「国境の壁」でアメリカ政府が機能停止 トランプ大統領の致命的失態とは

文春オンライン / 2019年1月19日 7時0分

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「壁」の建設について国民に問いかけるトランプ大統領 ©getty

 トランプ米大統領が求めるメキシコ国境の「壁」建設予算をめぐる紛糾で、米政府機能の一部閉鎖が続いている。だが、その裏側には、知られざる「壁」の現実や、大統領の暴走の実態が隠されていた。

国境は今や個人の犠牲で管理されている

 一部の政府機能停止で、給与が支払われない政府職員は約80万人。しかし、このうち国境管理に当たる国土安全保障省職員や航空管制、食品衛生監視員ら約40万人は無給で出勤させられているのが現実だ。

 大統領は「麻薬密輸」や「テロリストの侵入」を防ぐ、と壁の建設を主張するが、国境は今や個人の犠牲で管理されているのだ。

 実はトランプ氏は、自分が二つの落とし穴に陥っていたことが分かっていなかった。

 第一に、壁の「公約」そのものは選挙の「スローガン」に過ぎなかったが、建設できると大統領が思い込んでいた。

 第二に、野党民主党が仕掛けた「罠」にはまり、自ら「政府機能の閉鎖」を宣言してしまったことだ。

 良識派の高官を次々辞めさせてしまった大統領の暴走は、もはやとどまるところを知らない。

政府機能停止の影響でシェフが不在だったため、ホワイトハウスに招待された大学アメフト優勝チームは、トランプ大統領のポケットマネーで「お気に入り」のファストフードを提供された

スローガンを政策と取り違え

 トランプ氏の大統領選出馬に先立ち、側近の選挙コンサルタントたちは、国民の耳に入りやすい言葉を工夫した。

 出馬の検討を始めた2014年、トランプ氏が白人層の支持を得るために考えたのは、移民の制限だった。そこで、巧みな選挙技術でトランプ陣営の「トリックスター(ペテン師)」と呼ばれる側近のロジャー・ストーン氏らが、受けやすいスローガンとして考え出したのが、「国境の壁の建設」だった。

「壁」を建設して「メキシコに費用を払わせる」という大胆な発言が人気を集めた。トランプ氏の「メキシコに払わせる」発言はワシントン・ポスト紙の集計だと計212回に上ったが、本人は今、その発言も否定している。

 トランプ氏は共和党の指名を得て、本選挙に臨み、ヒラリー・クリントン元国務長官とのテレビ討論でも「壁」の建設を主張。メキシコ大統領は「費用を払わない」と拒否したが、構わず「壁」を繰り返した。大統領就任後も同じだった。

側近は「壁」を単なる選挙スローガンだと考えていた

 問題は、壁の建設をまったく政策的に詰めていないことだった。ストーン氏らは「壁」を単なる選挙スローガンと考えていた。

 政府高官も同じで、昨年末大統領首席補佐官を辞任したジョン・ケリー氏は在職中、民主党議員団との懇談で「大統領は(本当のことを)十分に知らされていない」と漏らした。辞任前に行われたロサンゼルス・タイムズ紙のインタビューでも、「政府は早い段階で強固なコンクリートの壁の建設という考え方を放棄していた」と打ち明けている。

 後任のミック・マルバニー首席補佐官代行も、下院議員だった2015年当時、トランプ氏の考えは単純すぎると批判していた。

「フェンス法」をオバマ氏らも支持

 実は、アメリカ政府は既に12年前から壁の建設に乗り出している。ブッシュ(子)政権時代の2006年に「安全フェンス法」という法律が成立。当時上院議員だったオバマ前大統領、バイデン前副大統領やクリントン元国務長官らもこれに賛成した。同法に基づく工事などでこれまでに、総延長3145キロの国境のうち、1125キロにわたって高さ6・4メートルのフェンスや壁などが設置されている。

 この間、トランプ氏の主張とは裏腹に、メキシコ側からの違法な越境者は減少を続けてきた。

 メキシコからの違法移民の数は、ピークだった2007年の約690万人から2016年には約540万人と約150万人減少。違法移民全体(2007年約1220万人、2016年約1070万人)に占めるメキシコからの流入は約57%から約50%に減少した。国境警備強化の成果とみられている。

高い壁を建設するだけでは不十分

 他方、他の諸国から観光ビザで航空機により入国して、ビザの期限切れ後も滞在し続ける違法移民は減っていないのが現実。現在はこうした違法移民が最も多いとみられる。

 国境線は、カリフォルニア州の太平洋岸から、アリゾナ、ニューメキシコ両州をへて、テキサス州のメキシコ湾岸に至る。起伏があり、沙漠に河川と変化に富んでいる。テキサス州のメキシコ国境が全体の3分の2を成し、すべてリオグランデ川が国境を形成している。

 こうした状況からみて、高い壁を建設するだけでは不十分で、国境監視用のドローンやセンサーを利用して、さらに警備員を増やす、といった対策が求められている。与野党はそんな政策をまとめる時期に来ているのだ。

自ら「閉鎖する」と言った大統領

 しかし、トランプ大統領は国境の地形に対応した、そうした細かい政策に関心がなく、57億ドル(約6000億円)を充て、背の高い壁を建設して、「公約履行」を夢見ているようだ。

 そんなトランプ大統領の心理にうまく付け込んだのが民主党指導部だったようだ。

 中間選挙終了後の12月11日、上下両院の指導者、ナンシー・ペロシ次期下院議長とチャック・シューマー上院院内総務をホワイトハウスに招き、議会運営などについて話し合った時のことである。

 トランプ大統領は、「これまでたくさんの壁が建設されてきた。既存のフェンスの補修も行われてきた。それについては話をしない」と現状に応じた政策論議を自ら放棄、問題は「新規の壁建設」だと主張した。

 ペロシ氏が「『トランプ・シャットダウン(政府機能閉鎖)』をしてはならない」と刺激的な発言で大統領に「ジャブ攻撃」すると、大統領は「それは『ペロシ・シャットダウン』と呼ぶ」と応じた。

民主党が仕掛けた罠に乗ってしまった

 そんなやりとりを繰り返したあと、シューマー上院院内総務が「あなたは『シャットダウンしたい』と言っている。われわれはしたくない」と当時の論議に言及すると、最後にトランプ氏は、「私は誇りを持って国境の安全のためにシャットダウンをする」と宣言し、「シャットダウン」を2回繰り返した。

 こうした論争は、自ら「閉鎖する」と言った方が負け。大統領は、民主党が仕掛けた罠に乗ってしまったのだ。明らかにこれで勝負があった。この映像は繰り返しテレビで放映された。

 年が明けて、政府機能の閉鎖が続き、世論調査が行われると、「閉鎖はトランプ大統領の責任」と答えた人はいずれの調査でも50%を超えた。CNNテレビは55%(「民主党の責任」は32%)、ワシントン・ポスト紙/ABCテレビの合同調査で53%(同29%)と大統領の責任を問う声が圧倒的だった。

 トランプ大統領が、効果的な国境管理について話し合う姿勢を見せていれば、まったく違った結果が出ただろう。

 トランプ氏が再選をかける大統領選挙の前年は、こうして大統領自らが躓いて明けた。

(春名 幹男)

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