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立憲民主党が議席減。辞任する枝野代表の「現場を変えた功績」を今こそ振り返る

bizSPA!フレッシュ / 2021年11月6日 8時45分

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2019年の参議院議員選挙では立憲民主党の代表として各地で応援演説。横にいる男性が手話通訳者

 2021年10月31日に投開票された第49回衆議院議員選挙は、自民党が単独で絶対安定多数となる261の議席を確保。連立を組む公明党も32議席を獲得しています。一方、野党連合の名の下に候補者の一本化を進めた立憲民主党は改選前議席の109を下回る96議席にとどまりました

枝野

2021年の衆院選は応援演説で各地を回り、最終日の夜に大宮駅東口で自身の選挙活動をした

 選挙は結果がすべてです。そのため、翌日から枝野幸男代表の辞任を求める声があがり始めました。そして、福山哲郎参議院議員が幹事長を辞任。さらに翌日には、枝野代表も責任を取る形で代表から退くことを表明しました

 今、立憲民主党は今後の方針をめぐって揺れに揺れています。首相官邸や政界の取材歴が10年超のフリーランスカメラマン小川裕夫@ogawahiro)が、立憲民主党や枝野氏がたどってきた足跡を解説します。

◆与野党対決が鮮明だった衆院選

 10月31日に投開票された第49回衆議院議員選挙、野党はバラバラに選挙戦を戦うよりもひとつにまとまって戦うことを選択。立憲民主党・共産党・社民党・れいわ新選組が小選挙区の候補者を調整して、多くの選挙区で一本化が実現しました

 これにより、今回の衆院選は与野党対決が鮮明になり、野党第一党である立憲民主党は、“変えよう。”をスローガンに政権交代を目指しました。野党内には、考え方が異なる政党が一致団結しても意味がないと冷ややかな意見がありました。

 そうした部分があることは否定しませんが、東京8区では国土交通大臣や自民党幹事長を務めた石原伸晃候補が立憲民主党の新人・吉田晴美候補を相手に敗北。比例復活も叶いませんでした。

◆候補者一本化は成功したとは言い難い

枝野

今回の衆院選は野党で候補者を一本化。東京8区は、その象徴だった

 ほかにも、神奈川13区では立憲民主党の新人・太栄志候補が、自民党の幹事長だった甘利明候補を、香川1区では小川淳也候補が初代デジタル庁の大臣を務めた平井卓也候補を相手に小選挙区で勝利。甘利・平井両候補は比例復活していますが、こうした部分に野党共闘の成果は現れています。

 とはいえ、それは一部に過ぎません。全体的に見れば、立憲民主党は議席を減らしました。その一因として、立憲民主党の支持者の間に他党と共闘することへの戸惑いがあったことが挙げられます。

◆民進党から立憲民主党への流れ

枝野

2013年5月に実施された民主党大反省会と題するトークイベント。左から長妻昭、枝野幸男、菅直人の3議員が出席。集まった若者たちから厳しい注文を受けた

 大物議員相手に勝利するという大金星をあげても、国会という場では議席数が物を言います。議席数が減ったことに対して、責任者である枝野幸男代表と福山哲郎の両氏に進退を問う声が出ることは自然な成り行きです。

 けれども、立憲民主党を旗揚げした枝野幸男代表が積み重ねてきた功績は決して無視できるものではありません。立憲民主党は2017年に誕生しましたが、それまでは多くの議員が民進党に属していました。民進党の前原誠司代表(当時)は2017年の衆議院議員選挙にあたって、高い人気を誇っていた小池百合子都知事と連携を模索。その結果、民進党を解党して希望の党へ合流することを決断します。

 野党第一党だった民進党が、いきなり消えるという事態に永田町は騒然となりました。民進党の国会議員は希望の党へ移籍することになりますが、小池都知事は「(考え方が合わない議員は)排除します」と宣言。この発言が引き金となり、希望の党へ合流することを拒み、無所属で選挙戦に臨んだ議員もいました。

◆野党第一党ではあるが、自民との差は歴然

枝野

2017年の衆院選は、突如として民進党が消滅。慌ただしく立憲民主党を結党して臨んだ

 無所属の候補者は比例復活ができません。小選挙区で勝たなければ、即落選になります。希望の党に移籍しなかったorできなかった議員の受け皿として、枝野幸男議員が中心となって立ち上げられたのが立憲民主党です

 準備期間が少ないながらも、立憲民主党は2017年の衆議院議員選挙で55名の当選者を輩出。消滅危機を乗り越え、国政で野党第一党となりました。そして、2019年の参議院議員選挙では17人が当選。非改選議員の15人を加え、参議院でも野党第一党の座を確保したのです。

 結党から短い期間で野党第一党になった立憲民主党ですが、それでも自民党との差は歴然としています。きたる選挙には大きなかたまりで戦うことに備え、民進党を前身とする国民民主党との合流を進めました。

