女流名人戦10連覇達成 里見香奈の勢いは誰にも止められないのか

文春オンライン / 2019年2月18日 17時45分

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女流名人戦五番勝負第4局で勝利を収めた里見香奈女流四冠

 女流棋界の第一人者である里見香奈女流四冠が、また新たな金字塔を打ち立てた。2月18日に東京の将棋会館で行われた第45期女流名人戦五番勝負第4局で、挑戦者の伊藤沙恵女流二段を破り、3勝1敗で女流名人を防衛。これで里見は女流名人戦で10連覇を達成した。

「10年を振り返るとあっという間でした」

 里見は10連覇達成について以下のように語った。

「10連覇はあまり意識していませんでしたが、今期の開幕直前あたりから、周りの方に注目していただきました。応援されることで、結果を出さねばという思いもありましたが、それよりも自らの将棋を指すことを心がけました。そのことで結果がついてきてよかったです。

 10年を振り返るとあっという間でした。その中では(五番勝負の)最終局に臨むという機会もありましたが、そのような経験をできて、成長につながったと思います。今期は純粋に将棋を楽しめた五番勝負でした。開幕直前に足を怪我して、対局中に足をくずすなどご迷惑をおかけしましたが、気を使っていただき感謝しています。これまでで、最も周りの方々に助けられたシリーズでした」

 里見が初めて女流名人を獲得したのは2010年2月10日。清水市代女流名人を3勝0敗のストレートで下してのものだった。その1年ちょっと前に、初タイトルである倉敷藤花をやはり清水から奪っていた里見は、自身初の二冠を達成。17歳11ヵ月での女流二冠達成は林葉直子さん(元女流棋士)の15歳0ヵ月(1983年に女流名人・女流王将)に次ぐ年少記録である。

「何を着てもスイッチが入るような棋士になりたい」

 その就位式で、里見は「女流名人として立ち居振る舞いに気をつけて頑張っていきたい」と語っていた。また当時は高校卒業を間近に控えていたので、それまで対局には学校の制服で臨むことが多かったが、卒業後にどのような服装で臨むかということにも注目が集まっていた。「今後の服装については特に決めていない。自然にスイッチが入る服にしたいと思っているが、何を着てもスイッチが入るような棋士になりたい」と語った。

 初の女流名人就位式での言葉は、いずれもその後に実行されたと言えるだろう。里見の立ち居振る舞いは男性棋士のトップクラスと比較しても遜色ないし、またどのような服装であろうが、将棋盤を前にすると、常に勝負師としてのスイッチが入っているのは、これまでの実績を見ても明らかだ。

 2011年、里見は奨励会編入試験を受け合格、女流棋士と奨励会員という二足の草鞋を履く。奨励会では三段リーグまで到達したが、最後の厚い壁を抜けなかった。現在も、女流棋戦で実績を積み重ねることで男性棋戦への参加資格を得ることができ、男性プロ相手に10勝5敗の成績を残せば「プロ編入試験」を受け、四段への道は残されているが、里見がその可能性を口にすることはない。仮にするとしたら、10勝5敗の成績を現実に挙げた時だろう(今年度の里見は男性棋士相手に7勝8敗)。

タイトル戦38期のうち、敗れたのはわずかに5回

 女流名人10連覇の期間は、里見が女流棋士としてのトップへの道を歩み、頂に到達した期間でもあった。初の女流名人獲得から現在に至るまで、他棋戦を含めてタイトル戦は38期戦っているが(女流名人獲得以前に2期)、そのうちに敗れたのはわずか5回しかない。

 この間は奨励会への編入とその挫折なども含めて、里見を取り巻く環境が著しく変わった10年間だったと言えるだろうが、里見の本質は何も変わっていないと思う。それは「誰よりも将棋が好きであること」と「盤を挟めば相手が誰であろうと絶対に負けたくない」という気持ちを持ち続けていることだ。そうでなければ10連覇は絶対に達成できなかったに違いない。

 女流棋戦における同一タイトル戦の二桁連覇は、林葉さんが女流王将戦にて、1981年~90年の10年間で達成して以来、史上2例目の快挙である。男性棋士を交えても、二桁連覇を達成したのは大山康晴十五世名人(名人戦13連覇、王位戦12連覇)と羽生善治九段(王座戦19連覇、棋王戦12連覇、棋聖戦10連覇)の2名しかいない。

