東京のど真ん中 皇居でサラブレッドを乗りこなす騎馬集団――「皇宮警察」を知っていますか?

文春オンライン / 2019年5月1日 11時0分

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皇宮警察、護衛馬担当の技官・佐藤充さん

 東京駅や皇居前広場付近を散策していたら、突然馬車の列がやってきた、などという経験をした人はいないだろうか。この馬車の列、世界各国から日本に赴任した大使たちが天皇陛下に信任状を届ける信任状捧呈式の車列。 皇宮警察シリーズ#3 で取り上げた「側車」も登場する自動車による車列も選ぶことができるが、馬車を使うこともできる。決めるのは大使自身だそうで、ほとんどの大使が馬車を選ぶのだとか。

 そして自動車の車列を皇宮護衛官が側車に乗って護衛しているのと同じように馬車列も皇宮護衛官が直近で守る。もちろん側車ではなく“馬”に乗って。まさに皇宮警察ならではの仕事だが、いったいこの騎馬隊はどのように作られているのだろうか。今回取材に応じてくれたのは、護衛部護衛第一課で護衛馬担当の技官を務める佐藤充さんだ。(「皇宮警察」全4回の4回目/ #1 、 #2 、 #3 公開中)

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乗馬経験の少ない皇宮護衛官を指導

――佐藤さんは技官ということは、皇宮護衛官とは違うわけですよね。

佐藤さん はい。じつは本番の信任状捧呈式でも私は馬に乗ることはなくて、少し後ろから車に乗って見守っているだけです(笑)。普段は馬の調教と実際に騎乗する皇宮護衛官の訓練の指導をしています。

――本番でも騎乗する皇宮護衛官たちは、もともと乗馬経験がある人が多いのでしょうか。

佐藤さん 経験者はごく一部ですね。ほとんどは普通に皇宮護衛官をやってきた人です。本番の儀式で騎乗するのは護衛第一課の人がメインなので、護衛第一課に異動してきてから乗り始めるケースが多いです。だからもちろんすぐに本番で乗れるわけではありません。好きで乗っているわけではなくて、みんな仕事として割り切っている部分もあるでしょう。だからモチベーションの持っていきかたが難しいところもあるんです。

初級・中級・上級と分けていて、儀式に出るのは上級レベル

――そうか、皆さん“馬が好き”とかそういうのとは別次元のところで騎乗しているんですね。

佐藤さん だから最初はすごく優しく指導しているんです(笑)。皇宮警察の内部では初級・中級・上級とレベルを分けていて、儀式に出るのは上級レベル。初級は乗り始めたばかりでだいたい50鞍くらいというところですね。

 中級になると障害を飛んだりする訓練も入ってきます。で、中級くらいからは厳しくするんですけど、最初は優しく。騎乗者が何もしなくても私が号令をかけたら走ってくれるような馬をあてがったりして、自信をつけてもらうんです。で、中級以上になれば最終的に儀式に出ることが視野に入ってくるので、しっかり乗りこなしてもらわないと困るので厳しく。本番では何があっても乗っている本人が対応しないとダメなので。

――未経験者を訓練で鍛えて大事な儀式に出られるレベルにするというのはなかなか大変ですよね……。見た目にもスマートに乗っていないとダメでしょうし。

佐藤さん 馬ってこうすればちゃんと乗れるという決まった乗り方があるわけじゃないんですよ。同じ馬でも日によって状態が違うから、それに応じた乗り方をしないと。本番はただ乗っているだけではなくて護衛が本来の任務です。余裕を持って馬をコントロールして、柔軟な対応力も求められる。でも、それこそ私がアドバイスをしてどうにかなるものではない。本人の努力次第で、たくさん乗って身につけてもらうしかないんです。まあ、護衛第一課に来る皇宮護衛官たちは皆さん経験豊富な人たちばかりですから、それほど心配はいらないんですけどね。

「馬はすべて元競走馬、サラブレッドです」

――どのような人が騎馬での護衛に向いていると思いますか。

佐藤さん 技術があればいいというわけでもないから難しいんです。技術のレベルでは劣っていても、馬に乗ったらなぜか自信たっぷりという人がいると、馬も落ち着いて動いてくれる。ところが、本当は技術を持っているのに怖がって馬に乗るとそれが伝わって、馬の動きもおかしくなる。やっぱり不安を持って馬に乗る人は向かないかもしれません。自信がポイントではないでしょうか。だから、特に訓練の最初はたくさん褒めて自信をつけてもらうように訓練しているんです(笑)。

――続いて“馬”についても伺いたいところです。信任状捧呈式では東京駅前から皇居前広場まで、人通りも車通りも多いところを走ります。落ち着きのある馬じゃないと務まらないですよね。

佐藤さん 東京のど真ん中で日常的に活動している馬はそうそういないでしょうね。だから大事なのは馬選びからなんです。落ち着きのある、もっと言えばおとなしい性格の馬を優先的に入れていく。いまウチには14頭の馬がいますが、すべてサラブレッド。元競走馬です。乗馬クラブなどに在籍していた馬もいますが、基本的には競走馬を引退したばかりの4歳、5歳から引き取ってゼロから調教するようにしています。そのほうが儀式で使う馬を作りやすいので。

