奇跡のローカル線「ひたちなか海浜鉄道」社長が語る「猫の相棒」と「延伸計画の勝算」

文春オンライン / 2019年2月24日 11時0分

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ひたちなか海浜鉄道の湊線は、勝田~阿字ヶ浦駅間14.3kmを結ぶ、単線非電化の路線だ

「社長の椅子が……。」

 ひたちなか海浜鉄道は茨城県のローカル鉄道会社だ。経営危機で廃止されそうだった茨城交通湊線について、ひたちなか市が出資する形で第三セクター会社を設立。鉄道路線を存続させた。同社社長の吉田千秋氏は、2018年1月11日のFacebook投稿で社長席の危機を報告した。

経営が安定したら御役御免か、ひどい

 ローカル鉄道はどこも経営が厳しい。常に廃線の危機にある。しかし、ひたちなか海浜鉄道は地域に寄り添う鉄道サービスを地道に続け、黒字化を達成。終点の阿字ヶ浦駅から国営ひたち海浜公園まで延伸する構想も動き出した。廃線の危機どころか、延伸まで構想される。各地で吹き荒れる廃止論議もこちらは無風。ひたちなか海浜鉄道は「奇跡のローカル線」といえる。

 そんな鉄道会社で「社長の椅子が奪われる」と社長が自ら投稿した。吉田社長は会社発足時に公募に応じ就任した人物だ。経営が安定したら御役御免か、ひどい。いったい誰が社長の椅子を奪おうというのか。

 その張本人に会いに行った。駅に棲み着いた猫のおさむ君だ。ひたちなか海浜鉄道の本社がある那珂湊駅に棲み着き、同社に保護されている。か、かわいい……。

「社長席が東側の窓のそばで、朝の日差しが入って暖かいんです。そのうち、直射日光で暑くなると逃げちゃいますけどね」

対応可能なときは、声を掛ければ会わせてくれる

 吉田社長のFacebook投稿の中でも、おさむ君の「社長の椅子を奪うシリーズ」が人気。デスクに寝そべったり、ノートPCの画面を塞いだり。「飼い猫あるある」が展開されている。どれも「いいね!」などリアクションマークが多数。

「10年前に保護して、当時は獣医さんに5、6歳と言われました。それから10年ですから、もう15、6歳ですね。獣医さんから、そろそろあまり外に出さないほうがという助言もありまして。ふだんは事務所内にいます。

 なるほど専用ベッドも用意されていた。おさむ君に会いたいと同鉄道を訪れる人も多く、駅員が対応可能なときは、声を掛ければ会わせてくれる。もう1匹、「ミニさむ」という雌猫がいる。彼女は数年前から駅周辺に現れた。おさむ君の妹分か嫁さんか。

「ミニさむは活発で、たいてい屋根裏にいます。人に構われすぎて面倒になっちゃったみたいで(笑)」

 おさむ君もミニさむちゃんも那珂湊駅の人気者だ。ただ、駅長猫という表現はしていない。猫は猫。その生き方を尊重しているのかもしれない。

猫だけではなく、人にも優しい

「獣医さんのご厚意で、アドバイスをもらっています。ごはんとか、時には点滴とかも。おさむとミニさむと2匹の面倒を見てもらっています。ある日、ぽつんと、3匹目の猫がうろつき始めたんです。それで獣医さんに、3匹目が来たんですけどって言ったら、ちょっと表情が変わった気がして(笑)」

 しかし、3匹目らしい白い猫は無頼派かもしれない。さっき私が見かけた猫に似ているようだ。駅から徒歩15分ほどの那珂湊おさかな市場付近の路地にいた。きっと新鮮な魚を食べているのだろう。首輪はなかったけれど、いい毛艶をしていた。

