「いままで生きてきたなかで、いちばん幸せです」 “14歳の名言”は岩崎恭子を幸せにしたか

文春オンライン / 2019年5月5日 6時0分

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バルセロナ五輪200m平泳ぎで金メダルを獲得した岩崎恭子 ©AFLO

「いままで生きてきたなかで、いちばん幸せです」

 1992(平成4)年に開かれたバルセロナ・オリンピック。14歳の誕生日を迎えたばかりの岩崎恭子が、競泳女子200m平泳ぎで金メダルを取った。

 レース終了後、ミックスゾーンでマイクを向けられると、中学2年生だった彼女から出てきた言葉が、その年の流行語にもなった。

 無名の選手が一躍、国民的ヒロインになった瞬間である。

 平成から令和へと時代が移るなか、なぜ未だにこの言葉が人々の記憶に残っているのか。それは、女子中学生が発したナチュラルな言葉だったからに他ならないと思う。

 昨今、スポーツの取材で感じるのは、選手から出てくる言葉が「用意されたもの」になってきた印象が強いということだ。

選手の言葉が“除菌”される時代

 1990年代後半、平成10年前後から選手が事務所に所属することが多くなり、言葉も管理されることが多くなった。そして近年はSNS時代を迎え、不用意な発言による炎上は避けなければならない。そうなると、試合直後のコメントも定型文に近くなってくる。

 “除菌”時代の到来である。

 特にテレビのインタビューで発せられる言葉は、家族、スタッフへの感謝の気持ち、最後は観客へのメッセージで締めくくられる。

 イチローの引退会見などは、もはや例外中の例外。選手によって取れ高は大きく違っている。

 そんな時代に仕事をしていると、27年前に「恭子ちゃん」から自然に出てきた言葉はあまりにも牧歌的で、新鮮に聞こえる。そこには嘘がなく、「14歳の真実」が詰まっているからこそ、いまも忘れがたい言葉として記憶に刻まれているのだろう。

 ただし、14歳で金メダリストになってしまうと、必ずしも幸せなことばかりではないと知ったのは、4年後のことだった。

「どうしてあんな変なこと言っちゃったんでしょうね」

 バルセロナの後、彼女は大人たちに用心深く守られ、メディアに登場することは稀だった。私が彼女に初めてインタビューしたのは1996(平成8)年、アトランタ・オリンピックの代表に決まってからのことである。

 いまでもその日のことをはっきりと覚えている。代表に選ばれた選手たちが一斉に取材に対応したのだが、アトランタでメダルが期待される選手に報道陣が集中し、バルセロナの金メダリストはぽつんと一人で椅子に座っていた。4年前の言葉について、彼女は微笑みながらこう振り返った。

「どうしてあんな変なこと言っちゃったんでしょうね」

 それから、彼女はバルセロナからアトランタへの4年間の苦難を吐露し始めた。

金メダルの代償と呼ぶにはあまりに悲しい現実

 朝、学校に行こうとしたら、ヘンな人に追いかけられて泣きながら家に帰ったこと。SMAPのコンサートに行って会場で紹介されたら、他の観客の人たちにブーイングされてしまった。その後、家にはカミソリが配達された。

 金メダルの代償と呼ぶには、あまりに悲しい現実。それでも、彼女は泳ぎ続けた。

「金メダルを取ろうなんて思ってないんです。もう一度、バルセロナの時のように気持ちよく泳ぎたくって」

 1996年のアトランタは、高校3年生。自分で行きたいと思ってつかんだ切符だった。

「世間の人にはつらさを分かってもらえないから仕方がないんですけど、ほんとうにもう一度オリンピックに出られるのが、ほんとうにうれしくって」

 アトランタ・オリンピックでは決勝には進めなかったが、最後のレースのあと、彼女は微笑みながらプールから上がってきた。たぶん、満足だったのだと思う。

語られることの少ない金メダルの“遺産”

 岩崎恭子の金メダルは、競泳界に大きな影響を与えた。フツーの中学生だった彼女が金メダルを獲ったことで、各スイミングクラブのコーチ陣は、所属の10代の選手たちを鍛え上げて、夢を追った。

 岩崎も参加したアトランタ・オリンピックは「史上最強の布陣」と前評判も高かったが、10代を中心とした選手たちは、まだナイーブだった。アメリカの大観衆に飲み込まれた少女たちは完敗、メダルはゼロに終わった。

 それでもレベルの引き上げは無駄ではなく、続く2000年のシドニーでは銀2、銅2、そして2004年のアテネで北島康介、柴田亜衣が金メダルを獲得し、黄金期を迎える。バルセロナを見た指導者がコツコツ強化を続けた成果が実を結んだ。

 岩崎恭子が獲得した金メダルの、語られることの少ない“遺産”である。

結婚、出産、離婚を経験……

 バルセロナから、はや27年。

 あの恭子ちゃんも40歳を過ぎ、結婚、出産、そして離婚も経験した。昨年の秋に不倫報道があってから目立った活動はなく、水面下で息を潜めているかのようだ。

 それでも思う。

 バルセロナの夏、岩崎恭子という中学2年生が残した言葉は、令和になっても決して忘れることが出来ない名言だった。

 打算のない、純粋な言葉は時代を超えて生き続けるのだ。

(生島 淳)

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