小泉純一郎「ワンフレーズ政治」の原点は“父親のグチ”だった?――池上彰が語る“小泉像”

文春オンライン / 2019年3月24日 11時0分

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平日夜19時から夜間授業として行っている。3月28日(木)が最終回 ©文藝春秋

 池上彰さんが戦後日本の代表的人物を選び、彼らを通して「戦後」を読み直す、連続講義「“戦後”に挑んだ10人の日本人」 。毎回受講生を募り、文藝春秋にて公開授業として実施しています。

 今回はそのなかから、「小泉純一郎」(第3回)の講義の様子をご紹介します。

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安倍さんは小泉さんの遺産を使っている?

 この授業の通しタイトルは「“戦後”に挑んだ10人の日本人」というものですが、人によって挑み方にもいろいろあります。小泉純一郎という人が挑んだ戦後って何だろうか?

 彼は、郵政改革のように、戦後にかたち作られ、それが当然と思われていたものに対して異議を申し立て、それに反対する者は抵抗勢力だとして斬り捨ててきました。そうした手法には毀誉褒貶もありますが、やはり「戦後に挑んだ」と言えるのではないか。

 彼は高い支持率を得ました。演説が非常に巧みだとも言われました。あるいはポピュリズム政治家なんていう言い方もされました。そして、その高い支持率によって、いわゆる官邸主導型の政治を実現したのです。

 そして今、安倍さんがそれに似たことをやっていますが、少し違っているところもあります。それは、首相が強い力を持ったがために、官僚たちが「忖度」する場面が多々見られるようになったからです。安倍さんは小泉さんの遺産を使っているのか、それとも食いつぶしているのか。子細に見ていくことにしましょう。

「ボキャブラリーの少ない人だな」

 実は最近、小泉さんご本人と対談をいたしました(『週刊文春』2018・8・16/23合併号)。ご興味があればそちらをお読みいただきたいのですが、ここでもそのエッセンスにふれることにいたします。

 会ってみて、この人は語彙──ボキャブラリーの少ない人だなと思いました。彼はよく一言で物事を表現しますよね。難しい言い回しはせずに印象的なワンフレーズで片付けたり、主語と述語だけだったり。例の大相撲を観戦したときに発した「感動した」の一言もそうでした。

 この、非常に短い言葉でもって自分の政策なりメッセージなりを国民に届けることを「ワンフレーズ・ポリティックス」と呼びます。しかし小泉さんの場合は、語彙が少ないがゆえなのかな、トランプさんのツイートとも相通じるところがあるのかなと、対談のときにふと思ったんです。なまじ語彙が豊富にあると、ついつい難解な言葉を使ったり、技巧に走ったりして、相手の心には届かないものです。その点、彼はたぐいまれなる天性によって、語彙の少なさをプラスに転化させた人ではないのか。

「ワンフレーズ」の原点は父親との会話

 ちょっとブラックな言い方になってしまいましたけれど、小泉さんはその話術をどこで会得したのでしょうか? 私のこの質問にこう応えました。

「父親が結婚式から帰ってくるたびに『今日の主賓のあいさつは長かった』……そればかり聞かされてきたもんだから、どうすれば短く簡単に伝えることができるのかを、自分なりにひたすら研究してきたんですよ」

 父親というのは小泉純也さん。防衛庁長官をつとめた政治家でした。

 現在の小泉純一郎さんは悠々自適の生活で、5時前には必ず目が覚めてしまうとか。それから二度寝をする。午前中は一切仕事を入れないそうです。普段は、月に4回ほど反原発集会に呼ばれて反原発論をぶってくる以外は、オペラに行ったり歌舞伎に行ったり映画に行ったり、本当に優雅な暮らしぶりです。

 たった1人で対談場所である文藝春秋の社屋に現れて、終わったらたった1人で去っていく。秘書のような人間もいない。これはかっこいいなと思いました。

「自民党をぶっ壊す!」の“誤解”

 あの小泉旋風とは一体何だったのか、彼が現役のときの仕事を一つひとつ点検していきましょう。

 2001年、森喜朗内閣の退陣を受けて行われた総裁選での彼のワンフレーズ、皆さん覚えてらっしゃいますよね。「自民党をぶっ壊す!」──。自民党員でありながら、自民党をぶっ壊すってどういうこと? 誰しも首をかしげたはずです。でも、既成秩序をぶっ壊そうとする破壊力だけは何となく伝わってきて、その破壊力に期待を寄せた人も少なくなかったはず。現に小泉さんは、最大派閥を率いる橋本龍太郎を打ち破って総理にのぼりつめたのです。

 実は、あの言葉の前後の文脈を見てみると、こうです。

《もし改革を断行しようとする小泉を自民党がつぶそうとするのならば、その前にこの小泉が自民党をぶっ壊します》

 お分かりですか? その後段だけが切り取られて独り歩きしたのであって、自分をつぶそうとするならそれに反撃するぞ、と言ったにすぎません。この誤解によって彼の破壊力に期待した人たちがいっぱいいた。それが小泉フィーバーの正体ではなかったのか。

