桂文枝の元愛人・紫艶の母が告白「娘の死は自殺ではありません」

文春オンライン / 2019年5月23日 6時0分

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41歳の若さで急死した紫艶

 上方落語界の重鎮、桂文枝(75)との20年にわたる不倫関係を2016年3月に告白し、注目を集めた演歌歌手の紫艶(本名・中江ひろ子さん)が今年3月、41歳の若さで急死した。兵庫県尼崎市に住む彼女の母親が、最期の娘の姿を「週刊文春」に涙ながらに告白した。

「テレビ(『新婚さんいらっしゃい!』)に文枝さんが映ると、もう……。とても観ていられません」(紫艶の母)

 紫艶は吉本興業初の演歌歌手としてデビューしたが、長らく“知る人ぞ知る”歌手だった。そんな彼女が注目を浴びたのは2016年3月。写真週刊誌「FRIDAY」(3月4日号)で、桂文枝との“20年不倫”を告白したのだ。

 その後、文枝は会見で不倫関係を否定。紫艶もメディアで反論するなど、騒動は収まらず、関係はもつれにもつれた。結局、2018年3月に文枝が15年務めた上方落語協会会長を退任し、紫艶は芸能界を引退することで、ようやく幕引きになったという。

 こうした経緯から、業界では自殺か、とも憶測されていた。

 しかし母親は「自殺ではない」と強く訴える。

「警察の方に『自殺ですか?』と聞きましたが、自殺ではないと。司法解剖の結果、心不全でした。それに娘は亡くなる前日、電話で『歯が痛いから明日、歯医者へ行く』と言っていましたし、部屋には買ったばかりのコンタクトレンズが8カ月分残っていた。私も心臓が悪いので、あの子にも遺伝したんだと思います」

 騒動後、パニック障害を患ったという紫艶だが、最近では体調も回復し、第二の人生を踏み出そうとしていた。娘の遺骨を前に母親は日々、自責の念に駆られているという。

「この子の運命を狂わせたのは私です。芸能界なんかに入れなければよかった。娘が亡くなったあと、文枝さんに何度も電話しましたが、一度も出ていただけません」

 5月23日(木)発売の「週刊文春」では、生前の紫艶が母にかけた前向きな言葉や、一人暮らしのマンションで迎えた孤独な最期の姿、母親の悲痛な告白に応えた文枝本人のコメントなど、詳しく報じている。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年5月30日号)

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