民意なき政界ドロ仕合(1)

アサ芸プラス / 2012年2月21日 10時57分

 

 バカ言動でサンドバッグ状態の夫に猛妻が逆ギレしたかと思えば、防衛省「講話」問題では幹部OBがアキレた内実を暴露。関西では、あの「独裁者」がかつての「弟子」と骨肉の争いを繰り広げる一方、「名古屋の改革派」と微妙な距離を置き始めて‥‥。テレビ、新聞が報じない政界の「ドロドロ内幕」を総力取材で一挙にバラす!

 アゼンとする国会答弁を次々と繰り出し、「史上最低の防衛大臣」の名をほしいままにしている無能男が、閣内からも見放される「イジメ」の嵐にさらされている。その仕打ちに怒ったのが、「政界随一の毒舌タレント」たるあの猛妻。総理大臣にかみつき、ガチンコ勝負を吹っかけたのである。

 1月24日に開幕した通常国会。消費税増税、年金改革、普天間移設と問題山積の中、意外な「主役」が登場した。他でもない、田中直紀防衛相(71)である。
 人呼んで「直紀イジメ劇場」。就任直後のNHK番組で普天間飛行場の辺野古移設問題を巡り、「年内に着工する」と、まさかのフライング発言。返す刀で「武器輸出三原則」と「武器使用基準」を取り違えてみせたのがコトの始まりだった。
 テレビカメラが入った衆参予算委員会。舌鋒鋭い野党議員らを前に直紀氏は、
「(自衛隊の前身は)警察予備軍だったわけですが」(警察予備隊の間違え)
「沖縄では、イオウジマだとかに、妻と参ったかと思います」(東京の硫イ黄オウ島トウと沖縄の伊江島を取り違え)
「(自衛隊を合憲とする憲法上の根拠について)私は理解しておりません」
 などと、世紀の珍答弁を展開。当初、自民党はこんなダメ大臣に対する問責決議案を提出せず、あくまでも国会でイジメ倒す戦略を描いていたのだが…。
「いざ予算委での質疑が始まると、執拗に追及した議員などのもとに、『国会中継はクイズ番組なのか。みっともない』『かわいそうで見ていられない』『イジメは子供の教育にもよくない』などとする有権者からの抗議が殺到したんです。思いがけない同情論に、自民党内も『これ以上の攻撃は逆効果』とのムードに変わりました」(自民党関係者)
 だが、当の大臣はそんな「配慮」にも、恥の上塗りをする始末。鼻水が止まらないからと審議中に委員会室を抜け出し、カゼ薬の到着を待つ間、食堂でコーヒーを飲んでいた「行方不明事件」を指弾されると、
「私は日頃のクセで、食堂に行ったらただ座るのではなく、コーヒーを頼む精神でして。今後は国会内ではコーヒーを飲まない決意で臨みたいと思います」
 トンチンカンな答弁を展開して失笑を買った─。
「その言動にアキレ果てていたのは野党議員ばかりではありません。岡田克也副総理(58)や枝野幸男経産相(47)などは、しどろもどろの直紀氏をチラッと見ては、心底、バカにしたような薄ら笑いを浮かべていました。お調子者の安住淳財務相(50)も、答弁に立った直紀氏の後ろから、野党席に手を振っていましたしね。そのココロは『あんまりバカをイジメないでよ』です」(民主党予算委員)
 敵ばかりか味方からも嘲笑される直紀氏。そして、決定的な「事件」は起きた。

口も利かない間柄になった

 この予算委員が続ける。
「沖縄県宜野湾市長選挙を巡る講話問題で、真部朗沖縄防衛局長が参考人招致された2月3日でした。委員会室を出る際、直紀氏は野田佳彦総理(54)に『何とか乗り切りました』と声をかけたのですが、総理は無視して答えず、ニラミつけるようにして去って行った。直紀氏の予想以上のヒドさに総理もアキレたんでしょうが、2人はほとんど口を利かなくなりました」
 閣僚からも総理からも見放され孤立無援、見殺し状態の直紀氏。そして身内によるこの仕打ちにブチ切れたのが、直紀氏の「猛妻」として知られる田中真紀子元外相(68)だった。真紀子氏周辺によれば、夫のあまりのダメぶりに一時は意気消沈していたが、
「そんなに冷たくされるなら、私が黙っていない。(イジメによる)ノイローゼを理由に、自分から(大臣を)辞めさせる」
 などと、反撃のノロシを上げたというのである。民主党関係者が解説する。
「野田総理としても、直紀氏は困った存在だが、今辞められてはまずい。大臣が交代して1カ月もたたないうちにまた代わるのかと野党から責めたてられます。総理のほうから辞めさせることなどできるはずがないという状況で、辞任をチラつかせて総理に揺さぶりをかける作戦でしょう」
 その真紀子氏は先の「無視事件」を知ると、ついに怒りのマグマが大噴火。
「これ以上、パパをイジメたら、どじょうを柳川鍋にして食べてやる!」
 こんな剣幕で、野田総理に「ケンカ宣言」を叩きつけたのである。
「もともと直紀氏の防衛相就任は、真紀子氏→小沢一郎元代表(69)→輿石東幹事長( 75)のラインで実現したもの。そこには、ラストチャンスと言われた夫の初入閣に東奔西走し、初閣議後の記念撮影用のモーニングを準備する、かいがいしい内助の功の姿があった」
 こう語るのは、今回の内閣改造人事に詳しい民主党幹部。そんな涙ぐましい努力の末の初入閣だっただけに、真紀子氏の怒りも勢い激しいものになったというのだ。この幹部が続ける。
「当初、直紀氏の大臣就任に難色を示していた野田総理が輿石幹事長の人事案をのんだのは、『ここで真紀子氏を怒らせて離党されてはマズイ』と判断したため。真紀子氏も当初は『いっちゃん(小沢氏)が付いているから大丈夫』とタカをくくっていたが、最近の野田総理は直紀氏の防衛相更迭のタイミングを探り始めている。真紀子氏としては『それならこっちにも考えがある』というわけです」

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