「変人総理」と「田中眞紀子劇場」

 あの頃はちょうど21世紀のとば口に立った頃で、人々は、世界はどうなるんだろうといった期待と不安を抱えていました。と同時に、日本の政治に対する閉塞感を感じてもいました。橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗と首相がつづいて、政治がちっとも前に進まない。そこへ登場したのが小泉さん。これをみんな、拍手喝采で迎えたのです。

 小泉さんにとって、2001年の総裁選は3回目の挑戦です。誰もが「あんな変人が総理大臣になれるわけないよね」と言っていたのに、今回は当選しちゃった。ドナルド・トランプが当選したときとオーバーラップしますよね。今のアメリカ社会を覆う空気感は、あの頃の日本とも相通じるような気がするのです。

 とりわけ小泉総理誕生に大きな力を添えたのが田中眞紀子さんです。「凡人・軍人・変人」という、彼女による寸評は卓抜だった。凡人というのは小渕恵三元総理のこと、軍人というのは梶山静六元幹事長、そして変人が小泉純一郎さん。この、いかにも変なネーミングが、絶大な人気を誇る彼女の人気と相まって小泉さんを総理に押し上げたのです。

 こうして誕生した「変人総理」小泉さんは、眞紀子さんを論功行賞で外務大臣に据えました。もちろんその狙いは論功行賞だけではありません。

 当時の外務省では、機密費流用事件が世間を騒がせていました。機密費を使って競馬の馬主になっていた外務省職員がいたりとか、とてつもない無駄遣いが次々に明るみに出てきたのです。腕力のある眞紀子さんを外務大臣にすれば、それをすべて掃除してくれるだろう……それらが小泉さんの狙いだったわけです。

「まぼろしの指輪紛失騒動」のばかばかしさ

 ところが裏目に出ました。たとえば「まぼろしの指輪紛失騒動」──。

 眞紀子さんは、指輪がなくなったと大騒ぎして秘書官を盗っ人呼ばわりし、否定されると「じゃ、同じものを買ってきなさい。外務省には機密費があるでしょ」。そして銀座まで同じ指輪を買いに行かせた。ところが、帰宅してみると、ちゃんと指輪はあった……。実にばかばかしい騒動です。

 ばかばかしいでは済まされないのが、2001年9月11日の事件でした。この日、アメリカ同時多発テロが起きました。内閣が緊急招集されたのですが、田中眞紀子さんはずいぶんと遅れて到着した。実は彼女、かねてから外務省の部下に「どんなことがあっても夜、私を起こすんじゃない」と命令していたんです。

 その言いつけを守った外務省の部下たちも情けないですよね。こんな事態が起きたら起こさなきゃいけない。起こさなかったのは、ひたすらいじめられ、うんざりしていた彼らの意趣返しでしょう。

 まだあります。このとき、ホワイトハウスはテロの再発に備えて臨時に場所を移しました。その仮の移転先を眞紀子さんが記者たちの前でペロッとしゃべっちゃった。「スミソニアン博物館の会議室に移します」と。あってはならないことです。次のテロの標的にならないよう、わざわざ別の場所に移したというのに!

 さすがに、たまりかねた小泉さんは彼女を更迭しました。すると内閣支持率は、一時70~80パーセントもあったのに、途端に40パーセントに落ちたのです。

 まだまだ語ることはありますが、この授業は田中眞紀子論ではないのでやめておきます。

郵政民営化は「落選の恨み」だった?

 田中眞紀子更迭の直後こそ小泉内閣の支持率は下がりましたが、またやがて回復してきます。そうして本腰を入れだしたのが、大蔵政務次官のときから言いつづけてきた郵政の民営化でした。

 そもそも小泉さんはなんで郵政民営化を思いついたのか。「1回目の選挙で落ちたときの恨みのせいだ」──こういう話がけっこう広まっているのです。

 慶應の経済学部を出てロンドンに留学。ご本人も言うように留学とは名ばかりで、ひたすらミュージカル鑑賞に明け暮れた遊学だったようですが、1969年8月に父・純也さんが急死します。急遽、地元の横須賀に呼び戻されて暮れの総選挙に出馬するも落選。でも、全国の落選者の中で最多得票数をとったのが純一郎さんでした。

 当時はまだ中選挙区制でしたから、自民党から複数候補が出ていたのですが、彼がアテにしていた特定郵便局長たちはライバル候補を応援してしまった。これが敗因だとして、このときの恨みを彼は持ち続けたという説です(特定郵便局長については後述)。

 ある種の都市伝説かも知れませんけど、遺恨が郵政改革を生んだとなれば面白い話であることは間違いありません。

(構成=浦谷隆平)

池上彰さんの「夜間授業」をインターネットで視聴できる。「オンライン受講」の申し込みは こちら から。 https://yakanjugyou.com/s/n50/page/about_03?ima=2815

INFORMATION

池上彰<夜間授業>
“戦後”に挑んだ10人の日本人

第10回(最終回)「天皇陛下と美智子さま」
3月28日(木)18:30開場/19:00授業開始

場所:文藝春秋西館地下ホール
〒102-8008 東京都千代田区紀尾井町3番23号

料金:一般6,480円(税込)/学生3,240円(税込)

詳細・お申込みは下記のURLから
http://www.bunshun.co.jp/info/talklive/index02.html

(池上 彰)

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