「一番大きな功績は出産」発言の対極にいる小泉進次郎は「普通の人々」の味方なのか

文春オンライン / 2019年7月17日 8時0分

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©常井健一

聴衆に歩み寄る小泉進次郎スピーチの真骨頂は「土と緑」にあった から続く

 政界という場所には、結婚や出産、子育てに悩む世代と異なる感覚や価値観を持ったセンセイたちがいらっしゃる。個人や家族の事情を国家の都合でしか解釈できず、上から目線でセピア色の持論を説きたがる「昭和おじさん」が少なくない。選挙が始まると、彼らは街にやってくる。普段は接することのない、地べたで暮らす人々の前に立った瞬間、その地金は露呈する。

 なかでも、この参院選の大きな争点となっている社会保障問題は、「昭和おじさん」にとっての鬼門だ。今回も自民党三重県連の会長を務める国会議員(68)がやってくれた。マイクを握りながら「(応援する女性現職にとって)6年間の一番大きな功績はですねぇ、子どもをつくったこと」と言い出したのだ。

 私はその報道を知って、「これぞ自民党だ」と思った。

自民党の「昭和おじさん」とは一線を画する発言

 一方、小泉進次郎は今回の全国行脚で「自民党らしくない発言」を続けている。

「(会場には)赤ちゃん連れの方も多く来ています。これから出生率を上げようかと目標を立てていますが、私は必要ないと思う。これよりもやらなきゃいけないことは、産みたい、子どもを育てたい、そういう人たちの希望が叶うお金の使い方、政策の進め方。だから、今年の10月に消費税が10%になって、幼児教育・保育の無償化が始まる。3歳から5歳、無料。それは第一歩にすぎません。

 子どもを預けたい時に預けられる。そういうことを、将来への投資をどんどんしなければならない。そして、産むか、子どもを育てるかは、そういう判断も国が押し付けるのではなくて、国民一人ひとりの選択がしやすい社会をつくっていく。出生率の目標を立てても人口は増えないんだから、だったら増えないことに嘆かない国づくりをする時代なんです」

 出生率に基づいた少子化対策を否定する。この姿勢は小泉の持論に過ぎず、「昭和おじさん」が幅を利かせている自民党の方針ではない。

かつては「独身だから」と逃げていた

 だが、次の遊説先への移動中、周囲にこうも漏らしていた。

「今の社会のあり方とは違う発言が党の中からポロポロ出ている。なんか、時代の変化、若い世代、現役世代の感覚とのズレが相当ある。そこの発想を変えていくといろんな政策の発想が変わってきますよ。『そうではない!』と言い続けたら、やがて変わりますよ」

 そんな小泉も国会議員になってから10年を迎えようとしているが、勇気をもって「そうではない!」と言い出したのは5年ぐらい前。それまでは「結婚して子どもを持ってこそ一人前」と考える昭和おじさんに囲まれながら空気を読み、いつもこうして「鬼門」を避けようとしていた。

「子育てとか、少子化対策とか、それは小泉進次郎にはできないんです。独身だから。言っても説得力がないから」(2012年12月9日、埼玉県朝霞市での演説より)

「仕事と家庭を両立するのが当たり前」世代の選挙戦

 全国の昭和おじさんが名を連ねる集団の中で厚生労働部会長を務めている小泉は、参院選が公示された7月4日から各選挙区を応援行脚している。中盤戦を終えた15日までの12日間で、通算48か所の演説会場に立った。彼と同世代の私はその言動を追いかける中、のっぴきならない事情が生じた。担当編集者Iクンの家に、第3子が誕生したのである。

 加えて、文春オンライン編集部は、休日動いていない。一昔前であれば、担当者との「阿吽の呼吸」で素材の熱が冷めないうちに土日返上で編集作業を進めたものだったが、今回はそうもいかない。昨今の「働き方改革」も影響し、ジャーナリズムの現場も大きな転機を迎えている。

 私自身も全国各地を飛び回る間、家事や育児をする時間を確保している。今回は「完全密着」をあえてやめ、家族の送り迎えをこなしながら地方で行われる街頭演説の現場に出向いている。この選挙戦中には、我が子が生まれて初めて「おまるでうんち」ができた瞬間にも立ち会うことができた。

