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父親は大嫌い、母親とは絶縁…『電波少年』坂本ちゃんが振り返る「ブレイクのウラ側」

bizSPA!フレッシュ / 2021年12月6日 8時45分

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父親は大嫌い、母親とは絶縁…『電波少年』坂本ちゃんが振り返る「ブレイクのウラ側」

 2000年に出演した伝説的バラエティ番組『進ぬ!電波少年』(日本テレビ系)の企画「電波少年的東大一直線」に出演していたタレントの坂本ちゃん(55歳・@sakamotochan)。大ブレイクの一方で、「人との距離」がわからなくて苦しんだことを明かします。

坂本ちゃん

タレントの坂本ちゃん

 今年2021年3月には『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ系)のコーナー企画に出演した坂本ちゃんは、タレント業のほかに現在イラストレーター、ゴールデン街の店番という顔も。「運命の流れに身を任せる」という坂本ちゃんが語る、人生哲学とは――。

◆「電波少年」の東大受験に失敗して…

――奮闘の結果、東大受験は叶わなかったものの、「どこでもいいから一直線」に企画が変更され、日本大学など8校に合格しました。合格発表を聞いた時に思ったことは何でしたか。

坂本ちゃん:まずは嬉しかったですね。初めて自分に自信を持てた瞬間でした。3人兄弟の真ん中で、兄も弟もお勉強ができて、良い高校に行って大学にも行って……という感じだったので、自分だけ何もできないという思いは、どこかで引きずっていたのかもしれません。

 ベタすぎるんですけど、自分でもやればできるんだと思ったのと、何事も諦めちゃいけないんだなと。合計6か月ぐらいの受験勉強ですから、知識を詰めただけだとは思うんですけど、ムダになることはないんだって思いました。

――その後、めちゃくちゃ忙しくなって。

坂本ちゃん:『電波少年』が終わった次の日から、大忙しになりました。小学3年生の時に抱いた「タレントになる」という夢は幸せなことにそこで叶ってるんですけれど、一方で、あまりにも突然すぎまして。徐々にじゃなかったので、自分のなかでは結構苦痛というか……。コミュニケーションが下手なまま飛び込む形になったので、悩んじゃったりしましたね。

◆大ブレイクの一方で人との距離に悩み

坂本ちゃん

――どういう悩みがありましたか。

坂本ちゃん:人との距離のとりかたがわからなかったんです。収録後、自分の発言に共演の方が気分を害されていないかなとか、ウジウジ悩んだりして。

 とっくに30歳を過ぎていましたが、“新人”なので、最初のうちは空気が読めない感じもおもしろがってくださっているのはわかったんですけど、経験を積んでいくと、今しゃべっていいのかなみたいな、そういう怖さ、葛藤がありましたね。お仕事をいただけるのはありがたいんですけど、純粋に楽しめなかった部分があったかもしれません。

 ただ、その頃、とんねるずさんの番組に出させていただいた時のことです。私が石橋貴明さんに言った言葉について、また悶々と悩んでいましたら、マネージャーさんが、「じゃあ謝りに行ったらどうだ」っておっしゃってくださいまして。

 そこで楽屋にお伺いして謝ったら、石橋さんが「坂本ちゃんはそのままが面白いんだから! 別にそんなことを気にする必要はなく、楽しく収録に挑めばいいんだよ」っておっしゃってくださって。その言葉で、少し楽になったおぼえがあります。

◆仕事で潤った瞬間、親が豹変した

坂本ちゃん

――結構、自分の言ったことややったことに対して気にしてしまう性質ですか?

坂本ちゃん:話していて、例えば相手がふと素の顔になったりしたら、「どうしよう、つまらないのかな」とか気にしちゃう。子供の頃、父親が怒らないようにと表情をうかがう癖があったのが、悪い習慣として染み付いちゃっているんだと思うんです。

 いろんな方が、私のためを思ってアドバイスをくださっても、なかなかその通り自分で動けない。そうすると、怒られるんじゃないかなとか……。ましてや初めてな経験ばかりで、失敗したらどうしようみたいな不安はあったと思いますね。

――一方で、ご家族からはお金を無心されて…。

坂本ちゃん:世に名前を出させていただいて、仕事が潤って、いちばん最初に変わったのが親だったので、すごくショックでしたね。ですからその後、仕事がなくなり、人が離れていったのは、そこまでショックじゃなかったんです。

