スペシャル対談・田中京×大下英治「今の日本には“田中角栄”が必要だ」(1)息子が見た名宰相の素顔は

アサ芸プラス / 2016年8月16日 5時55分

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 好評のうちに最終回を迎えた「田中角栄 日本が酔いしれた『親分力』!!」。今回、その番外編となる特別対談が実現。角栄氏の長男・京氏と連載を執筆した大下氏が、それぞれ「息子」「作家」の目線から、何者にも代えがたい田中角栄の政治家・人間としての魅力を語り尽くす!

大下 僕と京さんは、以前から親しい間柄でね。前に銀座のクラブで京さんと飲んでいる時、「お父さんは、ちゃんと認知をしてらっしゃるからいいですね」と言ったことがある。すると、「認知だったら“田中京”と名乗れない。認知というのは、世の中に秘密で親子であるという事であって、世間に認められた事じゃない。だから、田中を名乗れているのは、実質の籍に入っているからなんだ」とおっしゃってね。

田中 実はその話、最近、法律家に調べてもらったところ、もっと異例なことだったんですよ。

大下 というと?

田中 認知プラス“田中という姓を兄弟共に名乗っていいということを親が認める”という、特別認知みたいなものらしいです。

大下 ああ、そうなの。じゃあ、京さんは田中真紀子の弟として籍に入っているわけじゃないんだ。

田中 ええ。弁護士さんがそういう措置は聞いたことがない、思わず目を疑った、と言っていました。

大下 普通だと、いわゆる“別腹の子”は(母親姓の)「辻」を名乗ることになりますよね。なのに「俺の姓を名乗っていいよ」というのはすごい。そんな度胸のある親は、そうはいないですよ。愛の深さを感じるし、そういう意味では、京さんは実に恵まれていらっしゃいますよ。

田中 当時、参議院議員の野末陳平さんが、国会で「(角栄氏に)愛人がいる」と質問されて、親父が顔をひん曲げまして「あなたにそういうことをね、この政治の場で言われたことは決して忘れません」と返答した、という記事も読みました。親父も戦ってくれていたんですね。

大下 そういう立場の方は、実はいっぱいいるでしょうから、反響も大きかっただろうなあ。

田中 なにしろ国会で(愛人を認めて)首を縦に振ったっていうので、いろんな方々に、「この人こそ男ぞ」なんて言い方をされていたみたいですね。僕自身、「親父は、母と本気でつき合っていたんだ」と知ることができてうれしかったです。

大下 お母さんは、角さんのどういうところに惚れたのかな?

田中 そういうことは恥ずかしいから、息子にはあんまり言わないんです(笑)。しかし、うちの家内には、親父との馴れ初めとか、けっこう話してたらしいですよ。

大下 政治家に女性問題っていうのは、多々あるわけですよ。でも、京さんのお母さんの辻和子さんと、「越山会の女王」と呼ばれた女秘書の佐藤昭さんは、2人とも最後まで角さんへの悪口を言わずに、愛し続けて、褒めて、この世を去っていった、こういう政治家は、そうはいないよね。角さんは、家ではどんなお父さんだったの?

田中 家で政治の話なんかは一切しなかったですね。新聞なんか読んだりして、ノンビリしていました。

大下 なるほど。京さんの家庭にいる時は、家族の時間を楽しんでいるような感じがあったんだね。

田中 佐藤昭さんや目白(の自宅)では、常に“政治”がついて回るわけですよね。その点、うちはそういう面から離れられるわけですからね。

大下 そうか、田中角栄という男には、やはり3つの家庭が必要だったんだね。角さんは、家には頻繁に来ていましたか?

田中 僕が子供の頃は、ずっと家に住んでいました。だから、家族との写真がけっこう残っているわけですよ。

大下 戦いの場にいる人間にとって、女性との関係は“寛ぐ”という意味合いもあるんだ。角さんみたいに、それをうまくやって自分をリラックスさせる人もいれば、逆にバランスを崩してハチャメチャになる人もいる。私はある意味、そんな女性との関係こそ政治家の危機管理の勉強になるんじゃないかと思うんですよ。

田中 京:1951年東京都生まれ。父は田中角栄、母は辻和子。CBSソニー勤務、飲食店経営を経て、現在は執筆活動を中心にテレビ・ラジオなどに出演。また日中の架け橋として民間で十数年仕事に携わっている。著書に「絆 父・田中角栄の熱い手」(扶桑社)、「男の中の男 我が父、田中角栄」(青林堂)がある。

大下英治:1944年広島県生まれ。政治・経済・芸能と幅広いジャンルで執筆活動を続ける一方、テレビのコメンテーターとしても活躍中。「田中角栄巨魁伝」(朝日文庫)、「田中角栄の酒」(たる出版)、「田中角栄の新日本列島改造論」(双葉社)など、田中角栄に関する書籍も数多く手がけている。

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