

 そして、Mくんだけが特別にいじめられていたというわけではなかったと言うのだが、再発防止目的を条件として語ってくれた現場の状況はとても生々しいものだった。

「スリッパを拾いに行かされたのは実はMくんだけじゃなくて、複数の下級生が池に飛び込んでいるんです。人口の池で、底に近づくほど極端に冷たくて、夏だというのに温度差が激しかったから、誰もが心臓マヒを起こしてもおかしくない状況だった。Mくんが上がってこなくなって、みんなパニックでした。彼が引き上げられるまで、1時間半か2時間ぐらい経過していたと思います。でも、桑田さんのお父さんが現場にいたとか、そんなことは覚えていないぐらい、とにかく正気を失っていた」(前出・OB)

 仲間を失う大惨事を目の当たりにし、選手たちの間には動揺が広がったという。PL学園関係者が明かす。

「その後、葬式も終えたあとのことなんですが、すでにMくんは亡くなっているというのに、Mくんを探しに行こうとする生徒がいた。心に深い傷を負ってしまったんでしょう」

 さらに、事件の余波は翌年まで続いていた。

 前述のように、翌年は春夏連覇を果たしているが、地元関係者が言う。

「春の大会において、応援団がPL名物『人文字』で故人のイニシャル『M』をスタンドからやろうとしたんです。ところが、学校と高野連が話し合った結果、ストップがかかりました」

 PL学園にとって、思い出したくはないが、決して忘れてはいけない事件だったはずである。

 泰次氏が事件内容を証言した目的はわからないが、結果的に息子である桑田氏の心にも深い傷跡を残したに違いない。

 そして30年近くが経過して、再び体罰問題が引き起こされてしまったからこそ、悲劇を繰り返さないためにも教訓としなければならないだろう。

 桑田氏は先のインタビューでこう話していた。

「『絶対に仕返しをされない』という上下関係の構図で起きるのが体罰です。(中略)スポーツ界で最も恥ずべきひきょうな行為です」

 体罰の根絶を願うばかりである。

アサ芸プラス

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