フレディ・マーキュリー、ダーウィン……発達障害の特性を生かした天才たち

文春オンライン / 2019年4月22日 11時0分

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 既成の概念を打ち破る仕事を成し遂げた天才たちをみると、普通の人とは大きく異なる精神構造をもっていた人がきわめて多い。これは数々の医学的データから明らかになっている。『 天才と発達障害 』(文春新書)では「創造性」「才能」がいったいどのようにして生まれてくるのかを、誰もが知る天才たちを具体的にあげながら、精神医学的見地から解き明かしている。

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ロックスター・フレディ・マーキュリーのやり方

 天才とは、あるいは傑出した才能とは、何を意味しているのだろうか。彼らはどういった人たちで、どのように人生を過ごしてきたのだろう?

 2018年に公開された映画『ボヘミアン・ラプソディ』で再評価されたクイーンには、『キラー・クイーン』という往年のヒット曲がある。「殺し屋の女王」とは、何のことか?

 じつはこの作品は「男殺しの美女」をテーマにしたものであるが、ポップソングとは思えない、わけの分からない歌詞である。モエ・エ・シャンドン、マリー・アントワネット、フルシチョフ、ケネディといった単語が散りばめられ、リスナーは混乱し、面食らう。だが、当初は受け入れ難いと思いながらも、ついその世界に魅せられてしまう……これが天才のやり方なのである。

 この曲の作者で、バンドの中心メンバーであったフレディ・マーキュリーは、言うまでもなくロック界の大スターだ。彼の傑出した才能は、天才と称えられるべき斬新さとパワーを伴っていた。

エルトン・ジョンが「正気か」と酷評したあの名曲

 フレディの生涯はアップダウンの激しい、息つく暇もない駆け足の人生だった。インド出身のパールシー(ゾロアスター教徒)を両親とするフレディは、1946年、タンザニアに生まれた。その後、ボンベイ(現・ムンバイ)の英国流の寄宿学校をへて、ロンドンの美術関係の大学でグラフィックデザインを学びながら音楽活動を開始した。

『キラー・クイーン』に限らず、彼の作り出した楽曲は、予想もしない衝撃を与えるものが多い。世界の音楽シーンに「異物」として出現したクイーンは、多くのファンに支持されたが、批評家からは冷たくあしらわれた。映画のタイトルにもなった『ボヘミアン・ラプソディ』は、当時のプロデューサーは冗長過ぎてヒットするはずがないと言い、エルトン・ジョンも正気かと酷評した。ところが発表から40年以上が経った現在でも、クラシックの要素を取り入れたこの作品は、色あせることのない新鮮さを持っている。

この世の秩序を一瞬のうちに変化させうる力をもった存在

 一方で、トップスターとして栄光の座をつかんだ後も、フレディの人生は一般的な幸福とはほど遠かった。精神的な安定を得られないまま、乱痴気騒ぎを繰り返した。

 そしてHIVに感染したフレディは、ライブエイドのコンサートを成功させたものの、その数年後、命を燃やし尽くすようにして45歳でこの世を去った。

 異能のトップスターとして君臨し、栄光の絶頂から一瞬のうちに消え去ったフレディ・マーキュリーの人生は、「トリックスター」のイメージとも重なる。

 トリックスターとは元来は文化人類学や神話学の用語で、俗なる世界と聖なる彼方をつなぐとともに、この世の秩序を一瞬のうちに変化させうる力をもった存在のことである。トリックスターは道化を演じるとともに、現世の秩序を否定し、価値の逆転を引き起こす。

 トリックスターは自らが王として君臨するようにもなるが、急激な没落に至る運命にある。フレディに限らず、天才や傑出した人の生涯は、トリックスターを思わせる激しい軌跡をたどることが多い。

真の天才とは優等生ではなく、不穏分子だ

 しかし、真の天才はけっして別世界の住人ではない。彼らは私たちのごく近くにいて、普通に生活をしている。もちろん天才とは、単にテストの点数が高いとか知能指数が高いということとは別のものである。「○○町きっての天才」と呼ばれた優等生は、都会の学校に進学した途端、「one of them」になって埋没してしまう。

