今年、海でのトラブルが多発するかも…『海猿』出演のプロライフセーバーに聞く

bizSPA!フレッシュ / 2020年8月15日 8時46分

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かつては「身体を強くしたいという憧れがあった」という飯沼さん

 新型コロナウイルスの影響によって、海水浴場の中止や不開設が相次いだ2020年。本格的な夏が到来したものの、本来ならば多くの人手で賑わうはずの海辺には、閑散とした光景が広がっている。

海岸

画像はイメージです

 だが、海水浴場不開設の海岸であっても、海に入ること自体は禁止されていない。そのため、人の少ない海岸では、水難事故をはじめとするトラブルが起こる危険性についても指摘されている。

 今回話を聞いたのは、日本人で海外のプロツアーと初めて契約を結ぶなど、ライフセーバーの第一人者として活躍してきた飯沼誠司さん。飯沼さんは現在、「館山サーフクラブ」の代表として、千葉県館山市と南房総市でライフセーバーとして活動している。

◆統一された条例がないのが問題

「僕が活動している館山市も、今年は感染拡大を防ぐため海水浴場が不開設になるんです。でも『閉鎖』ではないので、もし海水浴に来た人がいたとしても、「自粛」はお願いするものの県や国は「禁止」することができません。

 例年は海水浴場として使われていたエリアに、水上バイクとかウインドサーフィンが海水浴場エリア内に侵入してくるなど、遊泳区域内での暴走行為は何件かありました。海水浴場が開設されない今年に限って危険な行為が減り、安全に泳げるということはないと思います」

 続けて、海を訪れる海水浴客のマナーだけではなく、法律上の盲点についても指摘している。

海水浴条例が適用されるのは、海水浴場が開かれているときに限られるんです。つまり今年の夏に関しては、浜辺での飲酒やBBQなどの迷惑行為を別の法令などを使って取り締る必要があるんです」

◆事故を未然に防ぐことが大事

飯沼誠司さん

飯沼誠司さん

「そもそも条例は、市町村とかがそれぞれの権限で出しています。本来だったら、近隣地域の海のルールはある程度統一されていたほうが望ましいのですが、禁止事項などはまちまちなんです。

 K市などは、代わりに『マナー条例』などで適用させようとしていますが、各市の対応はさまざま。ある程度の統一された条例がないのは、問題だなと。海外の方や初めての方が来てもどのビーチもある程度のルール統一を見える化したほうが良いと思っています。」

 前代未聞の海水浴場の不開設が相次いだことで、自治体によっては予算が下りなくなり、「ライフセーバーを配置しない」海岸も多くあったと飯沼さんは言う。

「ありがたいことに館山市と南房総市は、今年もライフセーバーを配置してくれることになりましたが、なかには、『事故が起こらなければ何でもいい』みたいな感じで、警備員しか配置していない海岸もある。一番大事なのは、事故を未然に防ぐこと。この機会に、もっと事故を防ぐための仕組みづくりや整備を進めていってほしいです」

◆高校時代のあだなは「もやし」

飯沼誠司さん

かつては「身体を強くしたいという憧れがあった」という飯沼さん

 いまでは、ライフセーバーの第一人者として活躍している飯沼さん。だがこの道に足を踏み入れたのは、意外な理由からだった。

身体が白く、細かった。高校時代のあだ名は『もやし』で、『とにかく、身体を強くしたい』という憧れがあったんです。幼い頃に水泳を始めたのも、喘息やアレルギー持ちという虚弱体質を変えるため。ところどころで、サッカーや陸上にも手を出しながら、競泳はずっと続けていました。

 でも、高校の時、記録が出なくて伸び悩んでしまうんです。毎日多い時は20キロくらい泳いで、必死に練習を頑張っているのに、3年間でタイムが1秒しか伸びない。競泳選手としての限界を感じました」

 それでも、「泳ぎ続けたかった」という飯沼さんは、大学入学後にライフセービングと出会う。

「新入生のとき、ライフセービング部に話を聞きに行きまして、身体を鍛えた人たちが、波の中をこえてレスキューしたり、迫力あるレースをしている様子をビデオで見せられまして、『こんなたくましい人がいるんだ』と思いました」

◆正義感が仇となる水難事故のリアル

飯沼誠司さん

「救護用のベット隠れて寝ていたこともありました」という

「夏の海岸では、毎日朝9時から16時までライフガード。その前後に2時間の練習という日々でした。トレーニングはとても面白かったですが、1年目は、事故のない平和な日が続いたので、モチベーションの維持は難しかったですね。なかなか緊張感が浸透しなくて、救護用のベットで寝ていたこともありました」

 平和な海岸で業務とトレーニングに励む飯沼さんが、初めて事故に出くわしたのは、2年目の夏のことだった。

「監視タワーから見ていた時に、中学生くらいの子が溺れているのを見つけました。近くにいる先輩隊員に向けて『レスキュー!』と叫んだのですが、波が大き過ぎて、目の前にいるのに助けに行けないという状態で……

 結局、『手遅れになる前に救いたい』と、僕が救助器材を何も持たずに助けに行ったんですが、その子に必死にしがみつかれてしまって、僕も一緒に溺れそうになってしまいました。この時は、その後にボードが得意な別の先輩にピックアップしてもらって事なきを得たのですが、これまでにやってきたこととはまったく違う怖さがありました」

 実際の水難事故に出くわし、「自身に降りかかるリスクもわからず必死になりすぎて、どうしていいかわからなかった」と語る飯沼さん。この経験をきっかけに、心を入れ替えたという。

