「刑務所での女性ホルモン剤は権利なのか……」性同一性障害の32歳受刑者が直面する肉体的現実

文春オンライン / 2019年5月20日 6時0分

写真

©iStock.com

 LGBTと呼ばれる「性的少数者」の人権に理解を深めようとする風潮が、社会で浸透しつつある。そんな中、性別適合手術を受けた後に殺人事件を起こし、刑務所に服役している女性が国を相手に慰謝料の支払いを求めた裁判の判決が、東京地裁で言い渡された。この裁判からは、LGBTを巡る新たな課題の一端が浮かぶ。

高校では「男子の制服を着たくない」

 女性は現在32歳。2015年2月、東京都中央区の交際男性(当時48歳)宅で、牛刀(刃体約18センチ)で男性の首や胸を多数回突き刺し、失血死させたとして起訴された。同12月、地裁で懲役16年の実刑判決を受け、そのまま確定した。

 女性は元々、福岡県で男性として生まれ、幼稚園の時から女児が好むような遊びをしていたという。小中学校では、友人から「女の子みたいだ」と言われ、高校に進学したものの「男子の制服を着たくない」と中退。医療機関で「性同一性障害」との診断を受け、タイに渡って性別適合手術を受けた。2006年、戸籍上も女性となる手続きを済ませ、名前も変えた。

 女性はその後、上京してクラブのホステスなどとして働いていた。その美貌から、「長身美人モデル」としてタレント活動もし、イメージビデオも出していた。

 しかし、女性は同棲していた男性の命を奪うという凶行に及んでしまう。地裁判決は事件の動機について「やがては結婚することを望んでいたが、男性の言動が次第に冷淡になったと感じて不満を募らせ、男性から『愛情はない。あるのは情だけだ』と言われて殺意を抱いた」と認定している。「痴情のもつれ」が原因だった。

女性ホルモン剤の「プレマリン」の服用を続けていた

 この事件では、性同一性障害であることが直接、事件に影響したわけではない。ただ、女性は事件を起こして逮捕された後、性同一性障害であるがゆえの大きな問題に直面していた。女性は逮捕後、警視庁の留置施設に収容され、起訴後に東京・小菅の東京拘置所に移送されている。さらに、実刑確定後は関東地方の女性刑務所に移されたが、拘置所や刑務所では女性ホルモン剤の服用を認められなかったのだ。女性は、性同一性障害と診断されて以降、女性ホルモン剤の「プレマリン」の服用を続けていたが、事件で身柄拘束されたことで続けられなくなったのだった。

 女性ホルモン剤の服用を続けられないことが、性同一性障害の当事者にとって何を意味するのか――。

接見時もよだれを垂らしたままで会話にもならない

 2016年、ホルモン治療を行わない国の「不作為」は違法だとして、1千万円の賠償を求めて提訴した女性の弁護団は「(ホルモン剤を服用できない状態が)長く続くことで異常な言動をしたり、接見時もよだれを垂らしたままで会話にもならないなど、精神的に不安定になっている」と主張。女性自身も尋問で「女性ホルモンを飲みたいと思う一番の理由は、精神的な安定」と説明した。

 これに対し、国側は「女性は収容後は一時、自傷行為を繰り返すなど不安定だったが、抗不安薬や睡眠薬などの処方で改善した」と反論。「女性がホルモン剤の服用を望むのは、ホルモンバランスを整えるためではなく、女性としての外見を保つ美容目的で、収容施設での医療水準を超えている」とも指摘した。

 地裁の判決は今年4月18日にあり、「収容施設に入った人が一定の不安感を抱くことについては(誰でも)やむを得ない面がある。女性について収容生活上著しい支障が生じているものとは認められない」などと判断。ホルモン剤を服用させない「不作為」は、拘置所や刑務所の合理的な裁量の範囲を逸脱するものとは言えないとして、女性の請求を棄却した。

どこまで「特別扱い」を認めるか

 女子受刑者はそもそも、懲役刑を受ける身ということで、身だしなみも大きな制限を受ける。例えば、化粧は保湿クリームや化粧水の使用は認められているものの、ファンデーションなど肌に色が付くようなものは認められていない。口紅の使用も、もちろん禁止されている。また、丸刈りにさせられる男子受刑者ほどではないものの、「清楚な髪型」を求められ、おしゃれはできない。

 そうした状況で、性同一性障害の受刑者に「女性らしさ」を実現する処遇を認めるのはどうかとの意見もあるかもしれない。ただ、今回の原告女性は裁判の中で、女性ホルモン剤の服用をやめたことで「自分の骨格が(男性的に)変わらないか」「自分の体が男性的になってしまわないか」と、盛んに弁護団に不安を吐露していたという。

 とすれば、「精神的不安定」の原因は女性ホルモン剤の服用をやめたことにもあると考えられなくはない。性同一性障害の当事者でないと、分からない深刻な「恐怖」がそこにあるのかもしれない。

 一方で、施設側の事情も考慮する必要がある。多くの受刑者がそれぞれの立場から医療的な措置を求める中、どこまで「特別扱い」を認めるかという問題がある。医療措置に充てる予算の原資が税金である以上、「不必要な措置や美容」にまで使うわけにはいかないという慎重な姿勢も当然理解できる。

 LGBTの当事者である被告や受刑者の人権をどう守るか。国や医療従事者、LGBT問題の専門家を交えた議論が必要な時期が来ているのかも知れない。

(平野 太鳳)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング