「工場のまち」川崎はなぜ“借りて住みたい街”2位になれたのか?

文春オンライン / 2019年6月22日 6時0分

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人が行き交うJR川崎駅の構内

 川崎についてのイメージを聞けば、「工場が多くて空気が悪そう」「川崎駅周辺は治安が悪い」という声を聞くことは少なくない。しかし、今年2月に株式会社LIFULLから発表された「首都圏『借りて住みたい街』」では「川崎」が2位にランクインした。

 このランキングは不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME'S」で1年間に検索された数や問い合わせされた数といったデータを「駅名」を基準に集計している。すると、実際の需要は川崎駅周辺にあるといってもいい。なぜそこまで需要が高いのだろうか。今回はその秘密を探っていく。

1日50万人以上が利用する「川崎駅」

「川崎駅」は2つある。JR川崎駅と京急川崎駅だ。JR川崎駅にはJR東海道線、JR京浜東北線、JR南武線が乗り入れており、1日約40万人が利用する。東海道線を使えば品川駅まで約10分、東京駅まで約20分、横浜駅まで約10分と利便性も高い。京急川崎駅はJR川崎駅の北東にあり、京急本線と京急大師線が乗り入れる。羽田空港へはこちらを使うのが便利で20分弱で行くことができる。京急川崎駅は1日約13万人が利用する。JRと京急を合わせると1日あたり50万人以上が駅を利用していることになり、ターミナルとしての規模はかなり大きい。 

 川崎駅周辺のまちはJR川崎駅の東西で姿が大きく異なる。東側は古くから市街化されていたこともあり、商店街や歓楽街が広がる。それに対して西側は主に再開発で生まれた大型施設とマンションが立地している。また、行政上もJR川崎駅の東側は川崎区、西側は幸区と異なる。

大きなバスターミナルで実感する「工場のまち」

 まずJR川崎駅の東側のまちを見てみよう。目立つのはJRの駅ビル「アトレ川崎」だ。20~30代の女性をメインターゲットとしたテナントを中心に230店舗が8階建ての建物に入居する。そのうち約30店舗はJRの改札内のいわゆる「駅ナカ」で食品を中心に展開している。

 駅ビルを抜けると京急線の高架との間に大きな駅前広場がある。タクシー乗り場と大規模なバスターミナルを中心に作られており、地下には飲食店が中心の地下街「アゼリア」が広がる。

 バスターミナルは「海島」と「空島」と名付けられた2つの「島」に分かれ、川崎市臨海部や羽田空港方面へ向かう。ひっきりなしにバスが発着するが、行き先を見れば「富士電機」や「エリーパワー」、「鋼管循環」といった工場を連想させるものを多く見かける。昼間も本数は多いが、朝晩はさらに頻繁に発着し、どのバスも混雑する。「工場のまち川崎」は健在であることがわかる。

 そして、川崎の特徴と言えば、映画だ。東口には2つのシネマコンプレックスがあり、西口の「ラゾーナ」にあるシネマコンプレックスも入れると川崎駅周辺には31スクリーン、約6900席がある。これは東京でも映画館の多い印象のある有楽町周辺とほぼ同じ席数、スクリーン数で言えば10スクリーンほど多い。神奈川県内に住む人の中には映画を見るために電車で長時間かけて川崎まで行くという人もいる。

戦前から一大映画館街があった

 川崎における映画の発展の歴史は盛り場発展の歴史でもある。

 川崎駅周辺の盛り場は大正時代に始まった京浜工業地帯開発と共に生まれた。はじめは旧東海道の近くにある遊郭や貸座敷が中心だったが、昭和期になると映画館やジャズ喫茶、バー、カフェができていった。そして東京で映画館を多数経営していた美須鐄(みす・こう)が1936年に川崎に進出し、川崎に一大映画館街を作った。

 美須は第二次世界大戦後の1945年に「川崎銀星座」を開業。そこから映画館を再び次々と開業させ、銀星座から北に向かう通りが栄えた。その通りは南から、「銀映会」・「銀柳街」・「銀座街」と名付けられた。「銀」の字は銀幕に由来しており、ここからも映画館が栄えたことがよくわかる。戦後の川崎は競馬場や競輪場もできたが、映画はかなりの存在感があった。1960年ごろには川崎市内で年間延べ1200万人もの人が映画を見たというデータがある。市民1人が1年に30回も映画を見に行った計算になる。

 そして美須の作った美須興行グループは1987年に老朽化した映画館群をまとめて「チネチッタ」を開業させる。チネチッタは現在も川崎最大の映画館として大きな存在感を保っている。

年間950億円を売り上げる巨大モール

 今度はJR川崎駅の西側に目を移す。なんと言っても目立つのは駅直結のショッピングモール「ラゾーナ川崎プラザ」だ。主に「ららぽーと」の名前で三大都市圏を中心にショッピングモールを展開する三井不動産のショッピングモールで、東芝川崎事業所跡地に開発され、2006年に開業した。中に入ると横140mの大屋根が目立つ。広大な敷地面積を生かして郊外型のショッピングモールに近い作りをしており、地上6階建てで店舗面積は79000平方メートル、300以上もの店舗が入る。

