森高千里「私がオバサンになっても」(前編)(2)椎名林檎と対照的なキャラ

アサ芸プラス / 2012年6月29日 11時0分

 そんな映画の極寒ロケに先立つこと数カ月前、鳴り物入りで芸能界入りを果たした森高は、主演作の主題歌を歌うことも決まっていた。そこであらかじめ、地元九州でボイストレーニングを積んでいた。

 指導に当たったのがヤマハ音楽振興会でボイストレーニングを指導する波多江顕亮だった。

「当時の森高は透明感があって、何より高校生なのに彼女の周りだけ光っているようなめちゃめちゃかわいい娘でしたね。何しろ彼女がレッスン室に入ってくるだけで、その場が爽やかになるような雰囲気の娘でしたよ」

 幼い頃からオルガン、ピアノ、そして高校ではドラムスのレッスンを受けていた森高だが、シンガーとしてはズブの素人だった。それだけに森高のボイスレッスンは発音、発声、息の使い方など基本から始めることが必要だったという。レッスンは短い期間だったが、波多江の教室のある博多、そして場合によっては、森高の実家のある熊本でも行ったという。

「いつも決まって高校の制服姿でレッスンを受けに来ていました。彼女は腰の位置が高いほっそりした体躯だったので、陸上選手のような印象を持ちましたね。狭いスタジオの中で指導したのに小さい彼女はまったく邪魔にならないんです。

 彼女は息の使い方は上手でしたが、特徴として鼻声というか、音が鼻から抜ける通鼻音が強かったんです。ですから、彼女の場合は特に口の中で音を増幅させる口腔共鳴を増やすような練習をしました」

 通常、通鼻音が強い人はノドが弱いのだという。波多江は、その後、福岡出身で昨年の「カーネーション」のヒットが記憶に新しい椎名林檎のボイストレーニングにも当たったが、2人はまるで対照的だったという。

「椎名を教えたのも同じく高校生の時でした。夜遊びして、哲学的な変な詩を書いている椎名はアーティストの雰囲気を持っていました。一方、森高はというと、椎名より呼気圧が弱い。つまり鼻から音が抜けるだけにブレスが弱く、とても365日毎日歌い続けられるだけの強いノドを持っていなかった。それでも僕が見た中で間違いなく一番の美人でしたから、これは女優さんのほうが向いていると思った。

 普通はトレーニングで指示すると『ハイ、できます。歌うのが大好きなんで頑張ります』とか返事だけはいい子が多いんだけど、彼女は決して大きなことは言わない娘でしたね。何より、およそ『売れたい』というギラギラしたところがなかった。それなのに何とか頑張って教えてあげたいという気にさせるいい子でしたね」

 デビューするしないにかかわらず、アーティスト志向や上昇志向の強い生徒はギラギラした面を持っているが、こと森高については、生き馬の目を抜く芸能界で生き残っていくようなタイプには見えなかったという。だが、それでも当時から、椎名とは違うアーティスティックな片鱗を見せていた。

「彼女は物静かな感じでもいつも目力があった。黙っていると怒っているの?

 と聞いてしまうような顔だった。当時から詩を書くのが好きだと言っていて、中身は見なかったがノートにはたくさん詩が書かれていた。でも、女優には向いていると思ったが、まさかアーティストになるとは思わなかった」

 それでも、プロのトレーニングを受け、短期間でレコーディングに耐えられるまでに歌手・森高は上達した。最初のシングル「NEW SEASON」を聴いた時、波多江は驚いた。

「デビューして間もない頃の山口百恵のような、嫌みのない歌声になっていた」

 それが、のちのアーティスト・森高千里の魅力として認知されていくのである。

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