◆極限状態でベランダから飛び降りようと…

坂本ちゃん

――過去出演した『しくじり先生』(テレビ朝日系、2017年)では、そういうさなか、さらに自分がおもしろくないことに気づいてしまい、ベランダから飛び降りようとしたという話も……。

坂本ちゃん:当時親関係でも仕事関係でもすごく悩んで、極限状態だったんでしょうね。9階に住んでいたのですが、「起きなさい」っていう声が聞こえまして、気がついたらベランダに出ていました。

 初めての経験ばかりでいっぱいいっぱいのなか、いちばん助けてほしかった親からは「お金頂戴、頂戴」しか言われない。その時に、何かがプツンと切れちゃったんだと思います。

 私はほんと運だけで、企画に助けられたんです。大学合格は「やればできる」っていう自信にはなったんですけど、芸能の自分には何もないまま。仕事をすればするほど、どんどん凹んでいたのが事実です。

◆自分を救った「しがみつかない」考え方

坂本ちゃん

――ブレイクが落ち着いてきた時、どう思いましたか。

坂本ちゃん:だんだん休みが多くなって、仕事がすっかりなくなった時、実は「あ、もうなくすものないんだ。楽じゃん」って思っちゃったんです(笑)。親にお金をとられたので、仕事がなくなっても私の懐は同じでしたし、子供の頃から一人遊びが好きなので、一人でいることもあまり苦痛ではありませんでした。

 もちろん、芸能のお仕事は続けていきたいっていうのは今もありますけれど、何が何でもしがみつこうっていうのが、もしかしたらなかったのかな。逆に、しがみつこうみたいな感じだと、ますます精神的にダメになっていっちゃったかもしれません。

◆大事にするのは「自分を壊さない」こと

――流れに身を任せる。そのなかで大事にしていることは?

坂本ちゃん:私、「ケ・セラ・セラ」(なるようになるさと訳される言い回し)の人生なんです。運命に従うタイプ、開拓しないのね。大事にしているのは、自分を壊さないようにするということ。言葉が悪いかもしれないけど、早い段階で、「逃げる」ことを覚えていたんです。

――「逃げる」ことを覚えたのはいつ頃だったのでしょう。

坂本ちゃん:タレントになりたいと思ったのと同じ、小学校3年生頃です。親、特にアルコール依存症の父親が大嫌いだったんですよ。だから好き勝手にやってた父親が49歳で亡くなった時、ほっとした自分がいたんです。

 なんて悪魔なんだろうって思いますけれど、子供の頃の自分にとっては、気持ちのうえでだけでも「逃げる」っていうのは唯一の処世術だったのかもしれません。だから今でも嫌ならやめちゃえっていう考えがベースにありますし、イラストを描くのも、自分にとっては、嫌なことから一瞬でも忘れられる術ですね。

◆新宿ゴールデン街で店番するきっかけ

坂本ちゃん

――イラストは子供の頃から?

坂本ちゃん:そうですね、チラシの裏に描いたりしていました。今似顔絵を描いたり、個展をしたりとかしていて仕事にも繋がっているのは、おもしろいなと思いますね。

――今、ゴールデン街でお店番もやっていますね。それも不思議な縁が?

坂本ちゃん:知り合いのレコード会社の人に、私と同じアイドル好きの同年代の子っていうことで紹介されて会ったら、盛り上がって。彼女から「ゴールデン街でお店やってるんだけど、週イチぐらいで入ってくれない?」って誘われて、全然接客とかできないけど、「いい?」って言いましたら、いいよっていうことでやらせていただいています。

 もう長いですね。最初は仕事が潤ったらすぐやめるからって言ってたのに、今もやめずにいます(笑)。

◆トラウマだったお酒に対する見方が変わる

――接客業をしてみて、いかがですか。

坂本ちゃん:接客業と思ってないんですよ、私。だってお酒相変わらず作れないし、ビールも泡だらけですよ、どうしましょう(笑)。でも、続けていくうちにお客さんも「仕方ない」って諦めてくださって。自分は好き勝手な話をしているだけですね。自由にやらせてもらってます。

――店番をするなかで発見したことや、気づいたことはありましたか。

坂本ちゃん:お酒に対しては、父親のせいで嫌な面しか見ていなかったんですけど、楽しく飲む人がいるんだっていうのは目から鱗で、見方が変わりました。お酒を飲んだ人の表情が変わるのがあまりにも素敵で、その人の似顔絵を描いたらすごく喜んでくださったりして。自分が好きでやっていたこと(イラスト)が、人に喜んでもらえるのってこんなに楽しいんだっていう発見もありましたね。

◆目に見えるものだけが「努力」じゃない

坂本ちゃん

――「運命を開拓しない」ということについて。受け身でなんとかなる?

