「梅干しは大嫌いでした」19歳、北海道出身の高校生が和歌山で「梅農家」になったワケ

文春オンライン / 2019年6月6日 11時0分

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トマトの果汁で漬け込んだ「とまと梅」などJA紀州の6種類の梅干し

「梅干しおにぎり条例」を作った「梅生産日本一」 和歌山県みなべ町の“本気すぎる”町おこし から続く

「特許」を取得している町役場は、極めて珍しい。ところが和歌山県みなべ町は2つも持っている。

 うめ課が県内の大学などと共同研究を行ったところ、梅には胃ガン予防につながる成分、さらには糖尿病になりにくい物質が含まれていると分かり、それぞれの研究成果で特許を取ったのだ。

 それだけではない。梅干しには食中毒予防、疲労回復、食欲増進、熱中症予防、インフルエンザウイルスに対する殺作用、高血圧予防に効果があることも共同研究で判明し、「現在は老化防止や認知症予防の研究を進めています」と、田中一朗・うめ課長は語る。

梅の健康効果が消費拡大につながり始めた

 同町の国民健康保険の医療費は、県内市町村で最も安く、これとの関連性も研究中だ。

「ウメパワプラス」という商品がある。梅干しの疲労回復効果に注目し、運動選手が競技の合間などに食べられるようシート状に伸ばすなどしたものだ。町などで作る「紀州梅の会」が開発した。うめ課では都内で開催されるマラソン大会などに持ち込み、参加者に配るなどしている。

 これら「機能」が梅の消費拡大につながり始めた。うめ課などの情報をもとにして、梅干しに含まれている「バニリン」にはダイエット効果があるというテレビ番組が放映されると、一気に注目を集めたのだ。このため2016年から2年連続で1世帯当たりの梅干し消費量が増え、「猛暑だった18年も熱中症対策で消費が伸びました」と田中課長は言う。

 だが、全国の梅の栽培面積は1994年をピークに減り続けている。みなべ町はなんとか面積を増やし続けてきたが、それでも2011年で頭打ちになり、16年から減少傾向に転じた。「放棄地が出始めています」と田中課長は表情を曇らせる。

 農業者団体らのアンケート調査では、町内の60歳以上の梅農家で後継者がいる人はわずか20%だ。「後継者なし」が40%、「候補はいるが未定」も40%と、極めて深刻な状況が浮かび上がっている。

完熟した実を一つひとつ拾って作り上げる梅の味

 要因の一つは夏場の過酷な作業だろう。しかし、これこそが紀州産梅干しの美味しさを生む秘密である。

 収穫は5月末、梅酒やジュース用の青梅から始まる。6月10日頃からは完熟梅の収穫に移る。これが梅干しになる。

 梅干しは青梅を漬ける産地もあるが、紀州産は完熟を漬ける。実の柔らかさや味の膨らみが違うのはこのためだ。

「熟して木から落ちる実を毎日拾って歩くのです。1農家当たり何ヘクタールも畑があるので大変な作業です」と田中課長は話す。梅畑に青いネットを敷きつめ、梅の実が斜面を転がって集まるよう工夫している農家は多い。だが、平地の畑では一つ一つ拾って歩かなければならない。

 完熟した実はすぐに腐る。このため各農家は収穫した日のうちに塩漬けする。猫の手も借りたい忙しさになるので、6月定例の町議会は、毎年5月に前倒しして行うほどだ。

塩漬けするのは成分が種に含まれているから

 塩漬けの期間は1カ月間。梅雨明けとともに炎天下のハウスで干す。干し上がったのを「白干し」といい、塩分が20%ほどになる。その後、加工業者が塩抜きしたり、調味料で味をつけたりして販売する。これがスーパーなどの店頭に並ぶ「梅干し」だ。

 わざわざ塩抜きするなら、塩漬けしなければいいと考える人がいるかもしれないが、梅の機能性成分は主に種に含まれていて、塩漬けするからこそ染み出して果肉に移る。

「だから塩分を抜くと、多少なりとも成分は抜けてしまうんです」と、梅干し加工販売の「ウメタ」直販部、岡崎健志係長(48)は話す。同社は1964年に味の素と梅の調味料を共同開発した「調味梅干し」の先駆者だ。

