「あと5分で……」羽田空港で“旅券返納命令”を手渡されて――常岡浩介インタビュー

文春オンライン / 2019年3月24日 11時0分

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常岡浩介さん

 2月2日、羽田空港からカタール、スーダン経由で中東イエメンの取材へ発とうとしたジャーナリストの常岡浩介さん。羽田で「旅券返納命令が出ている」と告げられ、その場で2枚のFAXを受け取ったという。

国際線の自動化ゲートで「何だこれは」

常岡 「パスポート情報は登録されていません」。羽田空港の出国審査場で国際線の自動化ゲートを通過しようとした時、画面にはこのような趣旨の文面が表示されていました。「何だこれは」と一瞬、ぽかんとしてしまいました。

 旅券(パスポート)返納命令を受けたこの2月2日のことをお話しする前に、まずは1月まで時系列をさかのぼる必要があります。私は長らくイエメンの飢餓問題を取材する計画を立てていて、1月14日にオマーン経由でイエメンに入国するという計画だったのですが、何の理由の説明もなくオマーンから入国拒否を受けたのです。

――1月の時点では、日本を出国することができたんですね。

常岡 はい、その時は問題なく出国できました。しかしオマーンに入国することができなかった。入国手続きを行う窓口でパスポートを出したところ、別室に連れていかれて、「オマーンには何日滞在する予定か、ホテルの予約証明書を見せてください」などと2~3分聞かれたあと、次に連れていかれたのが入国ゲートではなく、出国ゲートでした。

――入国できない理由は説明されましたか?

常岡 「ここで待ちなさい」とだけ言われて、そのまま48時間、2日間放置です。その後、スリランカ航空のスタッフが現れて、「あなたが乗る飛行機はこちらです」と告げられました。そもそも私は誰からも「入国を拒否します」とも「強制送還します」とも言われていません。何の説明もなく、不穏でした。

――2日待ったあと、日本へトンボ帰りすることに。

常岡 はい。私は、オマーンの協力者に対して「一体、何が起こったんでしょう」と問い合わせたところ、「日本大使館からの情報共有を受けて、あなたのパスポートは今、警察の手に渡っています」という要領を得ない説明を受けました。私が強制送還される時は、スリランカ航空の飛行機に搭乗することになったのですが、スリランカ航空のスタッフから、「なぜここに、日本の大使館員が来ているのですか」と聞かれました。私には声かけもなかったのですが、空港で待機している間に「背広を着たアジア人がいるな」とは思っていました。ただ、その人物が日本大使館員だったかどうかは分かりません。

 スリランカ航空側にも、なぜ私が強制送還されるのか、説明はなかったそうです。成田空港へ戻ってきた時、スリランカ航空の委託を受けている空港業務担当の日本人スタッフから「ビザも問題なさそうに思えますが」と言われました。

――そして、もう一度渡航の計画を立て直したんですね。

常岡 そうです。「やり方を考えなければならない」と思いました。1月に計画した取材は、日本を一人で発ち、オマーンで台湾のテレビクルーと合流して、現地では一緒に行動するという予定になっていました。彼らは、予定通りオマーンからイエメンに入国して取材を終え、問題なく帰国して番組は3月に放送されたそうです。2月に私が旅券返納命令を受けたというので、仰天していましたね。

 そもそも、台湾の記者は「イエメン取材に行く」ということを最初からFacebookに書いていました。一方、紛争地を取材する日本人の記者は、何らかの邪魔をされることを防ぐため、「取材前に自分の目的地を絶対にオープンにしない」というのがもはや常識になってしまっています。報道は当たり前のことなのに、おかしな話です。

あの日は、今度こそイエメンに行けると考えていた

――今回は、どういうルートで渡航しようと?

常岡 いくつかルートを検討しまして、最終的にはスーダンからイエメン行きの飛行機に乗ろうと考えました。スーダンは、対米関係が良好ではない国でもあるので、仮に何か日本大使館から申し入れがあったとしても、影響が少ないだろうと思いました。

 ただ、スーダンに渡航する場合はビザの申請が非常に込み入っています。日本人がビザを取得できるかどうかをまず確認しようと思い、申請してみたところ中1日で観光ビザを取得することができました。スーダンで取材をする予定はなかったので、単に数日間待機して、イエメン行きの飛行機に乗るというためのビザです。

 そして今度こそ、イエメンに行けるのではないかと考えて、羽田空港からまずカタールの首都・ドーハ行きの飛行機に搭乗するつもりでいたのです。チェックインをして、出国審査場へ行きました。国際線の自動化ゲートにパスポートをかざしたところ、「パスポート情報は登録されていません」と表示されました。

