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「高卒元プロ野球選手」の公認会計士が語る、折れかけた心を支えた“選手2人の存在”

bizSPA!フレッシュ / 2021年4月18日 8時47分

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入団会見の様子(奥村さんは左上)提供:日刊スポーツ

 引退したプロ野球選手が、第二の人生でもコーチや監督、解説者など、野球に直接携わる仕事に就けるケースはごくわずか。飲食業を始める人、保険会社などの営業職、建設現場や工場など肉体労働で生活費を稼ぐ人など、大半は野球以外の道に進む

 しかし、事業や会社勤めがうまくいかず、職を転々とする例も少なくない。なぜ元プロ野球選手は第二の人生でつまずいてしまうのか?

野球

画像はイメージです

 自身のつまずきと再起の経験から、講演会やメディアなどで「人生で越えられない壁はただひとつ。自分で作った壁だけなんです」と訴える元プロ野球選手がいる。プロ野球出身者で初の公認会計士になった元阪神タイガース投手の奥村武博さん(41歳・@m59camel)だ。

◆アスリートは自分の価値に気づいていない

 ピシッとしたスーツの着こなし、穏やかなしゃべり口からは元プロ野球選手だったとは全く想像がつかない。どこからどう見ても“やり手のビジネスマン”にしか見えないが、奥村さんも引退後に飲食業界へ飛び込み、ネットカフェの深夜バイト、宅配や引っ越し作業員など肉体労働で生計を立てていた時期があった。

「ホテルの調理場でバイトしていた時は、メロンの種を掻き出すのと、シイタケの石づきをカットするのが仕事でした。種をくるっと掻き出すのは、カーブの投げ方に似ているんですよ。石づきをカットする時の指の使い方は、実はスライダーと一緒

 野球で学んだことは意外なところで生きるもんですね(笑)。人生に無駄な経験なんて、何ひとつありませんよ」

◆「なんとなくイメージしやすい」飲食業へ

奥村さん

奥村武博さん

 このエピソードは講演などで笑いを誘う鉄板ネタだ。そして、奥村さんは真剣な顔つきで、こうも訴える。

「よく引退した選手は『今まで野球しかやってこなかったから……』と口にしますが、野球しかやってこなかったことは、野球以外のことができない証明ではありません。むしろ野球も含めスポーツの世界は、ビジネストレーニングの場になっていると思います。アスリートは自分の本当の価値に気づいていないんです」

 奥村さんが自分たちの“本当の価値”に気づいたのは、引退後に公認会計士に合格するまでの長きにわたる暗黒時代のことだった。

 岐阜県立土岐商業高校から1997年ドラフト会議で「阪神タイガース」に6位指名され、1998年入団。1999年には就任したばかりの故・野村克也監督から強化選手に指定され、翌年の春季キャンプでは1軍に帯同したが、ケガで離脱。その後も故障に苦しみ、憧れの甲子園球場で一度も登板することなく、2001年に戦力外通告を受けた

 その後、打撃投手に転向するも1年で解雇。トライアウトでも声は掛からず、生活のために「引退後に飲食業に転身する先輩は多い。なんとなくイメージしやすい」という安易な考えで友人のバーで働き始めた。

 それでも専門学校に通って調理師免許を取得するなど真剣に取り組んだが、プロ時代とは比べ物にならないわずかな収入に、「この先どうなってしまうのか」と将来の不安は増すばかり。バーを辞め、職場をホテルの調理場に移しても悶々とした日々は続いた。

◆公認会計士に運命的なものを感じた

奥村さん

入団会見の様子(奥村さんは左上)提供:日刊スポーツ

 その頃、古巣の阪神タイガースは仲が良かった同期の井川慶や1期下の藤川球児らの活躍で18年ぶりの優勝を果たし、大阪の街は沸き立っていた。「あいつらと違って、自分は一体何をやっているんだろう」と感じたという。

 焦燥感から10円ハゲができるほどやつれ切った。そんな姿を見かねて、後に妻となる交際中の彼女が買ってきてくれたのが「資格ガイド」の本だった。これが人生を大きく変えるきっかけになった。

「さまざまな資格が載っている中で、目に留まったのが公認会計士でした。ちょうど試験制度が改正され、大学での単位が必須ではなくなり、誰でも受験できるようになるタイミングでした。しかも、僕は商業高校で簿記を学んでいました。運命的なものを感じ、全てを懸けてチャレンジすることに決めました」

 これまでの調理師から、割のいい肉体労働系のバイトに仕事を切り替え、空いた時間は全て勉強に注ぎ込んだ。やがて集中するために、タイガースの情報がいやでも耳に入ってくる大阪を離れることを決意

◆野球と受験勉強の共通点に気づく

 東京で資格予備校の社員として働きながら勉強を続けた。そして、13年に合格を果たし、プロ野球出身者で初の公認会計士という前例のない道を自ら切り開いた。9年間にも及ぶ勉強の末の合格。試験に落ち続けて諦めかけたこともあったが、ある気づきがターニングポイントになった。

 それは「野球の成長プロセスは、受験勉強と共通している」という発見だった。

「合格という目標に向けて、対策を立て、成績を上げる。野球やビジネスと全く同じだと気づいたんです。プロ野球ではシーズンが終わると、昨季の反省を生かしてキャンプでチーム構成や育成メニューを組み、オープン戦で試しつつ、新たなシーズンを迎えます。

 シーズン中も対戦状況に応じて修正して、優勝を目指して戦っていく。これってビジネスにおけるPDCAサイクル(計画、実行、評価、改善の4段階を繰り返して業務を継続的に改善する手法)なんですよ。途中でそれに気づいたことで、停滞していた成績が飛躍的に伸び、ついに合格することができました