 真の天才とは優等生ではなく、不穏分子である。彼らは一般的な社会生活になじめずに、孤立しやすい。彼らの才能は、周囲になかなか理解されない。むしろ、一般の人からは、扱いにくい異物として目をそむけられやすい。天才たちの言動は常識からかけ離れていることが多く、常人の理解が及ばない危険なものに見える。

 それゆえ、天才は社会から意識的に排除されやすい。人々は能力のある個人を警戒し、意味なく嫉妬心を向けてしまうからである。

フレディ・マーキュリーが示す発達障害の特性

 じつはこのような天才たちの能力が、何らかの発達障害や精神疾患と結びついていることは珍しくない。過去には「天才とは狂気そのもの」とする学説も精神医学界には根強くあり、イタリアの精神科医ロンブローゾがその代表例としてあげられる。

 また、元東大医学部精神科教授であった内村祐之は著書の中で、ジャンヌ・ダルク、ニーチェ、夏目漱石を例にあげ、値打ちのある大事業を残した人であるならば、その人が狂気であろうとなかろうと、社会的に価値のある人というべきであると論じている。

 フレディ・マーキュリーに明らかな疾患は知られていないが、過剰な集中力や並外れた行動力、途方もない浪費癖は発達障害の特性を示唆している。彼に限らず、過去の天才的な芸術家や科学者においては、発達障害などが伴っているケースは稀ではない。それどころか、むしろ発達障害の特性が創造性を生み出したようにも思えることもある。

チャールズ・ダーウィンの際立った社会性の欠如とこだわりの強さ

 たとえば、英国の科学者チャールズ・ダーウィンをみてみよう。彼が提唱した「進化論」は、自然科学の分野だけでなく哲学、宗教界にも激しいインパクトを与えたものだったが、ダーウィン自身の生活ぶりも独特なものであった。

 ダーウィンは少年時代から孤独を好み、鉱物や貝殻などの収集癖があった。ビーグル号での航海を終えた後、ダーウィンは若くしてロンドン郊外の邸宅に移り住み、生涯その家から外に出ようとしなかった。彼の日常生活には独自のルールがあり、そのパターンが乱されることを強く嫌悪した。この社会性の欠如とこだわりの強さは、ASD(自閉症スペクトラム障害)の特性を示している。

 ダーウィンとは対照的に、一つの場所にとどまっていることができない天才も存在した。彼らの魂は長く続く旅の中にあり、急き立てられるようにして街から街へとさまよい歩く。

うつ病に抗い続けた人生を送ったテネシー・ウィリアムズ

 米国を代表する劇作家、テネシー・ウィリアムズは、まさにそうした人物だった。彼の『欲望という名の電車』などの作品は国際的にも評価が高く、現在でも繰り返し上演されている。一方でウィリアムズ自身はひとところに落ち着くことができず、住居を転々とし、酒とドラッグに逃避して、「青い悪魔」と呼んだうつ病に抗い続ける人生を送った。彼は精神病院への入院も経験している。

 さらに近代哲学の祖であるルネ・デカルトも、その一生は、生涯続いた漂泊の旅とともにあった。それはデカルト自らが望んだ生き方であったが、彼も1カ所に落ち着くことができない性格だった。オランダで軍隊に参加したデカルトは、その後も戦闘と刺激を求めてボヘミア、ドイツ、ハンガリー、バルト海沿岸とヨーロッパ中を遍歴した。

 このようなセンセーション・シーキング(常に刺激を求める性質)は、マインド・ワンダリング(思考が拡散する傾向)とともに、天才や傑出した人たちが持つ特徴の一つであり、発達障害とも関連が大きい。

 本書は、天才や傑出した異能を持つ人々について、さまざまな側面から検討を加えたものである。彼らの人生の軌跡をたどり、周囲の人々や社会との関係を探るとともに、発達障害や精神疾患の視点から論じた結果について述べていきたい。

 

(岩波 明)

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