「老後は女友だちとシェアハウスしたい」夢を実現した3組の女性たちに取材してみた

文春オンライン / 2019年5月8日 11時0分

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近頃、男性週刊誌でよく見かける「死後の手続き」特集。自分の死後のため、親の死後のため、男たちはせっせと手続きをしているらしい。一方、女たちは……。

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 そのマンションは大阪梅田と神戸三宮を結ぶ阪急電車沿線の住宅街にあった。明るくシンプルなデザインの7階建て、竣工は2008年だ。この最上階に「個個セブン」のアジトがある。

「個個セブン」とは市川禮子さん(80)、一ノ坪良江さん(73)、川名紀美さん(71)、清田のり子さん(82)、田矢きくさん(83)、村田幸子さん(78)、安田和子さん(78)の7人のグループだ。それぞれ社会福祉法人理事長、コピーライター、朝日新聞記者、雑誌編集発行人、企業の広報室長、NHK解説委員、心理カウンセラーとして社会の第一線で活躍してきた。結婚歴はある人もない人も。子どもはいる人もいない人も。出会ったときは全員シングルだった。7人は友だちだが、もたれ合うことはしない。だから「個個」なのだ。

 アジトの部屋は「個個セブン」の活動を支持する篤志家が自由に使わせてくれている。南向きの明るいリビングにはグランドピアノ、花模様が彫られたテーブル、壁には絵画。実はどれも不用になったという人からの寄贈品だ。花模様のテーブルで、田矢さんと川名さんにお話を聞いた。

 始まりは2002年。古くからの友だちである市川さん、田矢さん、村田さんで一緒に老後の住まいをつくりましょうという話になった。3人が目指したのは、10戸ほどの住戸と地域住民との交流に使えるような共有スペースを備えたコーポラティブハウスの建設だ。

 計画に賛同する人たちが仲間入りし、どんどんメンバーが増えていったが、やがてメンバー間で温度差が生じ始めた。

「いずれダンナが死んだら参加するわ、完成したら入らせて、という人と私たちとでは本気度が違っていた。自分たちでつくっていこうと思う人でなければ、一緒にやっていくのは難しかったんです」(田矢さん)

 そこでこの集まりはいったん解散。再結成のために集まった本気の人が個個セブンの7人だ。しかし、解散の危機はもう一度訪れる。

何度図面を引き直しても予算オーバー

 コーポラティブハウスの建設は、何度図面を引き直しても建設費がはるかに予算をオーバーする。そこで、既製のマンションにそれぞれの住戸を購入するという「友だち近居」に計画を変更した。

 駅近(5分以内)、平地、生活に便利、医療・支援サービスが得やすい、日当たりがよい、安い。この条件は欠かせないと思ったが、精力的に物件を見て回ったものの条件に適うものが見つからない。2007年秋、やむなくクリスマスに解散式をすることが決まった。だからもし田矢さんが、駅前で配っているティッシュを受け取らなかったら、「友だち近居」は夢物語に終わっていたはずだ。

「何気なく受け取ったティッシュを見たら、定期借地権付き新築マンションの広告だったんです。これだ!と思い、その足で建設現場に飛んでいきました」

 定期借地権付きなので同程度の分譲マンションより3割は安い。駅近、平地、生活に便利、医療・支援サービスが得やすい、日当たりの条件もすべてクリアしていた。

「50年後には更地にして地主に返さなければなりませんが、幸い、みんなそこまでは生きていませんからね(笑)」(田矢さん)

 その夜、田矢さんはメンバーに緊急メールを送った。

「最後にもう一回、ここを見て!」

 現地を見るなり全員が購入を即決。こうして「友だち近居」が始まるのだ。

7人の生活の実態は?