「『泳げる』ことが、必ずしも救助に長けているわけではないことを知り、国内外の事例を見て勉強したり、みんなのモチベーション上げて指導するにはどうすればいいかを考えるようになりました」

◆会社員とスポーツ選手の「二刀流」に挑戦

 3年目はチームを率いるキャプテンとして水難救護に携わる一方、日本代表として国際大会にも初参戦。

 その後、大手旅行代理店の株式会社JTBに就職し、「ワールド・オーシャンマンシリーズ」(オーストラリアが主催するプロのアイアンマンレース)にも出場。「世界のレベルの高さや自分自身を高めていく必要性を感じさせられた経験だった」と語る。

 競技とビジネスマンの「二刀流」で、レースにも出場していたが、最終的には退職の道を選び、ライフセーバーのプロアスリートとしてのキャリアを歩み始めた。

「2年目に、一番忙しいと言われている支店への配属が決まりました。この部署は、毎日終電で帰るのが当たり前で、競技との両立は厳しかった。どちらも中途半端に続けるわけにもいかないですし、僕自身も海外でのレースを通じて、『強い人へのあこがれ』に溢れていたし、日本にさらにライフセービングを広める必要性を感じたので、退職することになりました」

 競技を続けるために、スポンサー探しを強いられたという飯沼さん。日本人初のライフセーバーの「プロ」として活躍する背景には、先輩の誘いによって切り開かれた予期せぬ道があった。

◆事務所に所属し、映画『海猿』にも出演

飯沼誠司さん

水上オートバイの腕も一級品

「会社に在籍しているときに、『身体にいいことをする』という内容のテレビ番組に出ることになりました。それまでは知られていない存在だったライフセーバーが、この番組をきっかけに徐々に広まりました。雑誌『ターザン』で、理想の体型としてライフセーバーを取り上げていただいたのも、この頃です。

 その後はマネジメントオフィスに入りました。もともと俳優のマネージャーをされていた方の事務所だったこともあり、芸能系やドラマなどの仕事が徐々に増えていきましたね。

 最初の仕事はテレビ朝日系列のライフセーバーを題材にしたドラマ。その後、昼ドラや何と有名女優さんとのミュージカルの主演舞台もやらせていただきました。

 歌や踊りもあって、『嘘だろ!』と思いましたね(笑)。でもとてもいい経験でした。その後、ライフーセーバーにも関連した内容だったということもあり、、映画『海猿』にも出演しました

◆現在はジュニア世代の育成も

ライフセーバー

ライフセーバーたちが「パトロール要員」として配置されている海もあるようだ

 タレントとしての活躍を続けていた飯沼さんだったが、2006年には千葉県館山市に「館山サーフクラブ」を設立。水難救助活動や、後進の育成に携わっている。

「ライフセーバーのことを知ってもらいたいという想いもあって、俳優をしていましたが、『どっちつかずはまずいな』と思って、30歳を超えたあたりから、ライフガードを中心とした生活に切り替えました。芸を研ぎ澄ましている人が立つ舞台。僕でなくても良いかなと思いました

 現在は、館山市に加えて、南房総市にも拠点を置いて、ライフセーバーとしても活動しています。もともとは手付かずの状態で、事故の多いエリアでした。

 活動の他に、『自分の育った海は自分で守る』ということを目標に、ジュニア世代も育成しています。活動初期のメンバーは、今年大学4年生。一緒に浜辺に立てる喜びも噛み締めています」

◆「溺水大国」日本を変えたい

飯沼誠司さん

現在は会社設立して後進の育成に携わっている

「海外のレースに出場していた頃、外国人の選手に『日本人観光客が、かなり多く溺れている。お前が日本でもライフガードをメジャーにしろ』と言われました。実際に統計上、日本人の溺死(浴槽内での溺死が多い)は交通事故死よりも多いですし、浜辺に行った時に、まずはライフガードを探すという習性も浸透していない。

 人がいない場所に行ってしまって、それが危険水域だったり、『気づいたら手遅れ』というケースも多くある。僕らはこれまでに、ルールを守らない人、バーベキューコンロを浜辺にそのまま捨てて帰る人など、かなりダメな事例も見てきています。ライフガードとの信頼関係を築くところから変えていかないと、日本の水辺の文化や、日本社会そのものもよくなっていかないのではないかと思っています」

◆今年はターニングポイントになる

飯沼誠司さん

飯沼さんは海辺の文化づくりをしていく

 多くの海水浴場が開設されない今年。海辺の文化づくりをしていくターニングポイントになると飯沼さんは予想する。

「毎年5月から9月にかけて、多くの水辺の事故が起こります。救助に行った人の約4割が失敗していて、約6割もギリギリで助かったというデータもあるので、まずは危険を知った上で楽しむというのが大切です。

 日本には、1000を超える海水浴場がありますが、まだ全体の20〜25%くらいしかライフセーバーがいません。海外では、『ライフガード』は公務員、『ライフセーバー』はボランティアとして週末だけ担当する方と、役割がきちんと分かれていますが、日本では、海上保安庁の水難救助隊や消防でもできないようなことも求められているにも関わらず、立ち位置も曖昧

 僕らライフセーバーの役割は、完璧には難しいのですが「事故を未然に防ぐこと」。今年は『海水浴場不開設』が相次ぎ、これまでは助けられていた命が助けられなくなるかもしれない状況に。そのなかで、水辺のリスクをどのように考え、ルールをわかりやすく統一化(Global Beach化)していくのか。改めて考えていく必要があると思っています」

<取材・文/白鳥純一 写真提供/コネクト株式会社>

【白鳥純一】

行政書士兼ライター。スポーツやエンタメを中心とした時事ネタと、人生に関わる重い悩みについての記事を主に執筆しています

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