「自分の存在が何かの役に立てているのかもしれない」均等法第一世代だった雅子さまが、はじめて漏らした心境

文春オンライン / 2019年8月17日 17時0分

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宮内庁提供

「自分の存在が何かの役に立てているのかもしれないと実感できたのは、皇室に入って初めてのことかもしれません」

 皇后雅子さまは、最近、ある宮内庁関係者にこう心境を漏らされたという。皇室に入られて、26年。令和時代の新皇后となった雅子さまは、立て続けに大きなご公務に臨まれている。そんななかでお感じになった率直な気持ちだった。

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 雅子さまは、外務省勤務を経て、29歳でご結婚され、皇室に入られた。先に秋篠宮殿下(当時)とご結婚された紀子さまが大学院生だったのに対して、社会で働いた後に皇室入りされた初めてのケースであり、新しいプリンセス像への世の中の期待は大きかった。しかし、その後の人生の半分近くは「公務の在り方」と「世継ぎ問題」などに悩むこととなり、41歳で「適応障害」というご病気になられた。療養は、15年経った55歳の今も続いている。一時期は、雅子さまが皇后になられても「皇后美智子さま(当時)のように幅広いご活動はできるのか」といった不安の声もあった。だが今では、それらが杞憂に過ぎなかったと見えるほど、ご活動は広がっている。

 今年2月の誕生日会見で、皇太子殿下(当時)は、新皇后になる雅子さまについて、次のように述べられていた。

「雅子自身もいろいろ海外での経験もありますし、このグローバル化の時代にあって、国際的な取り組みなど本人だからできるような取り組みというのが、今後出てくると思います」

 5月、令和初の国賓として来日した米国のトランプ大統領夫妻を接遇された際に、早くもそのご様子は見て取れた。雅子さまの控え目ではあるが、堂々たる所作と流暢な英語でコミュニケーションを取られるお姿は、新時代を期待させるものだった。

 国内メディアには雅子さまを称賛する記事が並び、海外メディアも追随した。

新調したライトブルーのスーツ

〈天皇陛下は英語を交え、皇后雅子は通訳なしで英語を話されたという。15分の懇談は、とても和やかなものだった〉(CNN)

〈トランプ大統領の訪日で、皇后雅子がスポットライトを浴びている〉(NYタイムス)

 約10年前には〈雅子妃は公務を休むことはあっても、外出して気ままにディナーを楽しんでいる〉と穿った内容を報じる海外メディアもあった。海外生活の長かった雅子さまには海外の友人や知人が多い。心配の声が寄せられることもあったが、ようやく元気なお姿が見られるようになって安堵している人も多いという。

 6月末には、G20大阪サミットへの出席に先立ち来日した、マクロン仏大統領夫妻を迎えられた。

「マクロン大統領夫妻との会見と宮中午餐(昼食会)では、昨年に陛下がフランスを訪れた時の話や、雅子さまが皇室入りなさる前に語学研修で住んでいたという思い出話で、会話は途切れることがなかったそうです」(宮内記者)

 この日のライトブルーのスーツ姿は、曇り空に映えていた。ご療養に入られてからは、既存の洋服のサイズ直しなどをなさった事はあっても、新しい服を作られることはほとんどなかった。紺や茶色といった地味な色の服を着回されることが多かった。しかし今、雅子さまのファッションは再び、テレビや女性誌などで定番のように取り上げられるようになった。

 7月にトルコのエルドアン大統領夫妻を迎えられた時には、ライトグリーンの着物をお召しになった。5月に約3年ぶりに宮中祭祀に臨まれた際の、古式装束に続く着物姿だ。ご体調が優れない時などは、お身体へのご負担が大きいからと着物をお召しになれなかったことを考えると、著しい変化だ。

「御代替わりを機に、天皇皇后両陛下のもとには、各国首脳から接見の依頼が後を絶ちません。11月にはローマ法王が訪日して、来年春には中国の習近平国家主席が国賓として招かれる予定です。

 皇后さまはご体調が良ければご出席されますが、今秋には皇室行事のなかで最重要の『即位礼正殿の儀』や『大嘗宮の儀』をつとめなくてはなりません。未だご療養中の身であるため、この夏には御用邸でしっかり静養していただいて、英気を養っていただきたいと宮内庁職員は話しています」(別の宮内記者)

均等法第一世代の女性たちの希望だった

 7月に上梓した 『皇后雅子さま物語』 (文春文庫)の中でも書いたが、ご婚約以来、雅子さまのご性格や人柄は意外にもあまり知られていない。特に皇室入りされてからのエピソードをはじめ、ご病気になられてからのご様子はほとんど外には伝わってこなかった。16年に及ぶ私の取材は、“菊のカーテン”の奥の未知の世界にどこまで迫れるかに拘り、始まったといえる。

 小和田雅子さんが皇太子のお妃候補として浮上したのは1988年。ハーバード大、東大を経て、86年に雇用機会均等法が施行された翌年、「均等法世代」の初の女性外交官として外務省に入省したという、その経歴と才色兼備ぶりは注目を浴びた。

 流行の肩パッドを入れたスーツと大きなカバンを持って歩く雅子さまの姿は、まさに「働く女性」のイメージだった。映画やテレビでよく観る、ニューヨークなどで働く“キャリアウーマン”像とも重なった。

 当時の均等法第一世代の女性の現実と言えば、会社には入ったものの閉鎖的な男性社会に大きな変化があったわけではなかった。今でいうセクハラまがいのことも多く、これを受け流す術を身に着けながら、制限のある仕事に取り組まなくてはならない。そんな日常の中で、雅子さまの輝かしい存在は、希望だという女性は多かった。

※記事の続きは「 週刊文春WOMAN 2019夏号 」でご覧ください。

(友納 尚子/週刊文春WOMAN 2019夏号)

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