◆企業側は営業&ガテン系の求人しか出さない

奥村さん

現役時代の奥村さん 提供:月刊タイガース

 現在は公認会計士として税理士法人・株式会社オフィス921に勤務。日本プロ野球OBクラブ(全国野球振興会)と日本障がい者サッカー連盟の監事を務めるほか、2017年にアスリートのキャリア形成に取り組む「一般社団法人アスリートデュアルキャリア推進機構」を立ち上げて代表理事に就任

 2019年には自身が代表取締役社長を務める株式会社スポカチを創業し、アスリートの就職紹介やスポーツ団体のコンサルティングにも乗り出した。二足どころか複数の草鞋(わらじ)を履くのは、スポーツの発展に貢献したい、かつての自分と同じようにセカンドキャリアに悩むアスリートを支援したいという思いからだ

 奥村さんは、元プロ野球選手をはじめとするアスリートのセカンドキャリアがうまくいかないケースが多いのは、2つの大きな問題があると考えている。1つは「求人とのミスマッチ」だ。

「ビジネスの世界においては、元アスリートは体力と根性がある、礼儀がしっかりしているなどの点が評価され、営業や肉体労働系の求人が多くあります。その分野で結果を出している人もいますが、だからと言って全員が向いているわけではない。

 人と話すのが苦手なシャイな人だっていますし、データ分析が好きな人、実は芸術系の才能がある人だっています。就職紹介をするキャリア支援会社は増えましたが、紹介する側も、求人を出す企業側も営業系、体力系の能力しか評価していないのが一番の問題だと思います」

◆チャレンジすれば道は開ける

 そして、アスリート側にも大きな原因があると指摘する。それは「自ら可能性を閉ざしている」ことだ。

「アスリートの本当の価値は、スポーツで培ってきた成長プロセスが身に染みついていることです。仕事の専門的な知識やPCスキルなどは後から身につける必要はありますが、ビジネスにおける基礎力は一般の人よりも高いはず

 これにアスリート自身が気づかず、『自分はスポーツ以外できない』と言い訳し、自ら可能性を閉ざしているんです。人生で越えられない壁はただひとつ。自分で作った壁だけなんですよ。チャレンジすれば、いろんな道が開けることを知ってもらいたい」

◆元プロ野球選手の「杜氏」は生まれるか

奥村さん

 社長を務めるスポカチではアスリートの“本当の価値”に着目し、さまざまな職業紹介をしている。その中の1つに日本酒造りの職人「杜氏」がある。

「やはりアスリートは職人気質なところがあります。ピッチャーはボールの握りを1ミリ変えるだけで投球が変化しますし、打者もバットの太さや重さの細かい調整をして成果を上げようとします。同じく杜氏もコメの削り方、麹の分量などを微調整しながら、より良い味わいを生み出そうとする

 元プロ野球選手の杜氏が誕生したら、ファンがそのお酒を球場で飲みながら観戦するのもありですし、1~9番まで味の異なるラインナップを作るのも面白いかもしれない。伝統産業の担い手として社会貢献できるだけでなく、ストーリー性も生まれるし、さまざまな展開ができると思うんですよ」

 その他にも、プロ野球選手会が主催する戦力外通告を受けた選手へのキャリア研修、プロを夢見る子供たちやビジネスパーソンへの講演活動など、奥村さんは精力的に活動している。

「プロを引退しても、やっぱり野球が大好きだし、スポーツが好きなんです。だから、僕が頑張ることで引退後のモデルケースを示したいし、アスリートがお腹いっぱいスポーツに打ち込め、引退後も困らない環境を作りたいんです

 現状では引退後のキャリアが不安でプロの道を諦めてしまう学生もいます。優秀な人材が減れば、ゲームのパフォーマンスも低下し、スポーツの魅力そのものが失われかねません。アスリートのセカンドキャリア問題は、スポーツ界の人材確保の問題にも繋がっているんです

◆同期や後輩の姿が励みに

 最後に、なぜ9年間も会計士の勉強が続けられたのか。倒れても立ち上がる、不屈の精神の原点は何なのかを聞いた。

「全然、不屈じゃないです。いつも心が折れかかっていました(笑)。やはり、もうプロ野球選手でも何でもない自分を支えてくれた妻に応えたかったのが一番ですが、実は井川や球児の存在も大きいんですよ。自分は戦力外になってしまったのでジェラシーを感じることもありましたが、彼らの活躍が励みになっていました。

 あいつらが引退する頃には絶対に会計士になって、手助けできる人間になるんだって。感謝してますし、間に合って良かったです(笑)。今は後輩のプロ野球選手たちに『引退した後のことは、奥村に任せておけ。だから全力で頑張ってくれ!』って伝えたいですね」

<取材・文・撮影/中野龍>

【奥村武博】
公認会計士。1979年生まれ、岐阜県出身。土岐商高から97年ドラフト6位で阪神タイガースに入団も、度重なる怪我により2001年に戦力外通告を受け現役引退。その後、打撃投手、飲食業を経て公認会計士を目指すことを決意し、2013年に合格。日本初の元プロ野球選手からの公認会計士となる
アスリートデュアルキャリア推進機構
株式会社スポカチ
Twitter:@m59camel

【中野龍】

1980年東京生まれ。毎日新聞「キャンパる」学生記者、化学工業日報記者などを経てフリーランス。通信社で俳優インタビューを担当するほか、ウェブメディア、週刊誌等に寄稿

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