「奪う不倫は長続きしない」37歳未婚女性の“規律”は正しいといえるのか

文春オンライン / 2018年12月16日 21時0分

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 既婚男性との情事を肯定する論理を探すのは難しい。ただ、実際考えてみれば、当事者の誰かが「傷ついた」とか「寂しい思いをした」とかいう裁きにくい理由を一度棚上げしてみると、それを外部からはっきりと否定する論理も実は見出しにくい。

 人の所有物を奪うのは金品の窃盗と同じように否定できるが、果たして婚姻関係にあるパートナーが誰かの所有物かどうかという問題がある。たとえ1対1のモノガミー制度のもとでは少なくとも婚姻関係というのは所有に近いものがあるとしてみたところで、その論理における「奪う」は婚姻関係そのものを奪う、ということになるわけだから、妻との結婚を破綻させ、自分が新しい結婚相手におさまろう、という態度がなければ「奪う」が成立しない。

 愛人という立ち位置を受け入れ、相手の婚姻関係を壊すつもりなど毛頭ないと言われてしまうと、果たして愛人が妻から何かを奪っていると主張するのは厄介な作業だ。

不倫相手に「奪う」気がなくとも

 さて、そんなことは愛人の側の詭弁である。実際に不倫が発覚した場合、不倫相手に「奪う」気がなくとも妻と夫の間の信頼のもとに築き上げられた婚姻関係を間接的に破綻させるかもしれない。相手を信頼していた妻から、心の安定や幸福と呼ばれる何かを奪っているかもしれない。不倫関係が深まることで、妻が夫と過ごすはずの時間を奪うこともあるだろうし、妻や子供に使われるべきお金が愛人に流れることもあるかもしれない。

 あるいは、妻からではなく、夫、つまり自分の既婚の恋人からも何かを奪う可能性はある。社会的な信頼、妻との良好な関係、心の平穏、家族との時間。既婚男性と関係を持つことは外から考えてみても、あらゆる方法で人を傷つける可能性があり、そんなことを平気でしてしまう女との関係は肯定できないから、世間から非難され、時には仕事まで奪われる。

「奪わない」ということに強く執着し、自らの行動指針を作る女

 ただ不倫がなくならないのは、そういった事情が理解されていない、知られていないからではない。そのように被害者を生む可能性があっても、それを(あくまで自分の中では)超える理由があるからだ。ある者は商売のために、ある者は自分を救うために、ある者は燃えたぎってしまった恋心に導かれて。

 当然、人間は罪悪感を忘却できるほど強くはないし、危険を顧みないほど無知でもないので、それぞれに言い訳があり、商売で、あるいは生活のために愛人稼業を続ける者は、お金はもらっても妻に向けるような愛はもらっていないと言うし、自分にもそれなりの収入がある者は時間に多少の犠牲を払ってもお金は一切負担させていないと言う。そして「奪わない」ということに強く執着し、自らの行動指針を作る女もいる。

ベンチャー企業勤務 37歳未婚女性の場合

 彼女は37歳の未婚女性で、名を仮にKとしておこう。元々は監査法人に秘書職として勤めていたが、29歳でベンチャー企業の立ち上げに参加し、現在は創設メンバーかつ管理職として、有名複合ビルのオフィスで主に採用や新人教育を担当している。仕事は順調で、企業紹介を主たる目的としたメールマガジンの編集や、派遣やバイト職員の管理もほぼ一人でこなす彼女の日常はそのほとんどが仕事で埋まるほど忙しい。

 自宅はオフィスから徒歩で10分程度の都心部にあるマンションで、ペットの猫と暮らすために比較的築年数が古く、その代わりに部屋数と平米数が多い部屋を賃貸で借りてもう5年になる。オフィスに一度も顔を出さない休みはせいぜい週に1回、土曜日か日曜日のどちらかになることが多く、美容院の予定や友人との食事ですぐに1カ月の予定は埋まってしまう。

 彼女の恋人は、彼女も経営に携わるその会社の社長で、企業立ち上げ当初から男女の関係が続く。彼は25歳になる前に学生時代に付き合っていた女性と籍を入れており、現在も、妻とすでに中学生になる息子と世田谷区内に暮らしている。当然、知り合った当初からKも彼が子持ちの既婚者であることは知っていたが、中心となって会社を作ろうとする彼の発想の豊かさや、独りよがりではない社会派なビジョンに好感は持っていたし、何度も二人で食事を重ねて、ある日食事の後に家に寄ってもいいか、と聞かれた時に、断る理由は思いつかなかった。

 彼は家に上がり、今まさに立ち上がろうとしている新企業の出資者の話などで盛り上がった後、ソファでキスして、ベッドに移動したいと言った。そこにも、断る理由が見つからなかった。当然、セックスの後、ペットボトルの水を飲みきるよりも前に、彼はタクシーで自宅に帰った。次の週にも、似たようなことがあり、その次の週はスタートアップが大詰めでお互いに時間の余裕がなかったが、1カ月後にはまた似たようなことがあった。

