死んでも「アイツ」に勝ちたかった! 小林興起(2)

アサ芸プラス / 2012年6月12日 10時54分

マスコミは政府の言いなり

 05年9月11日の第44回衆院選投開票日。開票が始まって45分後には小池氏の当確が伝わり、小林氏はおよそトリプルスコアの大差で敗れた。

「これが衰えゆくニッポンの現状なんだな」

 落選が決まると、小林氏はそう頭を抱え、茫然自失となった。公認料も得られず、支援者たちの“裏切り”にもあった小林氏だが、政治にかける熱き思いは少しも衰えることなく、7年が経過した今も燃えている。

 反対の立場を取ったことで、私は自民党からの公認が得られず、田中康夫さんと立ち上げた新党日本から出馬して東京10区を戦いました。

 党の公認料や団体からの推薦料もないために、選挙カーを使わず、メガホン片手に自転車に乗りながら支援者宅を回りました。通常40~50人のボランティアスタッフを100人にまで増員し、組織・団体からの援護がない分、人海戦術に出ました。

 一方で、それまで私が応援して、当選した区議会議員、都議会議員たちが離れていきました。「小林さん、申し訳ない」と言って出て行く人間はまだ良心的な政治家です。つい先日まで私のもとにいた人間が、謝罪もなく、手のひらを返すように小池氏の選挙カーに乗っているのには愕然としました。

 選挙戦が始まってすぐに、劣勢であることは明らかでした。それでも説得して歩き回れば、必ず当選すると信じていた。しかし、蓋を開けてみたらトリプルスコア・・・。言葉を失いましたよ。いよいよこの国は危ういと痛感しましたね。テレビ・新聞が政府の言いなりになって、一方の論理しか報道せず、国民が正しい判断を下せない社会なわけですから。

 結局、比例代表東京ブロックでも落選。悔やむのは、地元にこだわるあまり、東京全域に足を運ばなかったことです。広く票を集めていたら、比例復活が果たせたかもしれません。

 ただし、反対の立場を貫いたことを、後悔したことはありません。現に、7年が経過した先日、郵政民営化見直し法案が可決したじゃないですか。政治家たちも小泉政権の間違いにようやく気がついたか、というのが私の本心です。

 この見直し法案を、小泉さんのご子息である小泉進次郎議員は反対しましたよね。ある意味で、彼は政治家として主義・主張を貫き通した。他方、小池さんはどうだったか。彼女も信念ある政治家なら頑として反対すべきでしょうよ。

 そもそも刺客になった政治家は、誰ひとり反対しなかった。そんな連中に追及され、政界復帰できずに政治家生命を絶たれた志高き仲間の顔が浮かんで、涙が止まりませんでした。

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