新橋で閉店相次ぐ 「サラリーマン憩いの街」をマッカーサー道路が変えた

文春オンライン / 2019年6月4日 6時0分

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 先日、事務所を新橋から有楽町に移した。事務所を拡張しようとして8年間過ごしてきた新橋界隈で探したのだが、適当な物件が見つからず、やむなく隣駅の有楽町に移ることになったからだ。

「街」としての評価がされてこなかった

 新橋はお気に入りの街だった。出張の多い私にとって新橋は、交通の要衝。JR山手線、京浜東北線、上野東京ラインに横須賀線。東京メトロ銀座線。都営地下鉄浅草線、駅名こそ違えど大江戸線に三田線。そしてお台場方面に向かう新交通ゆりかもめ。新幹線に乗るなら東京へも品川にもまじで近い。羽田空港へは都営地下鉄浅草線から京浜急行に繋がって乗り換えなし。成田空港だって東京駅から成田エクスプレスでゴーだ。

 大企業相手の取引をするなら大手町や有楽町まですぐ。官庁の集結する霞が関には天気の良い日なら歩いていける。弁護士事務所や会計事務所に御用ならば隣町の虎ノ門へ。

 ちょっと気の利いたビジネスランチやディナーを楽しみたいなら汐留の高級ホテル群へ。二次会は銀座にお任せ。銀座はちょっとリッチなお買い物にも超便利。つまりどこに行くにもほぼ徒歩圏というのが「抜群の利便性」を誇る新橋の強みなのだ。

 新橋というと酔っぱらいのおじさんたちがテレビカメラの前でふにゃらけた発言をするのが定番で、「飲み屋街」の印象が強いためか、街としてきちんとした評価がされてこなかったように見える。

大中小の企業が見事にミックスされている

 だがこの街に8年間事務所を構えて思うのは、新橋の「街」としての見事なまでの完成度だ。この街は中小企業ばかりだけでなく、実は大中小の企業が見事にミックスされている。山手線沿線で同じようにおじさんたちが集まる街として名高いのは、神田や五反田だが、神田や五反田はほとんどが中小企業で構成される街であるのに対して、新橋は駅周辺はともかくとして西新橋や虎ノ門界隈にかけて意外と大企業の看板が目につく。そのせいなのか新橋の飲み屋に足を踏み入れると気づくのは飲んだくれているおじさんたちに意外に秩序があることだ。パリッとしたスーツを着こなしたおじさんが、嬉しそうにコップ酒をあおる。その隣で中小企業のサラリーマンと思しきおじさんたちが楽しそうに競馬の予想で大議論をしている。大声をあげて騒ぐ愚か者がいるのは飲み屋街の日常風景だが、殴り合いや警察沙汰になるような事件は、少なくとも8年間界隈を飲み歩いた私はほとんど目にしたことがなかった。

新橋は「おじさんだけ」の街?

 また「おじさんだけ」の街というレッテルが貼られた新橋だが、そう思っていないのはおそらく私だけではないはずだ。今頃の季節になると新橋の烏森口を出て烏森神社裏やJRA(日本中央競馬会)付近までを歩くと、飲み屋の店内からはみ出たお客さんが、みな路地にビールケースと折りたたみ椅子を持ち出して夕涼みをしながらビールやチューハイを飲む姿が定番だが、そこに座っているのは意外に若い男女が多い。おじさんの好きそうな焼き鳥屋や居酒屋、もつ鍋屋ばかりだと思いきや、高級な寿司店や割烹料理屋からちょっとおしゃれなワインバーやバル、イタリアンなど様々なジャンル、高級ものから廉価版まですべてのラインナップがそろう。

 新橋の飲み屋には欧米人などいないと多くの日本人が思っているかもしれないが、それも大いなる誤解だ。新橋駅烏森口からすぐの元桜田小学校跡地をぬけていった柳通り沿いのパブを深夜に訪れると「ここはどこ? 本当に日本?」と思われるほどの欧米人に遭遇する。店内は大音量でロックやソウルフルな音楽が響き渡る。カウンター内の店員の多くは外国人。そんな彼らはテンポの良いリズムにあわせて一斉に踊りだす。その姿を観てお客さん達も踊る。ものすごい一体感である。