 驚くのはこの大きさだけではない。売り上げ額はなんと年間約950億円(2018年度)。これは三井不動産の開発・運営するショッピングモールでもダントツだ。また客単価が高い百貨店と比較しても売上高は多く、東急渋谷本店や小田急百貨店新宿本店の年間売上高と肩を並べる。

 じつは当初の年間想定売上高は約350億円だった。これが現在の年間売上高まで伸びた理由は、もちろんテナントの誘致力、魅力もあるだろう。しかしなによりもワンストップで完結する大型モールのポテンシャルを存分に生かせる「ターミナル駅直結」という立地にある。実際、川崎駅とラゾーナ川崎プラザを結ぶ歩道橋に立つと多くの人が行き交っている。三大都市圏で見てもここに匹敵する利便性と年商を兼ね備えるショッピングモールは数えるほどしかない。

さらに29階建てのオフィスビルも建設中

 JR川崎駅の西側にはこの他にも音楽ホールをメインとした「ミューザ川崎」や工場跡地の再開発で建てられたマンションも建ち並ぶ。雰囲気としては東口と対照的に比較的静かで暮らしやすそうな印象を受ける。

 また、こちらのエリアは今後伸びしろもある。現在、JR川崎駅の南西ではJR東日本を主体に「川崎駅西口開発計画」が進む。JRの社有地と隣接地を一体とした再開発事業で、完成すれば地上29階建てのオフィスビルや約300室を備えた地上16階建てのホテルなどが誕生する予定だ。

「川崎駅周辺は勤め人の多いまちではないか」

 ここまで川崎駅周辺のまちの様子を見てきた。駅周辺に大型商業施設と商店街、飲み屋街、映画館が近接していることが川崎の大きな強みとなっている。

 日常的に川崎駅を利用するというある市民に駅周辺の印象について聞いてみた。

「バスも多くて交通の便が良いですね。ラゾーナの存在感は大きく、また映画・競馬・風俗など娯楽も多いです。確かに治安の悪そうな所もあるし、ちょっとガラの悪そうな人もいますね。でも昔のイメージほど実際は悪くないですよ。いまの川崎駅周辺は勤め人の多いまちではないかと思っています」

 この「勤め人の多いまち」というのが川崎が「借りて住みたい街」として2位になった大きな要因だろう。

「借りて住みたい街」ということは主にマイホームの購入を(まだ)検討していない、若年層や単身世帯がこうした検索を行う中心だろう。この層は職場に近く、ターミナルの周辺で買い物ができる利便性の高い場所を好む傾向がある。ここまで見てきたように川崎駅周辺はコンパクトなまちで、バスで通う範囲に事業所も多い。また「工場のまち」であるがゆえに娯楽も多い。つまり、若者・サラリーマンにとても向いているのだ。

「川崎駅周辺はよく知らない」という川崎市民も

 ここまで「川崎駅」が借りて住みたい街として人気の理由について見てきた。ところで、「川崎」の話というと川崎市全体として捉える人も少なくない。しかし、川崎市は「どの沿線」に住んでいるかで大きくまちの印象が異なることに留意したい。

 例えば、川崎市北部を通る小田急小田原線のユーザーの麻生区民は「川崎駅周辺はなじみがなく、よくわからない。川崎よりもむしろ新宿や渋谷に行きます。川崎へ向かう南武線は昔よりも便利になったけど、朝や夜はとても混んでいるし、あまり使いません。ゴミ収集車から流れる『好きです かわさき 愛の街』や川崎フロンターレを応援するメッセージを見たときに『ああ自分は川崎市民なんだ』と実感します」という。

 また、川崎市内は小田急以外にも東急田園都市線や東急東横線も通過しているが、田園都市線沿線には川崎北西部の拠点「溝の口」があり、再開発ビル「ノクティ」を中心に若者が集まる。また、東横線はJR南武線・JR横須賀線が交わる「武蔵小杉」が近年大型再開発で急速に発展し、商業施設やタワーマンションが増え、それなりの拠点性を持つようになった。また、溝の口や武蔵小杉からは川崎駅に行くのとあまり変わらない時間で渋谷をはじめとする東京都心に気軽に出られる。

 つまり、同じ「川崎市」でも「何線沿線か」によってエリアの雰囲気、買い物環境、外出先が大きく異なる。東京・大阪では同じ自治体でも「何線沿線か」で住環境やまちの雰囲気が異なると言うが、川崎市は顕著にその傾向が見られると考えてよい。「川崎」で住まいを探す際にはそうした点について十分考慮した方がよさそうだ。

写真=鳴海行人

(鳴海 行人)

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