「京アニ放火への怒りから抜け出せない」私たちにいま必要なアンガーマネジメント術

文春オンライン / 2019年8月4日 5時30分

写真

中村カズノリ氏。Twitter上で通り魔計画を告白したところ、瞬く間に拡散された

高学歴の親ほど陥る「機能不全家族」につけるクスリはあるのか? から続く

 8月3日、京都府警が「京都アニメーション」の放火事件で犠牲になった35名のうち10名の実名と身元を公表した。

 公表された10名のなかには、取締役として長く同社を支え、ベテランアニメーターとして「ドラえもん」などの原画を担当してきた木上益治さん(61)や、ファンが作品のロケ地を訪ねる「聖地巡礼」を定着させるきっかけとなった「らき☆すた」の監督・武本康弘さん(47)もいた。

 偉大なアニメーター10名の死が明らかになったことで、事件への悲しみと怒りを再認識させられた人も多いだろう。

 戦後最悪の殺人事件で、日本社会には怒りが蔓延している。その怒りを制御するための「アンガーマネジメント」について、カウンセラーの中村カズノリ氏に話を聞いた。

怒りが社会全体に蔓延している

「京都アニメーション放火殺人で、自分の家族を奪われたような怒りに駆られている人は多いと思います。僕もアニメが大好きなので、京アニという会社も、そこから生み出される作品も大好きだった。ニュースを目にするたびに心が切り裂かれるような思いです。

 ただ、心配なのは『怒りは伝染する』という現実です。5月から無差別殺傷事件などが相次いだことで、社会全体に怒りが伝染し、充満しているように感じます。私のところにカウンセリングに来る方の中にも、『彼らを殺してやりたい』と口にする人がいる。『死ぬなら一人で死ね』と吐き捨てる人もいる。普段は穏やかで優しい性格の人ほど、世の中で起きている不条理を受け止めきれず、怒りを募らせている。私たちはいまこそ、怒りをコントロールする方法『アンガーマネジメント』を考えるべきなのです」

 そう語るのは、5月28日に起きた川崎大量殺傷事件、6月1日の農水事務次官息子殺人をきっかけに、通り魔を計画した過去を 告白 した、元DV加害者のカウンセラー・中村カズノリ氏(39)だ。

 7月18日に起きた京アニ放火事件はクリエイター35人の命を奪った。容疑者の青葉慎司(41)も全身に火傷を負い、現在も治療中だ。

 心理学的な見地から分析すると、青葉容疑者の犯行は、他人を巻き添えにした“拡大自殺”ではないかともみられている。弁護士の橋下徹氏は7月27日の報道番組「ウェークアップ!ぷらす」(日本テレビ系)で、青葉容疑者について「一人で死んでほしいですよ」と発言した。

 この凄惨な事件に心を痛めている人は日本だけにとどまらない。7月24日に開設された支援金口座には、6日間で国内外から10億5895万円の寄付が集まった。火災が起きた京都アニメーション第1スタジオ前には、今なお多くの人が献花に訪れている。

「以前、当時37歳だった庵野秀明監督(59)が『僕世代のテレビっ子は、山口百恵のことならなんでも知っているけど学校で隣に座っている女の子のことはあまり知らない』とインタビューで語っていたんです。身近な人よりも、テレビの中の人に親近感を持っていると。僕もテレビっ子だったのですごく共感しました。ただ違ったことは、僕にとっての “山口百恵”は“アニメ”だった。そういう日本人は多いと思います。京アニに対して、隣の席の子どころか、自分の家族よりも親近感を持っていたりする。そんな大事な存在が見知らぬ悪意によって一瞬にして奪われたんです。怒りが収まらないのは当然です。

 しかし強すぎる怒りは自分も傷つけるし、時として周囲を巻き込むこともあります。行為を肯定することはできませんが、ガソリンを撒いて火をつけた京アニの放火犯もそうなのかも知れない。 容疑者の不遇な生い立ち が報道されていますが、彼も自分の境遇に対して怒りを募らせていた可能性が高いのではないかとも思うのです。

怒りを因数分解するワーク

 川崎殺傷事件の際も、今回も、『一人で死ねよ』という主張をする人はいます。しかし、そうした怒りは一つ間違えれば、社会全体的な憎悪として増大していってしまう可能性もある。だからこそ今、怒りを適切にコントロールする方法を多くの人に知ってほしいのです」

 中村氏はDV加害者のためのカウンセリングを行っているが、まずは彼らの怒りを肯定することから始めるという。

「怒りから解放されるためには、まず怒りを感じている自分を認めなければいけない。怒ってしまったことに罪悪感を持つと、怒りと向き合うことができなくなってしまいます。カウンセリングでは、必要に応じてわざと怒らせることもあります。相手の怒りを十分に引き出したところで、ペンと紙を手渡すんです」

 そこから行われるのが、“怒りを因数分解するワーク”だ。

「紙にはその時に感じている怒りを詳細に書いてもらいます。倫理観は置いておいて、誰にどう怒っていて、どんな報復をしたいか、まずは自由に書いてもらう。ひとしきり怒りを紙に吐き出したら、それを見返して、時にはカウンセラーと協力しながら怒りを細かい感情に分解していく。怒りというのは二次感情なんです。根源には嫉妬、悲しみ、後悔などの一次感情が必ずある。怒りを一次感情に分解して客観的に見つめると、不思議と怒りが収まってくるんです」

怒りの全容を把握してプラスの力に

“怒りのレスキューツールマップ”も効果的だという。中村氏が取り出した紙には、薄水色から赤色がグラデーションになった帯が描かれている。

「薄水色が怒りレベル0%で、赤色になるほど怒りが100%へと高まっていくイメージです。過去に怒りを感じたときに無意識にした行為を思い出し、この帯にリストアップしていくんです。例えば、少しイライラしたときには煙草を吸うなぁと思い当たるなら、怒り10%くらいのところに《煙草を吸う》と書きこむ。怒り心頭だったあの時は酒を浴びるように飲んだなという記憶があれば、80%くらいのところに《記憶を失うまで酒を飲む》と書く」

 書き込んでいくうちに、自分の“怒りサイン”を整理することができるのだ。このサインが出れば「自分の怒りはいま何%くらいだな」と、意識できるようになる。

「これらのワークに共通するのは“無意識を意識すること”。怒りの怖さは、気づかないうちに怒りが怒りを呼び、いつしかそこから抜け出せなくなってしまうことなんです。視野狭窄が起きて怒りの対象以外目に入らなくなってしまうため、“怒っている自分”がおいてけぼりになり、自分が何に対してなぜ怒っていて、怒りによって何を発散しようとしているのかを見失ってしまう。しかし怒りという感情を意識できれば、冷静に対処できるようになる」

 怒りの全容を把握できれば「憎しみや怒りはポジティブなエネルギーにベクトルを変えることができる」という。

「怒りのエネルギーは無限に大きくなっていくからこそ、恐ろしい一方で有用なんです。そのエネルギーは別のことに使えばいい。僕の一次感情はとにかく「悲しい」だった。でもこの怒りを被害者支援や京アニ支援に活かそうと思っています」

(「週刊文春」編集部/週刊文春)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング