萩本欽一「南田さんの葬儀で心底に染みた長門“兄貴”の不器用すぎる愛情」(1)

アサ芸プラス / 2013年7月18日 10時0分

 クイズ形式でユニークな人物を紹介するトークショー番組「特ダネ登場!?」(日本テレビ系)に、僕がレギュラー出演したのは1972年、31歳の時でした。

 その時、同じくレギュラー出演していたのが長門裕之さん、南田洋子さん御夫妻です。

 長門さんは父親が歌舞伎役者の澤村國太郎さん、母親が女優のマキノ智子さん、そして、叔母が女優の沢村貞子さんという芸能一家に生まれました。弟さんも俳優の津川雅彦さんです。

 一方の南田さんは20歳の時、大映映画のニューフェイスとして入社。「十代の性典」で注目されました。その3年後の1956年、日活映画「太陽の季節」で長門さんと共演。それが縁で2人は5年後の61年に結婚します。

 僕にとって、芸能界の兄貴、姉貴的存在だった長門さんと南田さん。

 僕って、テレビで共演しても、プライベートまで親しくなることはあまりありませんでした。

「特ダネ登場!?」に出ていた頃の僕は独身でしたが、南田さんって毎回「欽ちゃん、きちんと御飯食べてる?」と、声をかけてくれるんです。

 あれは番組で共演し始めて2カ月後ぐらいの寒い冬の時期でした。僕は番組に遅刻したことがありました。当時は、暖房ヒーターなんて普及していませんし、石油ストーブは火事が怖い。ガスストーブはもっと怖いし、独身の僕の部屋には全然、暖房器具がありませんでした。

 冬の朝は寒いから、布団を出ることができません。もう、やっとの思いで布団から出て、テレビ局へ駆けつけると遅刻です。

 南田さんから遅刻の理由を聞かれ、「実は‥‥」、布団から出られない話をしたら、「そんな寒い部屋で風邪でもひいたら、どうするの!」。すごい勢いで怒られました。

 ただ、その日は暖房器具を買いに行く時間もなかったし、それに面倒くさいから、その夜も冷たい布団にくるまって寝ました。

 翌朝、部屋のドアをノックする音で目覚めました。「誰かなぁ?」と、ドアを開けたら、長門さんと南田さんが立っています。

「これなら火事の心配もないから」

 重たいパネルヒーターを、2人でエッチラオッチラと持ってきてくれたのです。

 うれしくて、感激して、それ以来のおつきあいで、おふたりにはお世話になりっぱなしでした。

 数えきれないほど、お宅にお邪魔して、御飯をごちそうになっていますし、独身時代の正月は、長門さん・南田さん宅で過ごしていました。

 僕以外にもいろんなお客さんが集まるお宅でしたが、それは奥さんである南田さんの人柄だと思います。

 どの家庭でも、ご主人がどんなにいい人でも、奥さんにちょっぴり問題があると人は集まってきません。でも、長門さん宅の奥さんは誰からも好かれるし、お客さんひとりひとりに、こまやかな心遣いをしてくれる、すばらしい方でした。

アサ芸プラス

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