やる気がある馬は儀式には向いていない

――元競走馬、となると競馬ファンも知っているような馬がいたりしたことも……。

佐藤さん いやあ、ないですねえ。競馬で活躍するような前向きな性格でやる気がありすぎる馬は儀式には向いていないですからね……。

――つまり競走馬としてはイマイチでも、皇宮警察のような場所で活躍することもできるわけですね。でもサラブレッドってどうしてもテンションが上りやすかったりしますよね。そこはおとなしい馬を見つけて調教を工夫しているのでしょうか。

佐藤さん 競馬だと、レース前にテンションが高くなっても能力を出せればいいと思うんです。でも、ウチの場合はそうではない。テンションが上がると暴れる可能性につながってしまいます。それに競馬や乗馬だと乗っている人によって馬も変わることがありますが、人と馬の組み合わせが変わるウチではないようにしないといけない。そこはどうしても私たちが乗って調教していくしかないですね。

「人の訓練も大事ですが、私の仕事は信頼できる“馬作り”」

――騎乗者の技術やクセに影響されにくい馬を作るわけですか。

佐藤さん 本番の儀式だと乗る人はどうしても緊張するんですよ。それで体が固くなって、足で馬体を挟んでしまう。それは馬にとって走れという合図なんですが、でもガーッと走られたらマズイじゃないですか。だからそういうケースでも落ち着いて走らないでじっとしていられる馬を作らないといけない。それこそムチを打たれても走らない、だけど必要なちゃんとした合図は受け入れて動いてくれる――と。騎乗者をカバーしてくれるくらいの馬を作る必要がありますね。

――騎乗者の技術を高めることも大事だけど、むしろ人を助けるくらいの馬を作るほうが重要だと。

佐藤さん 私はそう思ってやっています。もちろん人の訓練も大事ですけど、私の仕事は信頼できる馬を作ることでもある。乗っている人は儀式に出られるようになったらゴールなんですけど、私の立場だと馬を儀式に出せるレベルに作り上げたところが出発点、という感覚です。だから“はじめて”は人よりも馬のほうが緊張します。はじめて儀式に出る騎乗者の場合は、ベテランの馬に乗せておけば大丈夫。でも“はじめて”の馬はいくら調教していても多少の不安はありますから。

ビニール袋を見せたり、太鼓を鳴らしたりする訓練も

――人も多いし物音もする場所に出る。その上乗っている人も緊張しているとなれば、馬も馬場で訓練しているときとは違う動きをする可能性もありますよね。

佐藤さん 馬は臆病な生き物ですから、ビニール袋が飛んできたり大きな音が聞こえるだけでもパニックになって暴れてしまうことがあります。だからあらかじめビニールを見せたり太鼓を鳴らしたりして、ハプニングに慣れさせる訓練もしているんです。臆病なぶん、賢い生き物でもあるので、馬自身が一度覚えてくれたら大丈夫ですからね。あとは普段の馬の様子を見て、様子がおかしかったらすぐに私たち技官が乗って直していくことも大切。本番前の雰囲気を馬が察知してテンションが上ってもマズイので、いつもどおりにしながら、その上で予め運動させて体力を使わせておいたりもしますね。

――本番での馬と騎乗する人の組み合わせも佐藤さんが決めているのですか。

佐藤さん そもそも儀式に出る人は私が決められるわけではありません。1回の儀式では3人・3頭が出るのですが、その配置も階級とかで決まってくる。だから私ができるのは誰をどの馬に乗せるか、ということになります。そこで一番大事なポジションには確実なベテランの馬を使うとか、経験の浅い馬には技術の長けた皇宮護衛官を乗せるとか、そう考えて割り振っています。本番では何があっても大丈夫なように、馬と人のバランスですかね。

――かっこいい制服に身を包んで堂々と馬に乗って護衛する皇宮護衛官の姿は惚れ惚れするものがありますが、その裏で佐藤さんたち技官の皆さんの“馬作り”があるということですね。

佐藤さん 最終的には人と馬の信頼関係なんですよ。本番でなにか不測の事態があって馬が怖がっても、人を信頼していれば「ああ、乗っている人は動じていないから大丈夫だな」とわかってくれる。そういう馬をつくり皇宮護衛官の訓練をする。そして儀式では普通どおりに滞りなくできれば、それでいいのかなと思っています。

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 凛々しい騎馬の皇宮護衛官。傍から見れば、彼らは乗馬の技術にも長けた騎馬専門のプロフェッショナルだと思ってしまう。けれど、実は彼らも普段は別の業務に従事している皇宮護衛官のひとり。そんな彼らを訓練し、さらに安心して送り出せる馬を作る。“馬に乗って護衛する”というまさに皇宮警察らしい仕事の裏側には、ホンモノの馬のプロフェッショナルの存在があった。

写真=佐貫直哉/文藝春秋

#1 皇居を24時間365日護衛――「皇宮警察」を知っていますか?
#2  一般ランナーに混じって皇居の周りを走っています――「皇宮警察」を知っていますか?
#3 天皇陛下の車列 選ばれし白バイ隊員しか運転できない“側車”とは

(鼠入 昌史)

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