【小説】「彼女はビッチじゃない」不貞罪で逮捕された31歳人妻を救った男、破滅への道

弁護士ドットコムニュース / 2019年8月3日 9時35分

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芸能人や政治家などの不倫がいつも話題になり、バッシングが起きますが、もし不貞行為が犯罪になった社会では何が起きるのでしょうか。司法試験合格者の加藤渡さんの小説をお届けします。

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マスターキーで鍵を開けると同時に飛び込んだ部屋の中は、煙草と生乾きの臭いが混じり合ったような空気で満ちていた。

ラブホテル特有の、不潔とは違うのになぜか不潔、と反射的に言い表したくなるそれ。乾燥して淀んでいて、少しだけ呼吸が浅くなる。

捜査の一環でラブホテルの部屋に立ち入ることは珍しくないが、そのたびに、大学時代の彼女と通い詰めた安くて小汚いホテルの、剥がれかかった壁紙が脳裏に蘇る。

モノトーンで色調が統一された部屋の中央壁際には当然のように巨大なベッドがあり、その上には当然のように密着する裸の男女がいた。捜査官にベッドの周りを囲まれてからやっと、凍りついたように動きを止めていた男が女の体をシーツでくるむようにして掻き抱いた。その、擁護するような体勢をとる男の背骨のカーブと尻の筋肉の隆起を見たら、軽蔑の念がこみ上げてくる。

―不倫してるくせに、紳士気取りかよ。

男女に分かれて逮捕する手筈を整えていた数名ずつの捜査官がそれぞれ両側からベッドに近づき、ふたつの体を引き離した。ひとりの女性捜査官が携えていたローブをさっと女の体にかける。震える手で女がしがみつくようにローブの両襟を引き寄せた時に見えた横顔の美しさに、一瞬だけ息が止まる。

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検察庁舎から帰宅して惰性でテレビをつけると、ちょうど番組の繋ぎの時間帯で次々とコマーシャルが流れていった。

映像と音声。

それ以上の感受がないままに着替えていると、突然音声が途切れた。思わずテレビの方をみると、画面が真っ黒になっていた。故障かと思った刹那、細い明朝体のテロップが白く浮かび上がった。

―鈴村仁美、没後3年記念映像特集―

映像が切り替わり、机の上に置かれたモノクロ写真にピンスポが当たった。以前は目にしない日がないほど人気だった女優が、輝くような笑みを浮かべていた。

あれからもう、3年経つのか…。

鈴村仁美という女優に対して特に思い入れはなかったが、当時を思い出して落ち着かない気持ちになり、気づいたらテレビを消していた。

鈴村仁美という女優が夫の不倫を苦にして自殺をしたのが3年前。そして、その半年後に、不貞行為を刑罰で禁止する「不貞罪」が制定された。

鈴村仁美の自殺事件以前から、不貞罪制定の議論―不倫を刑法で禁止することの是非―は、高まりを見せていたことは見せていた。価値観の多様化とマッチングアプリの発展を背景に不倫が急増し、毎日のように有名人の不倫が煽情的に報じられ、謝罪会見がひきもきらず行われ、視聴者はそれに飽きることなく乗っかり、特にネットは異様な盛り上がりを見せていた。

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