警察の拷問に耐えきれず「嘘の自白」で死刑判決——台湾男性が語った「壮絶体験」

弁護士ドットコムニュース / 2014年11月16日 21時59分

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身に覚えのない強盗殺人の疑いで逮捕され、拷問を受けた末、やってもいない犯行を自白させられた。一度は死刑判決を受けたが、えん罪を訴え続けた結果、再審が行われ、逮捕から21年後に無罪が確定した。

そんな壮絶な人生を送った人物がいる。台湾人男性のスー・チェン・ホ(蘇健和)さんだ。スーさんは11月16日、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルが東京都内で開いたシンポジウムに招かれ、自らの壮絶な体験を語った。

●「全身に電気ショック」

1991年8月、台湾で起きた強盗・殺人事件。その容疑者として逮捕されたスーさんは、自らが受けた「拷問」を次のように振り返る。

「私は30時間にもわたって取調室で拘束され、自白させようとする警察から拷問を受けました。

手足を縛られた状態で仰向けに寝かされて、鼻と口をタオルで覆われて水をかけられ、呼吸ができなくなりました。何とか呼吸をしようとしましたが、そのたびに大量の水を飲まざるを得ませんでした。

水をかけられても自白をしないと、次は全身や下半身に電気ショックを与えられたり、顔を殴られたりしました。

そうした拷問に耐えきれず嘘の自白をしてしまい、1995年に死刑が確定しました」

スーさんは逮捕当時、19歳だった。拘束されていたとき、スーさんの脚には2キロのおもりが付けられていた。そのせいで、今でも脚には後遺症が残っているという。

●支援者の活動により無罪確定

「当時は誰も、私が無罪だと信じてくれませんでしたが、父だけは別でした。父は1991年から2000年まで毎日、国会や立法院に行ったり、学者に会ったりして、息子の無罪を陳情してくれました」

スーさんが逮捕された事件は疑問点が多く、台湾の政治家や学者、市民などの関心を広く集めた。人権団体や弁護士、一般市民も支援に名乗りを上げ、「冤罪反対」「死刑反対」と書かれたプラカードを持って街をねり歩いた。

こうした支援もあり、2000年にスーさんの再審が開始され、刑の執行が停止されることになった。その後、2003年に無罪判決を受けて釈放されたが、検察側の上告などもあり、判決はなかなか確定しなかった。

しかしその間、改めて行われた証拠鑑定によって、殺害現場に残された指紋や毛髪がスーさんのものと一致しないことが判明。そうした結果、2012年8月に無罪が確定した。このとき、警察の拷問と偽の証拠作成が違法だと認められたという。

●「取調室の拷問は聞かなくなった」

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