欧州の多様性ゆえ? Ferrum Audioの価値を考える
ASCII.jp / 2023年7月16日 9時0分
ポーランドのFerrum Audioは、リビングに置いても違和感のないコンパクトで洗練されたデザイン、そしてそのカジュアルな外観からは想像しにくいほどのマニアックな内部設計がなされている点が特徴だ。輸入代理店のエミライは6月に新製品のフラッグシップD/Aコンバーター「WANDLA」を国内で発売している。このタイミングに合わせ、Ferrum AudioのCEO、Marcin Hamerla(マルチン・ハメラ)氏が初来日し、その製品のユニークな特徴について直接解説した。
敢えて最初にパワーサプライ製品を投入
エミライがFerrum Audioを取り扱う狙いには昨今のパーソナルスペースの意識変化がある。在宅時間が増える中、(テレビが置いてあるリビングへの設置やデスクトップ再生などが注目され)、住まいの質を高める可能性を持つオーディオ製品が求められるようになった。Ferrum Audioの製品はこうしたニーズに応えられると捉えているそうだ。コンパクトかつ同一サイズの筐体で製品ラインナップを構成しており、ソフトウェア設計力が高く、テレビからの音声出力をHDMIケーブルで受けられるARC(eARC)にも対応するのが注目点だという。
Ferrum Audioの「Ferrum」は鉄を意味する言葉だ。これは実家が鉄鋼業を営んでいたこともあるが、ポーランドが鉄鋼業で有名ということもあるらしい。また、提供する製品の名称がギリシャ語、オランダ語、そしてエスペラント語など多彩な言語に由来しているのもユニークだ。これは、開発メンバーが欧州の各地から来ているからだそうだ。たしかに欧州ブランドが内在する多様性を感じさせる逸話ではある。
Hamerla氏はポーランドでは大手のオーディオ開発企業であるHEMの創業者でもあり、MYTEK Digitalと長年協業していた。独立ブランドを立ち上げるにあたって、MYTEK Digltaの目指すプロ市場やハイエンド市場とは異なる適切な価格帯の製品を志向することにしたという。ユニークなのは、ブランド初の製品としてパワーサプライ製品を選んだということだ。これは「HYPSOS」という製品だが、リニア電源とスイッチング電源のハイブリッド方式であり、可変電圧出力を持つ実に興味深い製品だ。
HYPSOSを開発した背景には、MYTEK Digitalのために働いていたころからパワーサプライに対するユーザーの要望が多かったためだという。ハイブリッド方式を採用したことも、オーディオ製品では普通はリニア電源が良いとされるが、実環境を考えた場合に本当にそうだろうかという点に着目した結果らしい。また、出力電圧が可変という点も顧客に合わせた製品を出したいからだそうだ。これらのことから、Ferrum Audioが内部設計において従来の常識をただ踏襲するのではなく、実際のユーザーの環境を考えた製品作りをしていることがうかがえる。
独自性の高い開発、こだわりの詰まったプロダクツ
新製品のWANDLAは、国内では2022年発売の「ERCO」の上位機種であり、ESS Technologyの「ES9038 PRO」を採用した高性能DAC製品だ。回路設計で特にキーとなるのは、I/V変換回路だ。ES9038 PROの8ch出力にも対応して設計しており、音質向上のキーとなるという。設計・シミュレーション・聴覚テストというサイクルを繰り返して音質を高めたという。モジュールを外注しない、自社開発にこだわっているという。
WANDLAの大きな技術的ポイントは、「SERCE」という自社開発のモジュールを搭載していることだ。これはARMアーキテクチャをベースとしたボードだ。USBレシーバーチップやMQAデコーダーなど5つのチップに分かれていた機能を1チップに統合し、信号伝達ロスを低減して、音質を高めるという目的がある。
もう一つ画期的なことは、このSERCEに音楽再生ソフトウェア「HQ Player」で知られるSignalystの高音質デジタルフィルターを搭載したということだ。理由は演算性能に制限のあるDAC内蔵のデジタルフィルターよりも、高性能なデジタルフィルタにできるからのようだ。
さらにHamerla氏の話を聞いた。SERCEモジュールにHQ Playerと同等のデジタルフィルターを組み込むことで、HDMI ARC入力時の高音質化など、PCでは実現しにくい部分の音質向上という恩恵を得られるのもメリットだそうだ。
WANDLAのデモはなかったが、タッチパネルの操作感が良好で反応も速いのがわかった。リビングに置いて誰が使用してもおそらく戸惑うことはないだろう。
Ferrum Audioはかなり先進的な考えをするメーカーだと思った。しかしながら、ネットワーク対応の製品はまだなく、保守的な面を見せているのが興味深い。これは自社開発にこだわっているためだ。ネットワーク機能を搭載すればいいということであれば、外販の部品を利用したり、外注すればいいという考え方もできる。過去に紹介したStream Unlimitedのようにオーディオメーカーの裏方として役割を果たすメーカーもあり、頼めば手間は最小限で済む。とはいえ、それでは音質を高めるサイクルを自社内で繰り返し、少しずつ改善していくことが難しくなるのだろう。
Ferrum Audioはしゃれたデザインの製品というだけではなく、新基軸の積極的な導入と頑固なまでの音へのこだわりも感じられる多面的なメーカーであると言えるだろう。それは欧州という土地のもたらす多様性ゆえかもしれない。
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