 ひたちなかの人々は猫だけではなく、人にも優しい。吉田社長が10年間も勤続できた背景に、移住者に優しい土地柄もありそうだ。日立製作所の社員が勝田に転勤し、居心地の良さに定年後も定住するという例は実際に多いという。前市長の本間源基氏も新潟県出身で、東大卒業後に茨城県庁に就職した人だ。

「日立製作所に各県の県人会があるんです。富山県人会のみなさんに、定年退職して富山へ帰りたいかと聞くと、いやあ、冬の雪はスゴいわ、東京には3時間もかかるわで、ここに住んだほうがいいんじゃないか、って話になるんです。その気持ちもよくわかります」

地域の小さな要望をひとつずつ叶えていく

 吉田千秋氏は富山県の第三セクター鉄道、万葉線で経営改善に尽力。その手法を活かせると信じ、ひたちなか海浜鉄道が公募した社長に就任。当時は第三セクター鉄道の公募社長が次々に誕生して話題になった。吉田氏は在籍最長記録更新中だ。この10年の経営改革は地道で、しかし確実だった。

「応援団(おらが湊鐵道応援団)との連携が大きいです。応援団が地元に根を張って活動している。応援団の話を聞けば、地元の鉄道への需要がハッキリわかります」

 おらが湊鐵道応援団は、「どうも湊線の廃止が検討されるらしい」とひたちなか市が沿線自治体に伝えたときに立ち上げられた。自治会連合会として、商工会議所などと連携した組織。彼らの運動が鉄道存続の流れを作り、現在も応援してくれている。ひたちなか海浜鉄道の乗車証明書を見せると特典のある店が多い。ぶらりと立ち寄った店でも「鉄道のお客さんなの?」と話しかけてくれる。乗り鉄にとって居心地の良い街だ。

利用者の声を受けて、勝田駅23時51分発の列車を増発

「東京や水戸で飲み会があっても、最終列車に間に合わないという声を聞いて、まずは終列車を繰り下げました。運行本数が少ない、乗りたい時に列車がないという声を受けて、市の施策として金上駅にすれ違い設備を作りました」

 上野発22時の特急に乗ると、勝田駅23時51分発の列車がある。那珂湊着は0時5分。こんなに遅い時間まで走っている第三セクターは珍しい。金上駅の設備増強で勝田と那珂湊の間の運行本数は倍増した。通勤利用者も増えている。

「通勤のお客さんは全国的に増えていて、そこに乗っかる形でこちらも増えている感じですね。勝田に日立製作所の事業所があるので、通勤事情に関しては都会の鉄道に似た傾向があります。景気が良く、正社員が増えて定期客が増えた。それと、若い人がクルマに乗らなくなったことも関係があると思います」

 朝夕の通学列車が賑わっている。いままで40分間隔だった列車が20分間隔になった。この差は大きい。20分は友達とおしゃべりしながら待てる。しかし40分になると、家族に迎えに来てもらいたくなる。

「東日本大震災で運休したとき、女生徒の親御さんから、鉄道復旧を強く望まれました。娘さんの話では、鉄道車両は大きいので、なんとなく車内で棲み分けができるんですね。でもバスだと否応なしに詰め込まれてしまう。それは絶対嫌だと。で、お母さんが不承不承、クルマで送迎したそうです。バスじゃ嫌だという心理もあるのかなあと」

市長交代で延伸計画はどうなる?

 あとは運賃の問題。家計の負担を下げれば、いままで乗ってくれなかった通学生が乗ってくれる。そこで「年間定期券」を発行している。1ヶ月定期券7~8回ぶんの定期券の料金で1年有効。大幅割引運賃だとしても、新規利用者を獲得すれば収入は純増。親も自分の時間が増えて嬉しい。

 通学で列車に親しんでくれたら、通勤や出かけるときの鉄道利用にも抵抗がなくなる。そうか、1年定期の大幅割引は、マクドナルドのハッピーセットのように、子どもの頃から親しんでもらうための施策といえそうだ。