 7人の「友だち近居」は何度かメディアに取り上げられているので、ご存じの方もいるだろう。ただ、正確さに欠ける紹介も多く、全員がここに暮らしているわけではない。実際にこのマンションを購入したのはメンバーのうちの6人で、そのうち4人が完全にここに住まいを移している。1人は普段は東京に暮らして月に何度かやってくる。もう1人は購入はしたものの元の住まいを離れ難く、“通い”でやってくる。家族の都合などで購入を見合わせた1人も同じ沿線にある自宅からの“通い”だ。

 個個セブンは毎月1回、ここで土曜サロンなる催しを開いている。プロの音楽家を呼んで演奏してもらったり、専門家を講師に招いて話を聴いたりした後で、お茶とお菓子とおしゃべりを楽しむ。これは毎回、地域の人にも広く声をかけて楽しんでもらっている。

 メンバーが交代で課題図書を選ぶ読書会や、書道、シャンソン、リコーダーの稽古にも励んでいる。

「私たちは若いころから仕事に一生懸命で、趣味さえ持てなかった。だからお稽古事ができるのはうれしい」(川名さん)

ルールを決めずにいたから起こった、苦い経験

 成年後見制度や遺言の書き方について学ぶ勉強会も開いた。それは、ひとりが少し苦い経験をしたからだ。

 7人は最初からお互いに介護はしないと決めていた。しかし、あるメンバーが病に倒れたとき、ひとりのメンバーが病院に付き添い、保証人になり、手術を承諾するサインもした。手術当日、手術が終わるのを待っているときに叔母の危篤を知らせる電話が入ったが、そこを離れるわけにはいかない。そして叔母は亡くなってしまった。仲の良い叔母を独りで死なせてしまったことが悔やまれた。

 同じようなことが今後も起こりかねない。メンバーは率直に話し合い、(1)認知症についてはお互いに気づいた時点で本人に伝え早めの処置につなげる、(2)任意後見制度の契約をしておく、(3)お互いに見守りはするが身体介護はプロに任せる、(4)遺言書をつくり公正証書にするという「将来に備えて」のルールを決めた。

 田矢さんは早速、弁護士に依頼して遺言書を作成している。

「私たちは疑似家族ではない。頼りになるご近所なんです。一人ひとりが自立していなければ」

近くにいるけれど、依存はしない

 友だち近居はそれぞれの事情に応じて少しずつ形を変え始めている。1人は“通い”をやめて東京に戻った。病を得て回復の途中の人もいる。友だち近居のあり方について、これから考えなければならない現実にぶつかることがあるだろう、と2人は言う。そしてそれを少しも恐れていない。メンバーで知恵を出し合いながら乗り越えていくのだろう。女性が働き続けることが簡単ではなかった時代にキャリアを築いてきたメンバーたちは、やはり鍛えられていると思う。

 こうして友だち同士いちばん近くにいるけれど、最後まで依存はしないという強い意志と、老いていく現実と向き合う覚悟を表すものがある。それは「将来に備えて」のルールの最後に加えられたこの一文だ。

「葬儀・お墓のことも、各自が弁護士や信頼できる親族に頼んでおく」

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再会した仲良しグループは、皆将来への不安を抱えていた

 神奈川と山梨の県境辺りの山里に、オシャレなシェアハウスで暮らすという夢を実現させた女性たちがいる。そこは尖がり屋根のバックに絵のように美しい稜線。大きなドアを開けるとタイル敷きの吹き抜けのホール。そのホールを囲んで住人たちの個室が並んでいる。広い厨房に業務用の大型冷蔵庫があるのは、ここがレストランだったからだ。

 玲子さん(75・仮名、以下同)、裕美さん(65)、恭子さん(63)、チカさん(63)、由紀さん(59)は40年前に会社の茶道教室で知り合い、すっかり意気投合してハワイやニューヨークも一緒に旅する仲良しグループだった。その後、玲子さんは結婚してアメリカに移り住み、裕美さん、恭子さんも寿退職していつしか交流は途絶えていたが、6年前に都内で偶然、玲子さんと由紀さんが再会したのをきっかけに、再び仲良しグループが集合した。

「一瞬で昔に戻って女子トークが繰り広げられましたが、やがて全員が将来に不安を抱えていることがわかったんです」(玲子さん)

