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国民が望んでも、ロックダウンは違憲じゃないのか 『コロナの憲法学』大林教授に聞く

弁護士ドットコムニュース / 2021年9月25日 9時44分

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デルタ株による感染爆発は人々に不安をもたらし、政府に緊急事態宣言より強い規制を求める声が上がった。ピーク時の8月には政府分科会や全国知事会がロックダウン等による私権制限の検討を要求し、世論もそれに同調する傾向があった。自民党総裁選でも、9月23日の党主催の政策討論会でテーマの1つになるなど、未だに関心は高い。

しかし、政府による自由の制限を更に強めることを許容しても良いのだろうか。現行憲法においてロックダウンはできるのか、編著に『感染症と憲法』『コロナの憲法学』がある千葉大学の大林啓吾教授に聞いた。

●自由と安全をコストベネフィットで考える

ーーコロナ禍であっても、自由の制限は問題にならないのでしょうか?

国家には国民の安全を守る責務があります。感染症の脅威から国民を守るのは国家の責務なので、国家はコロナ対策をしなければなりません。ところが、感染症対策はしばしば国民の行動を制限することがあるので、憲法が保障する自由との衝突が問題になります。

もともと、自由は他者の自由や公益と衝突することがあるので、それを調整する必要が出てきます。つまりコロナの問題は自由と安全の調整の問題と置き換えられます。

それをどのように考えるかは、コロナ対策の利益とそれによって制限される自由の利益の比較衡量が重要になります。規制に必要性や合理性があれば自由の制限が認められることが多いのですが、感染症対策は自由を強く制限することが多いことやハンセン病対策で行き過ぎたことの教訓もあって、必要最小限の規制になっているかどうかが求められます。

ーー自由の保障と安全のバランスが大切ということですか?

その通りです。ただし、自由と安全は両立できないものとする〝トレードオフ〟で捉えるのではなく、〝調整可能なもの〟として考えたほうが良いでしょう。もちろん、どちらかを優先すれば、もう一方を失うことになるわけですが、そういう観点からではなく、むしろ自由と安全の妥協点を探るというスタンスが重要ではないかと思っています。

もともと国家には国民の安全や健康を守るために公衆衛生を維持する責務があります。これは憲法に書いてなくても国家に普遍的に内在する責務だと考えられています。日本の場合、さらに憲法25条2項が社会福祉や公衆衛生の向上・増進に努めなければならないと書いています。

そうすると日本の場合は感染症対策さえすればいいというわけではなく、それに加えて、国民の生活に配慮しながらクオリティの高い衛生状態を維持しなければならないという努力義務が課されていることになります。

●お願いベースの〝自粛要請〟は憲法的にアリか

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