自叙伝出版中田翔 日ハム「苦悩の4年」(1)

アサ芸プラス / 2012年1月17日 10時59分

 去る1月11日に電撃入籍した日本ハムファイターズの中田翔(22)。昨季レギュラーの座をつかみ、生涯の伴侶を得て「平成の怪物」爆発の瞬間が、いよいよ近づいている。1月19日に上梓する初の自叙伝では、プロ入り後の苦悩だけでなく、新妻との高校時代のピュアな恋愛や父親となった時の自分についても赤裸々に語っている。

 パ・リーグ3位タイとなる18本塁打、同3位の91打点をマークするなど、中田にとってプロ4年目は、飛躍の足がかりとなるシーズンだった。“結果を残したい”という願望が膨らみ、野球への取り組みが変わったことがもたらした成果だったのだが、梨田昌孝前監督をはじめ先輩選手など周囲の支えなくしては得られない成績だったと言える。
 特に疲れが出始め、バッティングの調子も落ちてきた夏場に“臨時コーチ”を買って出てくれた稲葉篤紀の存在は大きかった。中田は自著「翔! 頂点目指して」(徳間書店刊)でこう振り返っている。
〈試合で思うような結果が出なくなり、どうすれば打てるようになるのかと、あれこれ考えていた僕の心の中を、稲葉さんは見通していたんだと思います。それまでもいろいろなことを話してもらっていましたが、直接指導をしていただいたのは、これが初めてでした。
 そして、その日を境に、試合後の“稲葉コーチ”のマンツーマン教室はシーズンが終わるまで毎試合後、続けていただきました〉 
 長い時は30~40分も行うことがあった特訓。それだけでなく、自分をもう一度奮い立たせようと決意させる言葉をかけてもらい、胸に刻んでいたのだという。
〈そんな中で稲葉さんから、
「おまえが打った試合は勝つし、打たないと勝てないようなチームにもうなっているから。その若さで試合に出してもらっているんだし、中途半端なことをしたらダメだ。集中してやれよ」
 と言っていただいたときは、何よりも嬉しかったです。僕なんかに期待していただいて、もっと頑張ろうと責任感も強く持つようになりましたし、その稲葉さんの言葉が苦しいときの支えでもありました〉
 プロ入り後、まだ1年を通して戦ったことがなかったにもかかわらず、中田はチームの浮沈の鍵を握るキープレーヤーとなっていた。3年目まではまだ甘いところがあるとしてきた梨田前監督も信頼を寄せるようになった。19打席ノーヒットが続いた昨季開幕時、 「打てなくてもいいから思い切ってやれ。俺は打てなくてもおまえを使うから。キャッチャー出身の俺から見ても、今のおまえの状態だったらピッチャーがどう投げてきてもやれるはずや。今年は俺が自信を持ってやれると思って起用してるんや。自信を持て。暗い顔するな。伸び伸びやったらええねん」
 と言って励ましたという。この言葉が心に響いた中田は調子を上げ、ついに4番を任されるのだ。
 本書では他にもダルビッシュ有や小谷野栄一らとの秘話を明かし、あらためて日本ハムの一員となれた感謝の思いをつづっている。

この続きは全国のコンビニ、書店で発売中の『週刊アサヒ芸能』でお楽しみ下さい。

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