 そんな些細な喜びが得られたのも、似た境遇にあるIクンのおかげでもある。こんにちの男たるもの、仕事と家庭を両立するのが当たり前――だと思って、古めかしい出版社の都合を押し付けようとしない。そんなふうに肩を寄せ合って、なんとか今日も密着取材ができている。

今回ほど小泉の背中が「遠い」と感じたことはない

 われわれ世代の多くは「老後はまだ先の話」と思っていたが、良くも悪くも「2000万円」という具体的な数字が示されたことで初めて当事者意識を持たざるを得なくなった。小泉は全国遊説のすべての会場で年金の話題を取り上げ続けている。

「私は全国を回っていて、特に飛行機に乗っている時に好きでよくやること。それは日本の山の景色を見ることです。なかには、こんなところに一軒家が。あのどっかのテレビ番組みたいに(笑)。そういうところを見つけた時にこういうことを考えます。あの山の中の一軒家に政治ができることってなんだろうか、と。

 こんな市街地だといろんなことが考えられる。政治の影響って結構あると思う。だけど、山あいの集落に、あの一軒家に届くことってなんだろう。私は考えていて、見つけた答えは年金です。年金を含めた社会保障は市街地に住んでいようが、東京だろうが、北海道だろうが、沖縄だろうが、山の中の一軒家だろうが、どこに住んでいる人にもそのサービスを届けなければいけない」(7月12日、北海道旭川市での演説より)

 私は2010年の参院選以降、通算7回の大型国政選挙で、小泉進次郎の全国遊説を追いかけ続けてきた。だが、今回ほど小泉の背中が「遠い」と感じたことはなかった。何が私にそう感じさせるのか。

国民の無知をネタにするパフォーマンス

 小泉は中盤戦に入った7月9日あたりから大聴衆に語りかける内容を大きく変えてきた。一言で言えば、他人様の生き方に上からモノを言う昭和おじさん的論法を修正したのである。

 選挙戦序盤、小泉は「麻生(太郎)さんのことを話す前に、みなさんは、今の年金制度をちゃんと知っていますか」というフレーズで切り出していた。その上で、公的年金の受給開始年齢など制度の中身を説き、高い壇上から聴衆に「コレ、知っていた人?」と呼びかけながら、「半分しかいない!」と言って笑い出す。

 私はそんなパフォーマンスを見ていて驚いた。

「老後破産」「下流老人」という言葉が頻繁に使われる今日、本当に困っている高齢者にとって年金とはすなわち「ご飯」だ。見るに堪えない失態を演じた身内への批判を棚に上げ、「政治家の反省」もろくに口にせず、自ら掲げた改革案を持ち出すために、国民の無知をネタにする。そんな態度は、これまでの小泉進次郎らしくない――。9日午前に「文春オンライン」から配信した本連載「 小泉進次郎の『年金2000万円』演説にロスジェネが感じたすきま風 」で、私は指摘した。

 それが理由か否かわからないが、小泉は9日の演説からスタイルを改めた。聴衆に挙手をさせて無知を嗤う「昭和おじさん」のようなパフォーマンスを取り止めたのである(14日の山形県内の個人演説会場では久々に披露していた)。

財源を語らず「痛み」には触れない

 全国各地を移動しながら1日4、5回の応援演説をこなす小泉は、集まった聴衆の顔ぶれや受け具合、あるいは選挙情勢を見て、演説内容のチューニングを微調整する。ネタの種類は以前よりも少ないが、状況に応じた判断力は相変わらず高い。

 序盤戦の演説では、党の厚労部会長として手掛けた年金改革の三本柱を「受給時期繰り下げの選択肢拡大」、「在職老齢年金の段階的廃止」、「厚生年金の適用拡大」の順に取り上げていた。それを、2番目を一番前に持ってくるように言い方を変えてきた。聴衆の反応が一番良いからだろう。もらえなかったお金がもらえるようになるという単純明快で「現世利益」に適った話だから当然だ。

 一方で、残念なのは、演説の中で改革にともなう「痛み」に触れないことだ。在職老齢年金制度の廃止には1兆円の支出増が見込まれるが、その財源を語ろうともしない。小泉は明るい顔で「私が3年前から議論してきたことが、今回、政府の方針に入りました!」と訴えるが、自民党の演説会に顔を出すような高齢者にとっては受け取る年金が増えても、次世代にはツケを残すことになりかねない。