「奪う不倫は長続きしない」

 すでに8年目に突入する彼女と彼の関係は、会社の都合や彼女の引っ越し、彼の生活の移り変わりなどで何度か変化を経て、ここ4~5年は安定した形になっている。息子が大きくなったことで、彼の妻は週に数回のペースで美容の仕事に復帰するようになり、仕事関係の理由や時々の遊びなどで妻が遅くなる日は、彼は仕事の後にKの自宅に立ち寄る。すでにお互い食事を済ませている場合も、彼女が簡単に用意する場合もあるが、お酒は飲まずに、彼は深夜に自家用車を運転して自宅に戻る。うっかり寝てしまわないように、彼女はアラームを0時にセットしてからくつろぐようにしている。

「奪う不倫は長続きしない」というのが彼女の持論である。昔の華族や大商人のようにお妾さんを囲ってなおあまりある富があるならそれは良い。ただ、社長とは言え彼女の恋人は不安定なベンチャー企業をなんとか軌道に乗せている身。そんな彼の財産に、愛人がいるというような証拠はおそらく一度も残っていない。彼女は料理の食材代やごくたまに二人で飲むお酒代、交通費、家賃、帰りに買ってきてもらうコンビニのお水やお菓子代すら、彼から受け取ったことはないと言う。

絶対に二人では歩かないし、SNSは登録すらしていない

「最初のうちの食事は、もちろん彼のおごりだったよ。それは単に、会社を一緒に立ち上げようとする仲間として奢ってもらってて、たまたまその時には彼の方が収入があって、年上で、男だったからだと思う。でも、彼との関係を、このままでいいからとにかく、継続可能にしたいなと思った時に、まずはお金、それから時間とか、もちろん気持ちとか家族愛とか、奪わないように気をつけようと思った。そもそも、不倫がバレるのって、金遣いが荒くなったり、よくわからない領収書とかカード請求が見つかったり、が多いと思う。それで不倫そのもの自体よりも、自宅に入れるべきお金を他の女なんかに貢いだっていうことでゲキる奥さんが多いじゃない」

 彼女は、奪わないことを免罪符に、不倫を社会的に了解してもらおうという気はさらさらない。全く同じ時間にオフィスを出られる時も、絶対に二人では歩かないし、SNSは1つも登録すらしていない。彼の服に猫の毛がつかないよう、猫の部屋と二人で過ごす部屋を分け、それでも飽き足らず、床やソファ、帰る前の彼の衣類などは念入りにコロコロテープで掃除する。憎まれたり、怒られたりするのが怖い気持ちも当然ある。ただそれ以上に、仕事でもプライベートでも、彼女の人生を大きく左右し、また現時点で人生の大半を占める彼との不倫関係が、不本意な終わりを迎えることが最も怖い。

「正直、奥さんとはもう20年近く一緒にいて、子供も大きくて、奥さんは仕事復帰してて、私ほど神経質にならないでも不倫なんて簡単にできる立場だと思う。サラリーマン時代と違って、社長なら、時間が不規則で泊まりとか出張とか休日出勤なんて簡単にコントロールできるし、もう一人のうちの会社のボスは、奥さん合意のもと、会社の近くにワンルーム借りてるし。ま、彼は自宅が千葉だからっていうのもあるけど。でも、万が一何かの拍子に関係が明るみに出たら、すでにセックスレスで夫より仕事と子供、と思ってた奥さんだって、絶対に怒る。その時について、私、考えたの」

「本当は手に入ったものが愛人のせいで」

「本当は手に入ったものが愛人のせいで私に回ってこなかった、っていう怒りが一番強いんじゃないかなって。だから、なるべくそれを少なく、限りなくゼロにしたいんだよ。本来なら自宅で奥さんと一緒にいられた時間は、本当に自宅で奥さんと一緒にいられるように。ちょっとした自分の買い物以外のお金が全部奥さんと子供に渡るように。彼から、たまには休日ゆっくりしよう、とか、旅行行こうって言われたこともあるけど、断った。今まで一緒に行ったのは出張の大阪とか福岡だけ」

 幸い、彼と同じ会社の屋台骨である彼女は、その理想を実現できるだけの財力と、自分の生活や仕事を成り立たせる力、また彼の休日を奪わなくても寂しくならない程度の社交的な性格や多忙な仕事を手にしていた。彼女は、他の社員と同じだけの家賃補助を会社の経費で受けている以外は、すべて自分の給与明細にある金額の範囲内で、食事をして映画を観て猫の餌を買って家具や家電を揃え、趣味の化粧品や衣類のショッピングを楽しむ。

彼女自身、何一つ奪っていないのか

 正直、妻の気持ちを話す彼女の言うことが、どれくらい本音で、どれくらいが自分の保身のための理由づけに過ぎないのか、私には判別できなかった。ただ、彼女の言葉遣いやこれまでしてきたことを考えると、おそらくそれらは分離できる類のものではないのだろうと思う。彼女の願いは彼との関係の継続であって、それを可能にするはずである、と彼女が考えて出した結論が、もらえるものであっても本来自分のところに来るべきでないものについては得ないこと、ひいては妻に、「奪われた」と感じさせないことなのだ。

 彼女自身、何一つ奪っていないのか、と考えれば、そうではないかもしれない。どんなに神経質に、ストイックに関係を紡いでも、ある日突然、何かの拍子に、あるいは彼のちょっとした心変わりで終わってしまう、そして終わったとして誰に同情されるわけでもなく、むしろそんな関係を知るごく僅かな知人には歓迎すらされるような関係であることも確かだ。ただ、彼女が自分を全否定しないために編み出した彼女なりの規律は、尊いものだと私にも思えた。

(鈴木 涼美)

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