池袋暴走事故、刑事弁護人は「無罪主張と反省は両立する」 被告人へのバッシングは何が問題?

弁護士ドットコムニュース / 2020年10月14日 13時39分

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東京・池袋で2019年4月、乗用車が暴走し12人が死傷した事故で、自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死傷)の罪で起訴された男性被告人(89)が、10月8日にあった初公判で起訴内容を否認したことが話題となっている。

被告人は「アクセルペダルを踏み続けたことはないと記憶しており、車に何らかの異常が生じて暴走した」と起訴内容を否認。ネットでは「全く反省していない」「無罪を主張する神経を疑う」といった怒りの声が上がっている。

果たして、無罪主張することは「反省していない」ということなのだろうか。神尾尊礼弁護士に聞いた。

●被告人は裁判で自分の言い分を述べる権利がある

——被告人の無罪主張に怒りの声が上がっています

大前提として、痛ましい事故が起こったこと、ご遺族がお辛いお気持ちであろうこと、もう二度とこのようなことがあってはいけないことは忘れてはいけないと思います。その上で、被告人に対する批判が誤解によって生じているものもあると思われますので、少しご説明します。

まず、「無罪を主張する神経を疑う」というものです。

犯罪がおこなわれそれが許されないことと、被告人が刑事裁判で自分の言い分を述べる権利があることは、冷静に分けて考える必要があろうと思います。

重大な事件や事故が起きたとき、誰かを罰したい気持ちは理解できます。ただ、刑罰は、正当な手続に則って、正当な法律の適用があってはじめて正当化されます。

どのような極悪人であっても、裁判で自己の言い分を述べることは許されなければなりません。「無罪を主張する神経を疑う」という発言は、弁明の機会を剥奪するものにほかならず、ひいては法治国家そのものの否定ともいえます。

●無罪主張と反省は両立する

——「無罪主張をするのは反省していない」という声もあります

無罪主張と反省は両立する場合もあります。特に今回の事件は、「自動車運転過失致死傷罪」という「過失犯」です。「故意犯」であれば、やったかどうかは本人が一番知っているわけですが、過失犯はそうではありません。

例えば殺人罪という故意犯であれば、殺害行為があったかどうかは、本人が一番よく分かっています。

他方、キャッチボールの球がたまたま視界外の人に当たった場合のように、過失があったかなかったか本人にも判断できないことがあります。例えば強風でボールが流されて当たったのかもしれません。

過失というもの自体はっきりと形の決まっていない法的概念ですから、過失の有無が裁判の争点になることはしばしばあります。

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