武論尊、北斗の拳「自然と漫画の作り方を覚えた」

アサ芸プラス / 2013年4月4日 9時54分

 漫画原作者として41年間、第一線で活躍し続けてきた武論尊氏。描いてきたのは無骨なまでの“男の物語”だ。その世界観を創り上げる過程は、彼の破天荒な生き様抜きには語れない。そして、現在65歳の男として「原作者人生」の幕引きをも念頭に置いていた。

──武論尊先生は、本宮ひろ志先生がいなかったらこの世界には入ってないですよね。

武論尊 入ってない。なろうと思ってなった職業じゃないから。そしたら‥‥。

──自衛隊の同僚だった本宮先生が漫画家になって。

武論尊 そこに結局ぶら下がって。自衛隊を出たあと同期の辞めてきた連中に退職金を全部食い潰されて、ポンと放り出されてひとりになってどうしようかと思ってたら、本宮が「じゃあ俺んとこ来るか? 食えないんだったらちょっと手伝ってくれ」って話だから。そうなると仕事を作らないことには、あいつだって周りの人に示しがつかないから、とりあえず資料係で。だけどプラプラしてただけで何にもしてないです。だってベタも塗れないし。

──ふつうは消しゴムかけぐらい手伝いますよね。

武論尊 消しゴムやるとホントに汚すんですよ。ビリッと原稿破いちゃったりして(笑)。あと、なんにも絵が描けないのにアシスタント希望者の採用を本宮と決めてたからね。基準は高卒はダメ、中卒は採用。

──ダハハハハ! 中卒だと根性があるとかですか?

武論尊 本宮も俺も中卒なんだよ。だから俺たち以上に学歴はいらない。それで入ったのが土佐の漁師とか高橋よしひろ君。高橋君は中卒だっていうから、それで「はい、君決定!」で。

──そんな面接(笑)。

武論尊 あとは麻雀やって酒飲んでただけだよ。時々、何か調べたいって言われると図書館行ったりしてたけどね。で、本宮が煮詰まって原稿ほっぽり出すっていう時に、「おい、これから逃げるぞ」って、あいつが俺をバイクのうしろに乗せてふたりでバーッと走り回って。もう行くとこなくて船橋のオートレースかなんか行って、バカだからそういう時に限って勝つんだよ。勝った瞬間に気分がよくなって、「帰ろ、仕事やるぞ」って。そんなのばっかりだったよ!

──それは本気で逃げる気で飛び出してるんですか?

武論尊 その瞬間は本気で逃げようと思ってるよ。

──実際、連載中に逃げたこともある人ですからね。

武論尊 そう。あの時は「男一匹ガキ大将」で富士の裾野に何万人と集まったでしょ。そこで本宮は主人公を本気で殺しちゃおうとしてるわけ。ところが周りはダメだって言うから、あの時も「逃げるぞ!」って言って。必ず俺がバイクのうしろに乗ってたよ。

──「男一匹ガキ大将」の途中で逃げた時は、付き合ってた女の子をうしろに乗せてたらしいですけど。

武論尊 あれ嘘だと思う。あれは俺だったと思う。

──え━━っ!

武論尊 あの時、女と付き合ってないはずだから、たぶん俺じゃねえかな。あいつも結構自分で作ってカッコよく書くからね。俺じゃカッコつかないじゃん。だから女にしたんじゃない?

──そりゃカッコつかないですよ(笑)。連載を放り出して武論尊先生を乗せて逃げてたって話だったら。

武論尊 2~3回あるんじゃない? 俺は、本宮の精神安定剤みたいな位置だったからね。そんな感じで2年か3年いて。編集の打ち合わせにも付き合えって言われていつも一緒にいたんで、それで自然と漫画の作り方みたいなことを覚えたのかもしれない。で、本宮プロにずっといるわけにもいかないじゃん。学歴もないから一般社会で面接を受けるような仕事は無理だし、背水の陣で何か見つけないといけなくて、それでたまたま原作っていうのがあったから、ここにへばりつくしかないっていうのがあったんじゃないかな。

 

プロインタビュアー 吉田豪

アサ芸プラス

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