なぜ里見は10連覇できたのだろうか

 林葉さんの10連覇を止め、女流タイトル獲得期数が通算43期(里見はこの防衛で35期目)という歴代1位記録を持つ清水は、里見でもなしえていない「女流タイトル同時全冠制覇」を達成しているが、その清水をもってしても、連覇記録は女流王位戦における9連覇が最高である。それだけ同一タイトルの二桁連覇は難しい。そもそも、同一タイトル9連覇を達成した棋士ですら、上記のメンバーの他には中原誠十六世名人(名人戦)と渡辺明棋王(竜王戦)しかいないのだ。

 なぜ里見は10連覇できたのだろうか。過去の二桁連覇における傾向から探ってみたい。

 共通するであろう要素として、先輩後輩を問わず、どんな相手にも勝っているという点が挙げられる。

 大山は13連覇中、兄弟子の升田幸三実力制第四代名人、後輩の二上達也九段や加藤一二三九段といった相手をことごとく下している。この期間における最高齢の挑戦者は1918年生まれの升田であり、最年少は1940年生まれの加藤だった。同様のことは羽生の王座19連覇にも当てはまり、最年長の相手は1946年生まれの森けい二九段で、最年少は1984年生まれの渡辺だ。実に20年以上の世代差があるが、先輩後輩を問わず、ことごとく打ち負かしている。里見の10連覇の相手の中で、最年長は清水であり、最年少は伊藤だが、両者の年齢も20年以上の差がある。

大型連覇が途切れる要素はどこにあるのだろうか

 では、大型連覇が途切れる要素はどこにあるのだろうか。単純に考えれば10年以上も棋力を維持するのが難しいということになりそうだが、中原の名人通算獲得期数は大山に次ぐ15期だし、渡辺の竜王も11期を数える。同一タイトルを通算で二桁獲得した棋士は大山、中原、羽生、渡辺の4名しかいないし、女流棋士でも林葉さん、清水、里見の3名のみである。

 こう考えると、超一流棋士にとってはトップクラスの棋力を10年、あるいは20年にわたって維持し続けることは不可能ではないということになる。連覇が途切れた要因を単純な棋力の低下に求めるのは焦点が異なりそうだ。

 一つの要素として、筆者は後輩の台頭を求めたい。上記では大山も羽生も後輩を打ち負かしてきたと触れたが、大山の名人13連覇を止めたのは、年齢で言うと干支が2回り下の中原だし(大山は1923年生まれ、中原は1947年生まれ)、また羽生の王座19連覇を止めたのは14歳下の渡辺であり、棋聖戦の10連覇を止めたのは20歳下の豊島将之二冠だ(羽生は1970年生まれ、豊島は1990年生まれ)。

 さすがにこの年齢差は大きいだろう。盤上における技術が常に発展し続けていると考えると、その部分では後発組のほうが有利になるのは自明の理だ。

 また連覇とともに年齢を重ねると、体力の低下という避けることができない問題も生じてくる。頭脳勝負である将棋もそこからは逃れられない。中原は「若い時は5回考えられた局面が、年を取ると頭が疲れて3回しか考えられなくなる。その結果として検算漏れからのミスが生じる」という趣旨のことを語っている。盤上における最善手を求めるという点について、年齢を重ねることは経験を積むプラスと、体力低下のマイナスという相反する要素がある。

さらに15連覇してもおかしくない

 里見は現在26歳。年齢から考えると、里見の10連覇は羽生の棋王12連覇に近く、体力の低下を言われるにはまだまだ早い状況だ。女流名人の連覇はいつまで続くか。羽生の王座連覇が途切れた時の年齢が41だったことを考えると、さらに15連覇してもおかしくないということになるが、さすがに25連覇達成は期待の掛け過ぎか。

 そもそも同世代の女流棋士が黙っていないだろう。今年度、里見から女流王位のタイトルを奪った渡部愛女流王位、また里見にタイトル挑戦して涙をのんだ伊藤、谷口由紀女流二段と、いずれも20代半ばの指し盛りである女流棋士が連覇の阻止に立ちはだかる可能性は大いにあり得る。また、現時点で10代の女流棋士は5名いる。その飛躍にも期待したいところだ。

 その点は、里見自身が一番よくわかっているだろう。局後のコメントでも、次のように語っていた。

「来期に臨むにあたり、力をつけることが一番大事です。地道に勉強を重ねて頑張りたいです」

 現在、女流のタイトル戦は今年の1月にヒューリック杯清麗戦が新設されたので7棋戦を数える。そのうちの四冠を保持する里見の実力が飛びぬけているのは確かだが、絶対女王が連覇記録を更新し続けるか、新たなヒロインが誕生するか、これからも注目してみていきたい。

写真=相崎修司

(相崎 修司)

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