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清原和博、“高校時代に勝負していたら唯一勝てない投手”を動画告白!

アサ芸プラス / 2021年10月28日 9時58分

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 元プロ野球選手・清原和博氏といえば、西武ライオンズ、巨人、オリックス・バファローズのセ・パ3球団を渡り歩き、プロ通算22年、2122安打で名球会入り。本塁打525本は、落合博満氏の510本、張本勲氏の504本を凌ぎ、日本プロ野球歴代5位に記録されている。

 もっとも、清原氏はプロでの活躍もさることながら、PL学園時代の甲子園では桑田真澄氏(現、巨人の1軍投手チーフコーチ補佐)とともに「KKコンビ」として名を馳せ躍進を見せており、1年生から4番に座ると、甲子園大会5季連続出場といった偉業を達成。そのうち、優勝と準優勝に各2度も導いており、甲子園が生んだ名スラッガーと呼んでも過言ではないだろう。

 そんな清原氏は、プロ入り後も高校野球には着目していたそうで、高校時代に甲子園の決勝で勝負したと仮定して、唯一打てなかったであろうという投手の名前を、自身のYouTubeチャンネル〈清ちゃんスポーツ〉で挙げている(10月23日投稿回)。

 その投手の名前は、今シーズンで現役引退した松坂大輔(埼玉西武ライオンズ)だった。松坂は横浜高校のエースとして甲子園に出場し、98年夏の大会では、史上2人目となる決勝戦でのノーヒットノーランで優勝を果たしている。

「平成の怪物」とも称された松坂は、1998年のドラフト1位で西武に入団。その頃、清原氏は巨人に移籍しており、ライバルとして、プロ入りした松坂の投球を目の当たりにした時には、「やっぱりな…」と、その球威に舌を巻き、「自分が高3の時だったら、絶対打てなかったな」と痛感したのだとか。

 清原氏擁するPL学園と、松坂擁する横浜高校の対戦を、甲子園の、しかも決勝戦で観てみたかった…そう夢想させるようなトークであった。

(ユーチューブライター・所ひで)

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