長谷川豊「フジへの反撃ブログで汚名返上」Vol.1

アサ芸プラス / 2013年9月4日 10時0分

 会社の金を使い込んだ“横領犯”の汚名を着せられ、今年3月にフジテレビを退社。その汚名を晴らすために始めた期間限定のブログでは、無実を主張するだけでなく、自分を陥れた真犯人の追及までしてみせた。現在フリーアナとなった長谷川豊(38)の、さらなる倍返しはあるのか?

──ものすごくスリリングなブログでしたね。

「ありがとうございます。毎日1000件以上、最終日には2000件ものコメントをいただきました」

──19日間で2400万ページビューは日本記録。

「どこの事務所にも所属していない、非タレント系のブログとしては、ということらしいですね。それにしても飛び抜けた数字だったみたいですが」

──かなり厳しい体験のはずですが、ギャグなども織り交ぜながらの軽い文章で楽しく読めました。

「フジテレビのアナウンサーとして14年間、いろいろな現場を取材し、テレビで伝えてきました。嫌な言い方をすればずっと人の不幸を食い物にしてきたわけです。もちろん、僕の身に起きたことは、当時はかなりキツかったし、ツラかった。でも、それも他人から見れば“人の不幸”です。だったら、できるだけ楽しんでもらおうと。どこかに罪滅ぼしというか、そんな意識もありました」

──とはいえ、あのヘビーな内容の公開には相当な覚悟が必要だったのでは?

「ブログは始める前に全て書き終えていたんです。それを分割して19日間で公開し終えるように予約投稿していた。つまり、途中で僕の身に何かあってもブログは最後まで更新されるわけです。そういう覚悟はしていましたね」

──まさに決死の覚悟。

「相手が相手ですから。消えていった芸能人、不可解な事故死を遂げた人、いろいろ見てきました。内部にいたので怖さは十分知っているつもり。でも結果的には何もなく、むしろフジテレビの社員たちから数十通にも及ぶ応援の連絡が来ました」

──事件のあらましを簡単に説明すると、「とある事情で家賃の一部を会社の仮払金で立て替えた。もちろんそれは全額返済するつもりだった」ということ?

「もっと複雑な事情が絡みますが、ひと言で説明するならそういうことですね。当時、僕はフジテレビのニューヨーク支局に赴任することになり、あちらで住む家を探していました。ところが、やっと見つけた手頃な物件が、契約の段階になって会社と不動産会社の間でモメ事が起きてしまい、借りられないかもしれない事態になってしまったんです。そこで不動産会社から泣きつかれたこともあって“誰にも迷惑がかからないし、みんなが丸く収まるなら”と会社からの仮払金を使い、しかも領収書の費目を“ペット手数料”にしてしまった。これに関しては完全に僕に非があります」

──でも、お金は返すつもりだったんですよね?

「返すつもり、ではなく、その時に明確に返そうとしました。その時、会社の労務担当ともメールでやり取りをしていましたし、そのメールも残っています。ところが、労務担当が代わったとたんに『長谷川が会社の金を使い込んでいる』『横領している』という話になってしまった。それで懲罰委員会が開かれて、アナウンス職を剥奪されました」

──誤解であれば説明すれば解けそうなものですが?

「でも、そもそも説明の場が与えられませんでした。懲罰委員会も『開くからニューヨークから戻って来い』ではなくて『終わったから戻って来い』だったんです。で、僕はその結果を聞かされただけ。それに事前に僕が提出したメールなどの証拠も一切採用されていないんです。あとでわかったことですが、僕を毛嫌いしている、一部の“反長谷川”とも言うべき人たちだけで結成された懲罰委員会で僕は裁かれたんです」

──それがブログにも登場した「球体君」と「エイトマン」ですか?

「その2人だけじゃありませんけどね」

──なぜ、そんなに毛嫌いされていたんですか?

「詳しくは本に書いてありますが、事の発端はライブドア事件にまで遡るんですね。ライブドアがニッポン放送を買収しようとした時に、ある事件が起きた。その時からです」

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