「ひたちなか市の応援も心強いです。私には『いままで万葉線でやってきたことをやってくれ』というくらい。その上で、湊線に合わせてコミュニティバスの接続ダイヤを工夫したり、市役所と湊線の駅を結ぶ路線を作ってくれたり。市から市民の皆さんに、鉄道とバス、公共交通を使いましょうとかけ声を出している。鉄道に対してここまでしてくれる自治体も珍しいと思います」

 ひたちなか海浜鉄道は、派手なキャンペーンや観光列車はやらない。しかし、阿字ヶ浦駅から国営ひたち海浜公園へシャトルバスを運行するなど、地道な努力の積み重ねで着実に利用者を増やした。2017年度は、単年度で初めて黒字化を達成した。じつは2011年度にも達成できそうだった。しかし、東日本大震災で被災、長期運休が目標を遠ざけた。

春のネモフィラ、秋のコキアが人気の国営ひたち海浜公園へ

 そして、次のチャレンジが始まる。現在の終点、阿字ヶ浦駅から、国営ひたち海浜公園付近への延伸計画だ。国営ひたち海浜公園は春のネモフィラ、秋のコキアなどが人気で、インスタ映えスポットとして人気を集めている。また、2000年から始まった「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」の開催地としても有名だ。

「阿字ヶ浦駅から約3.1kmの延伸で、概算費用は約78億円です。ひたちなか市は2024年度までに運行開始したいと計画し、国と県に1/3ずつ持ってくれないかという話をしています。ただし、国に1/3といっても簡単にはハイと言ってくれないので、どうやって説得していくかですね。それと市民の皆さんに1/3の負担を理解していただかないと」

 昨年11月、ひたちなか市長選が行われた。前市長の本間源基氏はひたちなか海浜鉄道の設立に関わり、その後も支援策を決定し、延伸計画も推進した。しかし本間氏は4期を務め任期満了で引退した。新市長の政策で方針は変わらなかったか。

「前市長が掲げた延伸方針は市民に伝わっています。新市長も継承する方針です。市議会の所信表明演説で何をおっしゃるかと聞いていましたが、延伸はちゃんとやりますと言い切ってくれました」

「商売として充分成り立つ計算なんですよ」

 選挙戦は2名の候補が戦った。しかし、延伸計画は争点にならなかった。むしろ観光推進政策の1つに据えられていたようだ。

「78億をかけるというと、腰が引けちゃう人が多い。負担分の1/3でも26億円です。でも、ひたち海浜公園は年間200万人を動員する施設です。ほとんどはクルマや勝田駅から一直線の県道をバスなんですけど、200万人の1割が乗ってくれたら20万人です。当社の1日乗車券が現在900円、湊線応援券付きのデザインバージョンで1000円ですから、2億円の増収。13年くらいでモトが取れる。商売として充分成り立つ計算なんですよ」

 懸念は車両数だ。延伸して運行間隔を維持しようとすると、車両数が足りない。あるいは急行運転を実施し、折り返し所要時間を短縮して解決するとしても、設備投資が必要。

「先日、東京で電車に乗ろうとしたら、短い10両編成で参りますって案内放送が流れたんですけど、ウチは使える車両をぜんぶつないでも10両にならない(笑)。線路の延伸工事は78億でも、運行準備まで考えると足りません。しかし、ひたち海浜公園を鉄道で訪れる人のほとんどが那珂湊駅で途中下車して、おさかな市場で買い物をされるんですね。その経済効果を考えれば、有効な投資だと思います」

 単年度黒字だけでは安心できない。これからも増収の努力が求められる。もはや猫にさえ椅子を奪われる暇はないかも。

写真=杉山秀樹/文藝春秋

※「ひたちなか海浜鉄道」の旅の模様は、現在発売中の『文藝春秋』3月号のカラー連載「乗り鉄うまい旅」にて、計4ページにわたって掲載しています。

(杉山 淳一)

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