 玲子さんは離婚後しばらくはアメリカで翻訳の仕事をしていたが、独り暮らしの母親の介護のために帰国し、その母を見送ったときには69歳になっていた。いい仕事が見つからず、母の貯金を取り崩して生活している。裕美さんは1年前に夫と死別した。同居するひとり息子は30歳を過ぎてもフリーターで、およそ頼りにならない。

 恭子さんも離婚した。チカさんと由紀さんは結婚していない。3人とも独り暮らしで、仕事はしているものの定年後の将来が描けず、いずれ孤独死するのではないかと本気で心配している。

 5人は会うたびに「私の人生、こんなはずではなかった」とグダグダ愚痴っていたが、最初に立ち直ったのは裕美さんだ。自宅マンションは息子に譲り、夫の生命保険と蓄えをはたいて山が見えるところに家を建てると宣言した。夫は定年後は山里で暮らしたいと言っていたが定年前に死んでしまった。だから夫に代わってその夢を叶えるのだ。

「私、手伝う!」「私も」「私も」と、あっという間に「ヒデキハウスをつくる会」が結成された。ヒデキは裕美さんの亡き夫の名だ。

 すぐに土地探しが始まった。週末には5人揃って長野や山梨を回った。ある日、裕美さんが切り出してみた。

「玲子さん、家ができたら一緒に住みませんか」

 すると、「私も同じことを考えていたのよ」「なぜ、私は誘わないの」「私も」「私も」と、またしてもあっという間にヒデキハウスは5人のシェアハウスになることが決まった。

みんなで壁紙を選んだり、間取りを決めたり

「それからは5人ともヒデキハウスのことばかり考え、将来の不安なんて吹き飛んでしまいました」(玲子さん)

 不動産屋が掘り出し物が出たと連絡してきた。見晴らしのいい場所で駅まで徒歩10分。ただし、うわもの付き、つまり建物が建っているので解体費用がかかるという。解体費用をかけるくらいなら、建設する家をグレードアップさせたい。だからいったんは断ったが、ほかの物件を見た帰りに5人がそこに立ち寄ってみると──。

「なに、これ~、かわいい~の大合唱。みんないっぺんに気に入ってしまったんです」(裕美さん)

 みんなが気に入ったのは、土地ではなく“うわもの”のほうだ。尖がり屋根に大きな扉、大きな窓、広いウッドデッキ。建物の中に入ると、また大合唱が沸き起こった。

「このまま住める~」

 こうして、思いがけずヒデキハウスは一からの建設ではなく中古物件をリノベーションすることで完成し、総工費は予算の半分以下で済んだ。

 家・土地は裕美さんの所有にして、ほかの4人は裕美さんに家賃を払うことも決まった。5人の関係はフラットで、ハウスの運営については全員の話し合いで決める。

「オーナーは私だけど、みんなの家にしたかった。みんなで壁紙を選んだり、アイデアを出し合って間取りを決めたりしている時間がとても楽しかった」(裕美さん)

 みんなで住み始めた最初の日、満天の星に全員が声を失っていた。翌日からのヒデキハウスは女子高生の合宿のようににぎやかだ。ルールを決めたのは共用部の掃除当番ぐらいで、食事は各自で好きなものを作り好きな時間に食べる。厨房が広いので5人同時に料理することもあり、そんなときは他の人の料理をつつき合って大騒ぎになる。

 地域自治会にも入り、行事には極力全員で参加した。すると、地域婦人会の人たちが玲子さんに英会話を習いにくるようになった。

突然、地元の女性たちとの関係に異変が

 いろいろなことが順調に回り始めたが、思わぬつまずきがあった。英会話のレッスンに婦人会の人たちがパタッと来なくなったので玲子さんも裕美さんも不思議に思っていると、生徒のひとりがこっそり教えてくれた。リーダー格の女性の夫とチカさんが不倫をしている、地元の人が何度も目撃しているというのだ。