「マッカーサー道路」が出来て新橋の南側が寂れた

 そんな新橋ラブの私からみて、最近の新橋にはちょっと嫌な波が押し寄せてきているように見える。きっかけは2014年3月に開通した環状2号線、通称マッカーサー道路の開通だ。この道路は新橋のど真ん中を東西に貫く道路で、虎ノ門から新橋、汐留を通って築地市場から豊洲新市場方面へとつながる。このうちの新橋・虎ノ門間が「新虎通り」として開通したのだ。

 新橋の街はJR新橋駅から南の浜松町にむかって1丁目、2丁目となり、南端の6丁目まであるのだが、この道路は4丁目のほぼ中央を、街を東西に分断するようにして貫通した。私の事務所は最初の4年間は5丁目、そして後半の4年間は3丁目に構えたのだが、この道路が新橋の街に及ぼした影響を目の当たりにすることになった。

 幅員の広いマッカーサー道路(新虎通り)ができて5年。街の様子は様変わりした。道路の南、つまり4丁目の南半分から6丁目にかけての街の活気が一気に萎んでしまったのだ。道路ができる前、5丁目の私の事務所から駅までは徒歩でおよそ7分。決して近くはないが、十分歩ける距離。なんといっても新橋の魅力的な飲み屋街を抜けて駅まで向かうのだからたまらない。朝は徒歩7分で事務所に来るのになぜか帰り道は徒歩4時間になってしまうのがこの街の魅力とも言えた。

 ところが道路開通後は、駅まで同じ徒歩7分であるはずの道が、物理的に「遠く」なってしまったのだ。広い道路を渡るには信号機のある横断歩道を渡らなくてはならない。ところが信号機のある個所はほんの数カ所。つまり道路を渡るのに道路沿いに大きく迂回をすることになる。こうした心理的要因は歩行者を妙に冷静にさせるようだ。それまで飲み屋に向かっていたであろうはずの足が冷静に駅へと向かい始めたのだ。

立ち退いた店の後にできるのは細長い賃貸マンションばかり

 結果として道路の南側にもあった飲み屋やラーメン屋の多くが潰れることになった。私が足しげく通った立ち食い蕎麦屋も閉店。店主によれば客が3割以上減少して商売にならなくなったという。

 立ち退いた店の後にできるのは細長い賃貸マンションばかりだ。間口の狭い賃貸マンションには街としての顔がない。人を惹きつけるような看板や提灯もない。道路の南側は急速に寂れた街に変容してしまったのだ。

 いっぽう4丁目の北半分から駅にかけては相変わらずのにぎやかさだ。だがここにも変化の波が押し寄せている。マッカーサー道路の開通はデベロッパーにとってその沿道は垂涎の的。大手を中心に沿道の地上げ合戦がスタートした。価格は跳ね上がり、かねてよりの金融大緩和の追い風も受けて暴騰を続けた。目の前に札束をチラつかされた新橋オーナーたちの多くが、店をたたんでデベロッパーに土地を明け渡し始めたのだ。

エリア内の古い店舗が続々看板をたたみ始めている

 新橋の零細店舗の多くは不動産を所有せず、大家から建物を借りているケースが多い。建物オーナーも最近の地価高騰と地上げを目論んで高値を提示するデベロッパーの流し目に負けて不動産を売り渡す事例が相次いでいる。

 私のお気に入りだったリーズナブルで美味しい家族経営の寿司屋は昨年末に閉店。店主によれば建物を売ったので「出て行ってくれ」だったそうだ。その寿司屋のすぐ対面にあった、3000円も飲んだら酔いつぶれてしまうほど安い居酒屋も4月末で閉店した。

 エリア内の古い店舗が続々看板をたたみ始めているのだ。おそらく周辺土地を買い増したデベロッパーが巨大なオフィスビルを建て、その地下に申し訳程度にチェーン店を誘致することだろう。六本木や大手町、日本橋の巨大ビルの地下のどこかで見たような看板の店だ。こ洒落ているけどなんとなくお高くとまって「おいしいでしょ」と迫ってくるような、新橋らしからぬ店が現れることだろう。そうそう食べログにいくつ星があるか、なんて言い合いながらお店にやってくるお客さんの顔も変わっていくのだろう。ああ、なんだかつまらない街に変貌していきそうな新橋。やっぱりそろそろ潮時だったのかも。

(牧野 知弘)

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