 こうして、国民民主党の一部議員が立憲民主党へ合流。新生・立憲民主党は衆議院議員107人と参議院議員43人の計150人の国会議員が参加する船出になりました。

◆代表を辞任することにもメリットが

枝野

事業仕分け開始前に、打ち合わせをする枝野幸男議員と蓮舫議員

 立憲民主党が立ち上げられてから約4年。短い歳月で党を再生させた手腕には、目を見張るものがあります。が、そうした過去の功績があるからといって、今回の責任を不問にすることはできません

 とはいえ、代表を辞任することは枝野議員本人にもメリットはあります。それが、自身の活動や選挙に捻出する時間が増えることです。立憲民主党の立党以前から、枝野議員は長らくさまざまな党で要職を務めてきました。2009年に民主党政権が発足すると、行政刷新担当大臣や官房長官を歴任。

 蓮舫議員の印象が強い事業仕分けですが、最初の事業仕分けは枝野幸男議員が座長を務めています。

◆時間的な余裕が生まれることは間違いない

 2012年の衆院選で民主党が惨敗して再び野党へ戻ってからも、枝野議員は党の要職に就いています。ベテラン議員は、新人候補や激戦区の応援をすることが多くなります。枝野議員もその例に漏れず、選挙のたびに新人候補や激戦区の応援で各地を駆け回りました。

 そうした事情があるため、自身の選挙区である埼玉5区に戻る時間はなく、足元が疎かになりがちです。実際、ここ数回の選挙で枝野議員はは対立候補と接戦でした。代表の座を降りたことで時間に余裕が生まれます。

 党務よりも、地元での活動に時間を割くことができるのです。もちろん前代表という経歴から、選挙になれば各地の応援演説に駆り出されることはあるでしょう。それでも、今よりも時間的な余裕が生まれることは間違いありません。

 最後に、立憲民主党の支持者や埼玉5区の有権者のみならず、枝野議員が日本国民全体にメリットをもたらした例を紹介しましょう

◆耳が不自由な被災者への配慮を見せる

枝野

東日本大震災と福島第一原発事故という未曾有の震災が起きた当時は官房長官。頻繁に会見していたため、「枝野寝ろ」がツイッターのトレンドに

 2011年3月11日に起きた東日本大震災では、被災地の東北地方だけではなく、福島第一原発事故によって日本全国が不安に包まれました。当時、枝野議員は官房長官を務めています。

 月曜日から金曜日まで祝日を除き、官房長官は1日2回の定例記者会見を実施しています。記者会見は国民の知る権利に応える大事な仕事です。官房長官会見では、政府の方針や首相・閣僚などの動向を伝えます。こうした役割から、官房長官は政府のスポークスマンと呼ばれるのです。

 東日本大震災や福島第一原発事故では、政府の一挙手一投足に注目が集まりました。少しでも情報を得たいと考え、テレビの前から離れなかった人も少なくありません。しかし、当時の会見はすべて口頭による答弁です。それは、官房長官の会見だけではなく、首相や閣僚も同様でした。

 耳が不自由の被災者もいます。生放送の場合は字幕をつけることもできません。そうした人たちにも情報が行き届くように配慮したのが枝野官房長官でした

◆首相会見で手話通訳者を帯同させた功績

 枝野官房長官は、自身の会見に手話通訳者を帯同させました。これは聴覚障害者から「耳の不自由な国民にも災害情報がわかるようにしてほしい」という意見が寄せられて、枝野官房長官がすぐに手話通訳者を立ち合わせるようにしたのです

 手話通訳者が立ち会うという概念はここから広がり、今では首相会見でも手話通訳者が帯同することが当たり前になっています。手話通訳者を帯同させることで、少しでも多くの国民が情報を得ることが可能になりました。それは国民が政治参加できる機会を増やすことにもつながる情報公開でもあります。

 積極的に情報公開に取り組んでも、それが票につながることはありません。特に、大震災や原発事故という未曾有の大災害は、政権にとって不都合な情報が多くあります。それでも手話通訳者を帯同させて、少しでも情報を伝えようとしたのです。

◆街頭演説でも手話通訳者の帯同が増えている

枝野

2019年の参議院議員選挙では立憲民主党の代表として各地で応援演説。横にいる男性が手話通訳者

 こうした理念は、枝野代表が立ち上げた立憲民主党にも受け継がれました。立憲民主党の街頭演説に、手話通訳者が立ち会うようになったのです。テレビ中継とは異なり、街頭では字幕を使って伝えられません。手話通訳者が立ち会うことで、耳が不自由な人でも街頭演説で政治家の考え方を知ることができるようになりました。

 費用や手話通訳者のスケジュールといった事情もあるため、まだ街頭演説すべてに手話通訳者が手配されているわけではありません。それでも、手話通訳者が立ち会う街頭演説は少しずつ増えています。

 手話通訳者を帯同させるという配慮は、他党にも影響を与えています。いまや自民党をはじめとする他党も大規模な街頭演説に手話通訳者を帯同させるようになりました。こうした取り組みによって、少しでも多くの国民が政治にアクセスできるようになっているのです。

<取材・文・撮影/小川裕夫>

【小川裕夫】

フリーランスライター・カメラマン。1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経てフリーに。首相官邸で実施される首相会見にはフリーランスで唯一のカメラマンとしても参加し、官邸への出入りは10年超。著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)などがある Twitter:@ogawahiro

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