【試乗記】「あまりにも美しく、保守的」 アストンマーティン「ヴァンキッシュ」

Autoblog JP(オートブログ) / 2013年8月31日 17時0分

【試乗記】「あまりにも美しく、保守的」 アストンマーティン「ヴァンキッシュ」


Gallery: 2014 Aston Martin Vanquish: Review Photos



"野生動物"というカテゴリーに、リスを含める人はほとんどいないだろう。木の実をせっせと集めるこの小動物は、筆者の家の近所の森にもよく出没する。故に偶然出会ったとしても、クマや不機嫌なアライグマに鉢合わせたときのような警戒感は湧かない。しかし、175mph(約280km/h)の高速運転中にリスに遭遇した場合、その"警戒リスト"の並び順を少しばかり変更せざるを得なくなる。筆者が数年前、アストンマーティン「ヴァンキッシュ」の先代モデル「DBS」を運転していたときが、まさにそうだった。
筆者は、米国ミシガン州ロメオにあるフォードの性能試験場にいた。バンクのきつい全長5マイル(約8km)にわたるコースを175mphで走行中、コースのはるか前方に小さな"赤い点"が現れた。それは、最悪のタイミングに最悪の場所に居合わせた愚かなリスだったが、少なくともホットケーキばりに平たくなって地面に伏せる利口さは持ち合わせていた(おそらくそいつは、アストンのパワフルなV12エンジンが接近してくる音を聞いたのだろう)。私は、リスが隣のレーンから自分の方に飛び出してこないよう祈った。なぜなら、そのときのスピードでは、リスを避けているヒマはないと思ったからだ。ところがやはり、リスは最後の瞬間に私のレーンに素早く入り込んできたため、すんでのところでハンドルを切る以外なかった。路上で動物をはねて死なせるのは、実に嫌なものだからだ。しかし、アストンマーティンくらいシーティングポジションの低い車をあのような速さで運転しているとき、とっさにハンドルを切ったりすれば大事故につながりかねない。

結局、リス、DBS、そして筆者は、いつか再び対戦する日のために生き残った。あの時に出した175 mphは、いまもって私自身が経験した最も速いスピードだ。あの朝、アストンの高速安定性とステアリング性能に命を救われたが、実のところ、私はDBSにそれほど感心したわけではなかった。だから、DBSの後継モデルである2014年型アストンマーティン「ヴァンキッシュ」に試乗したとき、驚きを感じたのだ。



DBSと同じ後輪駆動のクーペであるヴァンキッシュは、アストン自慢のVH(ヴァーティカル・ホリゾンタル)構造を採用。5.9リッターV12エンジンを搭載し、同社の「タッチトロニック2」パドルシフト付き6速オートマチックギアボックスを装備している。ヴァンキッシュはDBSの次世代モデルにあたるが、「シグネット」を除く近年のアストンの他のモデルとデザインが酷似している。現在のデザインが2004年型「DB9」の流れを直接汲んでいるのは明らかだが、それはまったく悪くない。筆者は以前にも同じ発言をしているが、念のためもう一度言っておく。新型ヴァンキッシュはボディ全体がカーボンファイバー製で、最新の車ならではの視覚的な美しさを十二分に有している。その全体的なプロポーションとカーボンファイバーの素地が露出したエレメント(フロントスプリッターからサイドミラー、リアにかけての織り地)、更には「One-77」からインスピレーションを得たテールランプに至るまで、非常にゴージャスな仕上がりとなっている。そのあまりの美しさに、ボディに降りかかる雨でさえ憎らしく思えてくるに違いない。

視覚的な類似点こそ多いものの、ヴァンキッシュのパッケージングはDBSから大幅に変更されている。まずは、第4世代VHアーキテクチャの採用だ。One-77スーパーカーの骨格をベースに、新しいパーツの75パーセントを、カーボンファイバーを多用したものに置き換えたおかげで、アルミシャーシのねじれ剛性はDBS比で25パーセント向上したという。言うまでもないが、新型ヴァンキッシュは2007年に生産終了となった「V12ヴァンキッシュ」とは別物のモンスターマシンだ。




真のグランドツアラーにふさわしいサイズのヴァンキッシュだが、全長はライバルのベントレー「コンチネンタルGTスピード」やマセラティ「グラントゥーリズモMC」に若干劣る。ただ真横ではなく、少しばかり上方へ開くヴァンキッシュ独特のドア(スワンドア)を開けると、なめし革の香りが漂う。この試乗車のツートンカラーのレザーシートは、鮮やかなブルーのキルティングとステッチの組み合わせだが、この色合いは80年代に子供時代を過ごした筆者には『G.I.ジョー』の悪役コブラコマンダーを思い起こさせる。見た目は少し妙だが、シートは快適な座り心地でサポート感もいい。あなたの懐に余裕があれば、アストンは喜んであなた好みの色や素材でシートをカスタマイズしてくれるだろう。