 その夜、ヒデキハウスに初めて重苦しい空気が垂れこめた。チカさんは不倫を認め、裕美さんはチカさんに出ていくように言った。玲子さんたちが「そこまでしなくても」と止めたが、裕美さんは首を横に振った。

「私たちはここを終の棲家にするのだから、地元の人に味方になってもらわなくてはいけない。独身の女だけで住んでいると、ただでさえ奇異の目で見られる。変な噂が立ったり、地元の女性に敵視されたりしたらここでは暮らせなくなる」

 チカさんは出て行った。英会話のレッスンには婦人会の人たちが戻ってきた。それ以来、くだものや野菜のおすそ分けが多くなったような気がする。

 あれから4年。ヒデキハウスの女性たちは相変わらずにぎやかだ。地元の女性たちとの交流も深まり、ヒデキハウスへの入居を希望する女性が何人もいる。しかし、チカさんが出て行った部屋はそのまま空室にしている。チカさんはあと2~3年で第二の定年を迎えるはずだ。そうしたらまたここに戻ってくればいいと4人は思っている。

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 ミントグリーンの壁紙に白い木の腰壁、白い窓枠、白いソファ、白いシーリングライト……。

「ああ、ここが私の終の棲家になるんだ」

 サオリさん(58)は大きく伸びをした。

 サオリさんの夫は東大卒のエリート商社マンだ。結婚を申し込むときは実家の両親に「サオリさんと結婚させてください」と土下座した。あれから35年。白いソファに座りながら、夫が土下座をしたのはちょうどこの辺りだったなと思う。

 3年前に父、一昨年は母を亡くし、実家はひとり娘のサオリさんが相続した。母の一周忌を終え、広かった土地を半分売却して古い家屋をアパート付きの家に建て替えたところだ。

夫を捨てて、家賃収入で生きていこうと決意

 サオリさんは夫の赴任先のアメリカ、フランス、中国と日本を行き来し、商社マンの妻として毎週のように開くホームパーティを仕切り、大事な客のアテンドもした。しかし、実は娘が中学受験に失敗したときから、完全に夫婦は破綻していた。少なくともサオリさんはそう思っている。夫は娘のアタマが悪いのはサオリさん譲りだと決めつけたのだ。それまで夫に「アタマ悪いな」と言われても冗談だと思っていたが、本気で言っていたのだと知った。

 5年前に実家の父が大きな手術を受け、続いて母が倒れても、夫は見舞いにも来なかった。そのとき、サオリさんは離婚を決心した。実家をちょっとオシャレなアパートに建て替えて、家賃収入で生きていこうと。

友人たちが「そこに住みたい」と言ってくれて……

 両親の看護のために実家に泊まり込んでいると、地元の中学・高校時代の女友だちが心配して次々に見舞いに来るようになった。やがてサオリさんの決心を知ると、みんなで応援してくれた。バツイチの友だちなぞはそこに住みたいと言い出した。そして友だちの友だち、そのお姉さん、その友だち。オシャレなアパートに興味を示すシングル女性が4人に増えていった。

 いざ家を建て替えることになったときも、地元の友だちのネットワークで信頼できる工務店がすぐに見つかり、何のストレスもなくアパートが完成した。

 娘は幸い優しいアメリカの男性と結婚し、彼の故郷で暮らしている。もう心配は要らないだろう。

 仲間たちが次々に入居してくる。いまは鉄のドアを閉めているが、自宅と仲間たちが住むフロアは内廊下で行き来できるようになっている。サオリさんが引っ越して来たらまず、このドアを開放するつもりだ。

 夫はこの計画を知らない。家を建て替えたことさえ知らない。そして、サオリさんが間もなく離婚を切り出すとは夢にも思っていないだろう。

 女性たちの挑戦を見て思った。「女の友情は○○より薄い」なんて誰の言葉なのだろう。ただ安心のためではなく、終の棲家でおもしろく生きるために頼りになるのは、そうか、女の友情なのかもしれない。

(こみね あつこ/週刊文春WOMAN vol.2)

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