――冒頭の2月2日ですね。「パスポートが登録されていません」と。

常岡 はい。自動化ゲートはスピーディーに出国審査を受けられるシステムで、事前に登録が必要なのですが、私の場合は手続きも済ませてありましたし、パスポートに「自動化ゲート登録済」というスタンプも押してあります。それなのに「登録されていません」。入国管理局職員である窓口の担当者に「何か、おかしいんですけど」と相談したところ、「おかしいですね、機械が壊れているのかな……」という反応をされて、しばらく調べたあとどこかへ電話をしていました。そして「パスポートが無効化されています。常岡さんにパスポートの返納命令が出されています」と告げられました。これが、22時30分頃のことです。

「外務省オペレーションルーム2」から届いたFAX

――空港で「返納命令」が出ていることを知ったと。

常岡 はい。非常に驚いていたところ、窓口の担当者は外務省・領事局旅券課と連絡を取り、その電話を私に渡してきました。そしてその電話で「旅券返納命令が出ているので、旅券の返納を求めます」という説明を受けました。私がオマーンで入国を禁止されているというのが旅券を返納するべき理由ということです。

 オマーンの時に感じた、どうも不穏な感じをすぐさま思い出しましたね。そして23時15分、「外務省オペレーションルーム2」という場所から羽田に、FAXが送られてきたのです。

旅券が無効になるはずの「返納期限」は、23時20分

――「一般旅券返納命令書」の一部は、手書きなんですね。

常岡 ええ。日付や返納期限(返納するべき日時)が手書きです。想像するに、事前に書類が用意されていて、私に返納命令を出すことはわりと早く決まっていたということなのではないでしょうか。「2月」の「2」の数字も手書きなので……。誰によって出された命令なのかと思えば「外務大臣」。名前も書いてありません。公印もない。

――まずこの文書を見て、どんな感想を持ちましたか。

常岡 旅券が無効になるはずの「返納期限」は、「平成31年2月2日 午後11時20分」と書かれているんです。FAXが到着したのは23時15分ですから、あと5分で無効になる。しかし実際には、自動化ゲートを通過した時点で、私のパスポートは「登録」されていなかったのです。

――そちらの文書は?

常岡 これは5日後の2月7日になって私の家に届いた、東京入国管理局長名で出された手紙です。自動化ゲート利用希望者登録が抹消された理由として「外務省から、貴殿の所持されていた旅券が失効した旨の連絡があったため」と書いてあります。ただ外務省からいつその連絡があったかは、書いてありません。いずれにせよ、私が旅券返納命令を受けるより先に、私のパスポートが失効していたことは間違いありません。

本人への通告も聴聞も、何もなかった

――事前に通告がなかったことについては、どう考えていますか?

常岡 手続きがことごとく、すっ飛ばされていて非常に遺憾です。シリアでの取材を計画して、2015年2月に旅券返納命令を受けたフリーカメラマンの杉本祐一さんの場合は、杉本さん本人に対して直接、返納命令を伝えているんですよ。ただ、杉本さんは本来行われるべき本人に対する「聴聞」が行われていないという主張をして、最高裁で争ったのですが昨年3月に敗訴が確定しています。私の場合は、本人への通告も聴聞も、何もありませんでした。

――旅券法13条1には旅券発給をしないことができる対象として「渡航先に施行されている法規によりその国に入ることを認められない者」が挙げられ、19条では該当することが判明した人に対して旅券の返納を命ずることができる、とされています。

常岡 今回のケースは、正しい旅券返納命令の運用と大きくかけ離れていると考えています。一般的に、オマーンで入国禁止と言われた人は、またオマーンへ行ったら迷惑になるので、「保護法益」のために旅券返納命令を受ける。ただ、私の場合はオマーンを経由する予定すらなかったのですから、これは当てはまらないと思います。

 もし外務省が、私がイエメンに取材へ向かおうとしていることを事前に察知したから旅券返納命令を出したというのであれば、「イエメンは『退避勧告』(外務省による海外安全情報で4段階のうち最も高いレベル4)に指定しているので、渡航をやめてください」と事前に説得する義務があると思うんですよね。