新しいキャビンには、アストンらしさが結集している。ドア側に設置されたサイドブレーキ、反時計回りのタコメーター、ボタン操作のトランスミッションセレクター、そしてもちろん、ガラス製ECU(エモーションコントロールユニット)。最後の2つは少し操作に手間取るが、こうした豪華でユニークなデバイスの持つ"意外性と楽しさ"は、そんじょそこらのハイテク電子機器よりはるかにいい。

特筆すべき点はまだある。DBSより室内空間が大きくなり、レッグルームは1.5インチ(約4センチ)広がった。新しくなったセンタースタックは、ステッチを施したレザーに両側から包み込まれ、イルミネーションと触感フィードバックが付いた静電容量方式のグラスボタンを新たに採用している。




車内のインフォテインメント・システムも一新されたが、センターコンソールに埋め込まれ、電動で上下するディスプレイは健在だ。同システムは、これまでで最高の出来栄えというわけにはいかない(インプットコントローラーはまだ使い勝手がよいとは言えず、反応が少し遅いときもある)が、以前よりはるかによくなった。特にナビゲーションシステムが秀逸だが、グラフィック(ガーミン社製、6.5インチ・ディスプレイは)がいただけない。このエレガントなインテリアの中で、不快感すら覚えるほどに浮きまくってはいるものの、システム自体のすばらしさに変わりはない。13個のスピーカーを備えたバング&オルフセン社のステレオは、期待どおりの見事な音を聞かせてくれた。

試乗車には、オプションの角張ったハンドル(One-77譲りのハンドルで、見た目よりはるかに握り心地がいい)とリアシートが取り付けてあったが、後部座席に座る人はかなり窮屈だろう。トランクスペースは368ℓで、DBSを約60パーセント上回る。ちなみに、車内にグローブボックスは付いていない。全体的にインテリアは非常にすばらしい仕上がりだが、アストンマーティンはフォードの傘下(1987年から2007年まで)から離れすでに6年が経過しているというのに、所々、フォード風のチープな部品が使われているのは残念極まりない。




先だってAutoblogのマイケル・ハーレー記者が、米国ルイジアナ州エイボンデールにあるNOLAモータースポーツパークでヴァンキッシュを試乗したが、公道走行は許されなかった。公道を走ることがGTにとって最も自然な要素であることを考えると、本当に気の毒としか言えない。そんな折、筆者はコバルトブルーの試乗車をデトロイト一帯で1週間、テストする機会に恵まれた。でこぼこの舗装道路や土砂降りの雨といった実際にオーナーが体験する状況下で試乗が叶ったのだ。

サーキットではない場所でパワフルなマシンを操るに際はしかるべき注意が必要だ。ヴァンキッシュはリフレッシュした「AM11」V12エンジン(新たにデュアル可変バルブタイミング機構が組み込まれた新ヘッド、スロットルボディの拡大、インテークマニホールドの改良)が、最高出力565hp(日本の公式HPでは573ps)/6750rpm、最大トルク63.2kgm/5500rpmを発揮してドライバーの全注意力を適確に引き付ける。ベース価格は、28万2820ドル(約2730万円)。ところで、ヴァンキッシュの0~100km/hは4.1秒、最高速は183mph(日本の公式HPでは295km/h)だが、フェラーリ「F12ベルリネッタ」(価格はヴァンキッシュを下回る)の3.1秒、211mph(340km/h)や、ポルシェ「パナメーラターボS」の3.8秒、190 mph(306km/h)と比較すると、見劣りするのは否めない。ヴァンキッシュのパフォーマンス値は単独で見れば印象的かもしれないが、さまざまな競争相手を打ち負かすには十分とは言えないだろう。