「昨今の売れ筋は甘くて酸っぱくない梅干しです。各社ともハチミツベースですが、どんな味付けにするか、塩分濃度をどれくらいにするかは各社各様で、当社も1000種類を超える商品があります」と言う。

「これからはパンに合う梅干しも考えなければ」

 同社は季節限定で白干し梅を果物の果汁で漬け込んで出している。春はイチゴやカシス、夏はマンゴー、秋はブドウ、冬はユズといった具合だ。「実は社長があまり梅干し好きではなく、そういった人でも食べられる商品を作りたいと開発しているのです。さすがにご飯には合いませんが、これからはパンに合う梅干しも考えなければ」と岡崎さんは力を込める。

 JA紀州は、白干し梅を高糖度のミニトマト「優糖星」の果汁で漬け込んだ「tomato-ume(とまと梅)」を売り出し人気だ。塩ではなく、リンゴ酢で漬けた「塩零梅」も出している。

 町内の菓子店「みさき堂」では、フリーズドライの梅干しを散りばめたフィナンシェ(焼き菓子)にリピーターが多い。梅酒に使った青梅を散りばめた梅ケーキも好評だ。

 経営者の三前(みさき)雅信さん(73)は、町の観光協会長でもあり、梅のお菓子にこだわってきた。「梅干しは生クリームと合わせるのが難しく、青梅の季節になると町全体を包み込むような甘酸っぱい香りもなかなか再現できません」と苦笑する。

うめ課はレシピ本も発売

 今年1月には、うめ課が「31日の梅レシピ!」という冊子を出した。南部高校など町内7グループが開発した創作料理集で、毎日食べられるよう1カ月31日分を収録している。監修はフードスタイリストの飯島奈美さん。田中課長は「我が家でも梅酢のから揚げや梅ヨーグルトが好評でした」と微笑む。

 こうして苦境に対抗する努力が続けられている。

なぜ北海道出身の19歳が新規農家になったのか

 5月1日、高校を卒業したばかりの新規就農者が現れた。北海道出身の小林裕生(ひろき)さん(19)だ。

 小林さんは「梅干しが大嫌いでした。皮が硬いし、後味も残るので」と話す。ところが1年ほど前、みなべ町産の梅干しに衝撃を受けた。

「薄い皮を噛むと、柔らかい果肉がゼリーみたいに出てきて、こんなに美味しいのかと感動しました」。農業関連の集まりで、みなべ町出身の北海道大学大学院生、山本将志郎さん(25)と知り合い、山本さんが漬けた無添加の梅干しを食べたのだ。梅干しが大好きになった。

 2人はこの2月から2カ月かけて、ピンク色に塗った軽トラックで日本一周し、梅干しを販売した。各地で出会った人の中には、小林さんと同じように梅干しの美味しさに目覚める若者もいた。小林さんは梅農家になりたいと考えるようになった。

母は最初、「パニック」に

 その思いを北海道の両親に伝えたのは3月1日に高校の卒業式が終わってからだ。既に道内の大学に進学が決まっていたので、「母はパニックになりました。でも、決めたのなら自分の好きな道で頑張りなさいと最後は理解してくれました」と小林さんは語る。

 就農したのは山本さんの兄、秀平さん(27)の農園だ。秀平さんは33歳までの梅農家15人で作る「みなべ梅郷クラブ」の会長を務める。

「こんな形の就農者は初めてです。町内にはない発想を持ち込んでくれると期待しているのですが、実は僕自身が一番刺激を受けています」と秀平さんは目をキラキラさせる。

「令和」になったからといって、観光客が増えるわけでもないみなべ町。だが、梅をめぐる時代の変動は少しずつ始まっている。

 

※岡崎健志さんの「崎」はつくりの「大」が「立」です。

(葉上 太郎)

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