坂本ちゃん:努力とかいうと、なんかすごく大げさ過ぎちゃうんですけど、人間って、生きているだけで……目覚めて、寝るまで、なんなら寝ている間も「努力」だと思うんです。目に見えるもの、受験勉強とか何らかの結果が出ないと「努力」って認められない感じがあるけど、でも、本当はそうじゃない。どうでしょう?ダメかなあ?

――深いです。

坂本ちゃん:わざわざ「勉強として映画を見よう」じゃなくて、楽しんで映画を見ているだけでも、無意識のうちの「努力」かもしれない。私にとっては、ゴールデン街のお店も、ある意味「努力」かもしれないですよね。長い目で見れば自分のプラスになると思うと、どんな場所でも勉強であり、「努力」になっているんだなと思うんです。

◆タイムリミットは設けなくていい

坂本ちゃん:私の場合は、年齢や結婚で人生の区切りをつけるという発想が一切なかったんですね。東京出てきたのも20代後半だし、電波少年に出ていたのも34歳の時。だから「30歳までにものにならなかったらやめよう」とかって、タイムリミットを設けるのが信じられなくて。

 だって、決めちゃうと終わりに近づいてるだけじゃないですか。いまだに自分がどこに行きたいとか、決めてないです。だってまだまだやりたいことがいっぱいで、毎日ワクワクしてるんです、この年齢になっても。でも、そうやっていまだに自分を諦めずにいられるのも、『電波少年』で大学に合格したという経験があるからかも。

――自分で、自分の“終わり”や限界を決めなくていいということ。「これだけはしておいたほうがいい」っていうことって、ありますか?

坂本ちゃん:経験、年齢を重ねるのが楽しく思えるのは、人間、死ぬまでの間に、「自分」というものがちょっとずつわかっていくんだと思うんです。ああ自分はこういう人なんだって。

 一方で、やっぱり昔の人が言ってきた言葉って正しいんだなって思うこともあるんですね。私も若い時、「またこのおじいちゃんなんか言ってる、説教たれてるぅ」みたいな感じだったんですけど、今思うと、案外当たってるんですよ(笑)。だから、一旦聞く耳をもってみると、新しい気づきがあるかもしれない。あとは、「嫌な人」に会ったほうがいいのかなって。

◆「嫌な人」が成長を促してくれる

坂本ちゃん

――嫌な人に!?

坂本ちゃん:人間関係って、いちばん大変じゃないですか。でも、どこに行っても嫌な人には必ず会うんです。だから、嫌なら辞めていい、すぐに逃げていいという前提で、「嫌な人」に遭遇したら、どうしてこの人はこうなんだろうとか、まずは楽しんでみようという気持ちというか。

 いい人に会っていても、ぬるま湯で、傷の舐め合いだけになりかねない。傷口に塩を塗ってくれるような人が、自分の成長を促してくれるかなと思います。

――一度俯瞰して、冷静になる目は大切かもしれません。その場合でも、「自分」をしっかりもっていることが大事ですね。

<取材・文/吉河未布 撮影/長谷英史>

【坂本ちゃん】
1966年、山梨県生まれ。1999年、お笑いコンビ「アルカリ三世」結成。『進ぬ!電波少年』の企画「東大一直線」でブレイクし、8校に合格して日本大学に入学。現在は新宿ゴールデン街のシャンソンバー「ソワレ」に週一出勤&個展を開催するなど精力的に活動中。オフィシャルブログ「人差し指に似てると言われます。」も更新中
Twitter:@sakamotochan

【吉河未布】

編集者・ライター。ネットの海の端っこに生きています。気になったものは根掘り葉掘り

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