――2月2日は、長い一日でしたね。

常岡 深夜、日付が3日に変わる頃に解放されて一旦、帰路に着きました。空港で弁護士とはやり取りをしていまして、私はFAXで返納命令書を受け取ったあと「返納命令を拒否したいです」という旨を電話で、外務省の旅券課の担当者に伝えています。それから実は、返納命令に違反した場合の刑事罰は、かなり重いんですよね。「5年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」となっているので、「これはどうなりますか」と聞いたところ、「警察への通報を検討いたします」ということを言われました。

 ただ、返納命令の前にパスポートが失効していたということは、裏を返せば「有効なパスポートを持っていない人に返納命令が出されている」ということになり、外務省も警察も実際に罰則を適用するよう動くことは難しいだろう、と判断しています。

妻の自宅マンションに警察官が「巡回連絡で参りました」

――出国の前に、常岡さんへ何らかの接触はなかったんでしょうか。

常岡 実は2月1日、私の自宅の所轄署である中野署から「出張の予定とか決まってますか」と電話がかかってきまして。スーダンへ行くことは決まっていたのですが、スーダンからイエメンに行くチケットはまだ取れていませんでした。2月2日当日の午前11時頃には、地方で記者をしている妻の自宅マンションに制服の警察官がいきなり訪ねてきたそうです。

――突然ですか。

常岡 「巡回連絡で参りました」と言って、巡回連絡カードを記入中に「旦那さんは?」とだしぬけに聞いてきたので、「行動確認だね」と二人で言っていました。私がいつどこから出発するのか、情報がほしかったのかなという風に思います。

――ご家族はどういう反応ですか。

常岡 妻は心配よりむしろ、私が海外で取材をすることができない不条理さに怒っていますね。そしてフリーのジャーナリストと結婚したつもりでいたのに、無職になってしまったと(笑)。普通の夫婦はハワイくらい行けるものだけれども、「新婚旅行にも行けない」「犬か猫のほうがマシ」とも……。

 妻は記者になる前、学生でバックパッカーをやっていた人で、ある程度理解してくれているのではないでしょうか。実は、私は3年くらい前からイエメン取材を計画していて「国境なき医師団」が密着取材を受け容れるという話でビザを申請したのですが、当時はイエメン大使館からビザを取得することができず、失敗しています。諦めかけていたところ、妻からのアドバイスでイエメンの地方政府に非常に強い人物に働きかけましたら、今回はビザと取材の手配をすることができたのですが。

――昨年10月、内戦下のシリアで拘束され約3年4カ月ぶりに解放されたジャーナリストの安田純平さんのことで、紛争地への渡航に対する外務省の姿勢は、一層かたくなになったという印象でしょうか。

常岡 エスカレートしているのかな、という印象はあります。安田純平さんのことよりは、昨年の杉本祐一さんの裁判で政府側が全面勝訴したために、返納命令を出すことに躊躇がなくなってきているようにも見えますね。

「世界最大の人道危機」と言われているイエメン

――常岡さんは、これまで色々な紛争地で取材を行っていますが、今回行こうとしていたイエメンの情勢、危険度はご自身が日本からリサーチした限りで、どの程度であると見積もっていましたか。

常岡 例えば現在のシリア北部などは、国連の諸機関や「国境なき医師団」も撤退せざるを得なくなっている。危険すぎて活動ができないような状態です。日本の外務省では、シリアもイエメンも最も厳しい「退避勧告」に指定していますが、そのレベルは全く異なると私は考えています。イエメンの場合は国際NGOが活動していますし、WFP(世界食糧計画)では日本人も活動しています。そして私が取材しようとしていた「国境なき医師団」も活動できている。現に、私と同じルートで取材する予定だった台湾クルーは、何の問題もなく現地で取材して帰国しています。

 私が取材をしたいと考えた理由は、イエメンは今、深刻な飢餓状態に陥っている人々が大勢いるために、「世界最大の人道危機」と言われているんですね。そしてその飢餓を何とかしようとWFPが活動しているのですが、資金が全く足りていないそうです。そしてWFPは国連の分担金ではなく、独自資金で運営しているということで、イエメンに対する国際社会からの関心が低いために支援が集まらない。まずはこの事実を知ってもらうため、報道が必要であると私は考えますが、日本ではイエメンのことがトップニュースどころか、夕方や夜のニュースで大きく取り上げられることが、ほとんどないでしょう。

――常岡さんが生業としている取材活動は、現地に行かない限りはできません。

常岡 はい。今回は、国連や「国境なき医師団」にもアポイントを入れていて、現地に大変ご迷惑をおかけしてしまっているんですよね。「3月には伺います」ということも伝えたのですが、今ではそれも実現できなくなってしまいました。そして重要なのは、日本でイエメンについてほとんど報道されない現状があるということです。日本のメディアが現地に入って取材する機会が全くないという状況で、もし私が取材をできていれば、テレビ番組で放送される予定もあったのです。現地を自分の目で見て、それを日本に届けるというのは、私にとってごく当たり前のことだと考えています。

返納命令を拒否したあと、外務省からの連絡は

――外務省がどういう意図で今回の旅券返納命令を出したと考えますか?