しかしヴァンキッシュの持ち味は、数字を羅列するだけでは伝わらない。この車は、先端マテリアルを用いてあらゆるパフォーマンスを向上させているが、多くの面においていい意味で保守的なのだ。先ほどのハーレー記者も書いていたように、制御装置に心地よい重量感があり、油圧式の車速感応式パワーステアリング(ロック・トゥ・ロックは2.62回転)からスロットルやブレーキペダルに至るまで、いずれのフィードバックもすばらしい。標準装備のカーボン・セラミック製のディスクブレーキはフロントに6ピストン、リアに4ピストンのキャリパーが組み合わされ、推定約1770kgの車体をフェードの兆候をまったく見せずに確実に停止させる。ブレーキは、サーキット走行時は少しソフトだったかもしれない。それはストリートでも同じだが想定範囲内であり、十分な性能を発揮してくれる。なお、低速走行時に冷えてぬれたディスクがわずかなきしみを立てていたが、すぐにディスクが温まり、きしみ音も聞こえなくなった。

ノーマルモードでしばらく走ってみた後、ステアリングホイールにある「S」のボタンを押して、スポーツモードを試してみることにした。そうしなければ、スロットルの反応がこの種の車にしては、あまりにリラックスしすぎていると感じたからだ。スポーツモードにすると、アクティブエキゾーストのバイパスバルブが開放されて、エンジンの大きな唸りを聞くことが出来た。

デトロイト一帯はよく整備された道路ばかりではないが、そんな状況でもコーナーリング時における安定性と、20インチホイールが地面をしっかりつかんでくれる感触は実にすばらしかった。それは、 ステアリングホイールのセンタースポーク左側にあるボタンを押して操作を行うことによりNormal(ノーマル)、Sport(スポーツ)、Track(サーキット)の3モードが選択可能な「アダプティブ・ダンピング・システム(ADS)」(フロント、リア共にダブルウィッシュボーンとコイルスプリングを採用)と、重心が低くなり剛性の増したシャーシ、エンジン搭載位置の変更(DBSより19mm低い)、50:50の前後重量配分のおかげだろう。ボディのロールはどのモードでも非常によく抑えられているが、特にスポーツモードは整備の悪い道路を走るときに能力を発揮する。サーキットモードは、このあたりの道路には硬すぎる。舗装されたばかりのカーブの多い道路であれば良さが出るかもしれないが、そうでない場合は、リアがパワーを抑え切れずふらついてしまうだろう。



パドルシフト付き6速オートマチックは、最新のデュアルクラッチに比べると段数とギアチェンジの素早さの両方を欠いている点で、まさにヴァンキッシュの"アキレス腱"と言える。そして実際、そこに改善の余地はあるのだが、一部の読者が想像するように、トランスミッションが悪者というわけではない。1つには、マグネシウム合金製のシフトパドルを使ってマニュアルでギアチェンジをすれば、想像以上に速いシフトが可能(以前より37パーセント速くなっている)なうえに、最低速走行時には最高のデュアルクラッチ式トランスミッションでさえ欠けている洗練があるからだ。6速はこの車の持つGTというキャラクターにマッチしているが、もしアストンに、より段数の多い新しいギアボックスを調達する十分な資金があればと考えずにはいられない。

おそらくヴァンキッシュは、アストンマーティンのVHアーキテクチャとV12エンジンの組み合わせで到達可能な最高峰のGTだろう。そこで次の質問は、今後の開発計画の行方だ。アストンのスタイリングはゴージャスであるかもしれないが、今ではあまりにありふれていて、同社で最も高価なモデルに搭載されているドライブトレインやテクノロジーのいくつかは、すでに時代から取り残されてしまっている。更に、アストンの開発資金繰りが漠然とした状況であることを考えると、175 mphのスピードで走る"財政危機という名のリス(ク)"との衝突を、今後どれだけかわし続けることができるのかという疑問もわいてくる。アストンは100年の歴史の大半を厳しい財政状況下で過ごしているが、それでもなおすばらしい車を世に送り出してきた。これだけの歴史と名声を持つブランドなのだから、同社の車を定期的に購入しているオーナーのように強固な財政基盤を持つにふさわしいはずだ。アストンがそれを手にすることを心から祈ってやまない。

【基本情報】
エンジン:5.9リッターV12
パワー:最高出力565hp/最大トルク63.2kgm
トランスミッション:6速オートマチック
0-62mph(0-100km/h):4.1秒
最高速度:183mph(約295km/h)
駆動方式:後輪駆動
車体重量:1770kg(推定)
座席数:2+2(試乗車)
荷室容量:368ℓ
燃費:市街地13mpg(約5.5km/ℓ)、高速道路19mpg(約8.1km/ℓ)
ベース価格:28万2820ドル(約2730万円)
試乗車価格:30万3635ドル(約2930万円)

By Chris Paukert
翻訳:日本映像翻訳アカデミー
監修:日下部 博一

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