 近い将来の負担増を覚悟している就職氷河期世代の私には、3番目の改革「厚生年金の適用拡大」について語る小泉のこんな物言いがずっと気になっている。

一度も出てこない「パート」「フリーター」「非正規雇用者」

「国民年金だけの人たちにも、より手厚い厚生年金に入れるようにする。国民年金だけの人が将来的に無年金、低年金にならないような社会をつくる」

 小泉はこう唱える。だが、10月の消費税増税を前に休廃業を検討する事業者が相次ぐ時世に、厚生年金保険料の新たな負担増に耐えうる元気な中小企業は全国にどれだけあると思っているのか。そこでも必要となる予算はどこから持ってくるのか。演説を聞いただけではさっぱりわからない。

 しかも、小泉が救済の対象として口にするのは、もっぱら第一次産業従事者と個人事業主。「パート」、「フリーター」、「非正規雇用者」という言葉はこれまで一度も出てきていない。

 小泉自身も属する氷河期世代には、非正規雇用者が317万人、フリーターが52万人、職探しをしていない人が40万人もいるという。その数は他の世代よりも多い。改革の後からやってくる「痛み」は小泉構造改革で懲りているし、選挙の後に「財源がなかった」と開き直られるという「悪夢」を民主党政権時代に見てきた人たちだ。

「改革者」の顔をして東京からおらが街にやってきた人気政治家に我先と握手を求め、携帯電話で一緒に記念写真を撮ろうと殺到する人々の熱狂ぶりを全国各地で毎日眺めていると、平成政治の苦い記憶が蘇ってくる。

一方通行の演説に徹し、聴衆の疑問には答えない

 小泉は自らを好意的に報じる一部メディアのインタビューに応じるが、討論番組には一切登場しない。選挙応援においても「街頭演説」という一方通行のスタイルに徹し、聴衆の疑問に答えるようなことはしない。街頭演説に来ない人や来られない人への想像力を失わないように気を付けないと、経験豊かなジャーナリストでさえも耳触りのいい小泉の言葉にメロメロに酔わされ、持ち前の批判精神を忘れてしまう。

 小泉は改革の必要性を唱える際、よく「嘆いたってしょうがない」と強調し、未来を語りたがる。だが、「嘆いて嘆いてしょうがない毎日」を送っているのが、中年を迎えた浮かばれない同世代の日常だ。やっとのことで今日を過ごす彼らには、平日の昼間に行われる街頭演説会に顔を出す余裕なんて許されていない。政治家にモノが言える手段は、せいぜいスマホくらいだろう。

 小泉はネット上で蠢く自らへの批判を取り上げ、こう唱えることがあった。

小泉の発言から「私」が消えている

「誰かの言ったことを気にして、本当はやりたいことや言いたいことがあるのに、何か言われることを恐れたり、SNSやツイッターとかで炎上するとか、何か言われたら叩かれるとか、そういったことを気にする時代かもしれないけど、気にしない。私もよく叩かれるけど、叩かれてもやりたいことが明確だと自分が生きたいように生きられる。

 それに、出る杭は打たれにくい。自分らしいスタイルを貫いている人は、人の言うことを聞きません。言い方を変えれば、その人は自分のスタイルを持っているということも言えるんです。私はそういう一人ひとりがもっと多様で生きやすい日本でありたいと思います」(7月10日、滋賀県大津市での演説より)

 自分語りが多いのは、小泉の演説の特徴だ。それでも、かつてはあらゆる人々に「私のことを言ってくれている」と思わせる点が多く、それが強みになってきた。選挙期間に入り、永田町から離れている時間が長くなるほど、目線が低くなっていくのがわかる。言葉も磨かれ、物語の中で語られる「普通の人々」が増えていくという面白さがあった。

 しかし、今回はこれまで30回近く現場で聴いても、彼の発言の中から「私」が一度も見いだせないでいる。むしろ、地元の若手議員が前座として行う演説のほうが、生活実感に富んだ視点が多いのだ。

 地べたを這うように地域を歩いているのだろう。寝たきりや認知症、ひきこもりにしろ、子どもの貧困にしろ、どうにも手に負えず、人には言えずに苦しんでいる人々に寄り添おうとする言葉も、たまに聞くことができる。

 だが、それも彼が会場に到着したとたん、黄色い声でかき消されてしまう。

 私は困惑しながらラストサンデーの演説会場に立っていると、耳を疑うような発言が彼の口から飛び出した。

写真=常井健一

(常井 健一)

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