常岡 やはり日本政府としては、紛争地域に行って、例えば人質になったりあるいはテロや戦火に巻き込まれて負傷したり、最悪のケースとして死亡した場合、政府に対する批判が高まったり予期せぬ仕事が増えるのを避けようとしているということなのではないかと思います。「世間から批判されること」を最も恐れているのではないでしょうか。

――常岡さんは返納命令を拒否していますが、外務省から連絡はありましたか。

常岡 全くありません。私のパスポートが使えるようになるのかどうかも含めて、今後どうなるかは全く分かりません。

 弁護士からのアドバイスで、2月5日にパスポートの発給申請をしてみたところ、「外務省が判断することになりましたので、数カ月かかります」と言われました。「可能性は3通りあります。第1の可能性、普通のパスポートが発給される。第2の可能性、限定パスポートが発給される。これは渡航国が限定され、目的も限定されます。第3の可能性はパスポートが発給されません」というお話でした。第2の可能性のために、渡航目的と渡航を希望する国を書いてくださいという風に言われたので「目的、観光および業務」「目的地、スーダンおよびイエメン」という同じ内容を書きました。

――限定パスポートが発給された事例は、過去にあるのでしょうか。

常岡 民間人に対しても発給されています。期限が1年以内のパスポートで、目的地が1カ国ならば1カ国限定のパスポートです。

――常岡さんは、2016年10月、イラクで取材中にクルド自治区の情報機関アサイシからIS(イスラム国)のメンバーではないかと疑われて拘束されたり、アフガニスタンやロシアでも拘束されたりした経験がありますね。「こういう人を行かせないほうがいい」というネット上の声もありますが。

常岡 特にイラクでの拘束は、その2年前に取材したラッカのISメンバーから渡されたキーホルダーを所持していたことがきっかけとなり、私自身の不注意が原因でした。ただ私はもちろんISのメンバーではありませんし、過去にテロ組織や反政府組織に拘束、誘拐されたことは一度もないのです。必ず身の安全を確保してから、渡航しています。

――安田純平さんの解放、帰国以降に高まりを見せた「自己責任論」についてはどう思いますか?

常岡 自己責任論ということでいうと、私は、バックパッカーが危ないところへ自分の意志で向かうことには全く問題がないと考えています。発展する国には、必ず冒険家がいるんです。中東を取材しているとはっきり分かりますが、本当に冒険家がいない。宇宙へ行こうとしないし、海にも潜らない、山にも登らないんですよね。

 冒険して何か失敗した時に、誰に迷惑がかかるのか。実際に身代金は支払われているのか。少なくとも、日本政府が支払ったケースにキルギス日本人誘拐事件がありますが、これはJICAの職員でしたから、派遣した外務省に責任がありますので支払うべきだと思います。それ以外のケースで支払わないということも正しいと思います。

――では、どういうケースであれば、旅券返納命令を出すべきだと?

常岡 私は、すでに行われている犯罪を防ぐ、あるいは本当の意味で「公共の福祉」を守るためであれば、渡航制限をかけることは理にかなっていると思うんです。ISへ戦いに行こうとした北海道大学の学生などのケースですね。しかし、この学生に返納命令は出されていません。

――今回は、国内よりもむしろ、海外からの反響が大きいそうですね。

常岡 アメリカの民間団体「ジャーナリスト保護委員会」が、そして数日遅れでフランスの国際NGO「国境なき記者団」が強い言葉で、日本政府に紛争地も含めて移動の自由を認めるよう求める声明を出しています。

――今後の展開は、どう考えていますか。

常岡 弁護士と相談して、提訴を検討しています。先ほどお話しした杉本さんのケースが判例として使われるだろうと考え、裁判は無意味かとも思っていたのですが、弁護士によれば「使われている法律の条文が異なるので、これは裁判をやる意義がある」と。日本人の渡航の自由や、憲法にかかわる問題なので戦うことが必要なのではないかと考えています。

写真=末永裕樹/文藝春秋

(「文春オンライン」編集部)

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