中川翔子が語るいじめ体験「毎日戦う、生き伸びる、やり過ごすのに一杯一杯だった」

文春オンライン / 2019年8月31日 11時30分

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©橋本篤/文藝春秋

 タレントの中川翔子さん(34)が、『 「死ぬんじゃねーぞ!!」 いじめられている君はゼッタイ悪くない 』(文藝春秋)を上梓した。いじめられて不登校になった体験を文章と漫画で伝えている。また、最近のいじめを理解するために、当事者にも話を聞いている。いじめで悩む当事者だけでなく、「大人たちにも読んでほしい」と語る。

死ななくてよかったって心から思った

――当時の自分から見て、今の自分はどう見えていると思いますか?

中川 遠すぎて、30代が。未来すぎて。「大人になった今よりも、何十倍も重くて長かった」と、当時の自分からすると思う。30代になることすら、自分は考えていなかったかもしれない。毎日戦う、生き伸びる、やり過ごすのに一杯一杯だった気がするんです。

――「死ぬんじゃねーぞ!!」というタイトルに込められた意味は?

中川 ずっと部屋に閉じこもって、死んじゃいたいって思っていました。密かに憧れていたのが、アニメソングを唄う人になることです。遠い未来にその夢がかなった瞬間があり、死ななくてよかったって心から思ったんです。ライブに来てくれた一人ひとりも大変なことがあった中で来てくれて、会えている。同じこと、好きなことを共有できている。いろんな感情がばーっと湧いた時に思わず、最後に叫んだんです。

 人生は壮大なゲーム、RPGのように考えても、年齢を重ねるたびに、心の余裕というか、切り替えられるような術を見つけられます。当時、キラキラした青春を送っていたら、こんな人生ではなかった。この仕事もしてなかっただろうし。その頃に無理やりにでも、見つけていた好きなことたちがたくさん経験値になって、未来の自分を助けてくれる。

カーストの底辺になるって、自分でも認めたくない

――学校内の、身分制度にも似た「スクールカースト」のことを取り上げていますね。

中川 目には見えないけど、はっきりと存在する仕組みがあります。

 小学校の時は好きな絵を描いていても、先生も素晴らしい方だったので、個性として認めてくれました。しかし、中学になると、空気が変わって、最初にしくじったんです。

「プリ帳を見せて」と言われたんですが、持っていなかったので、慌ててプリクラを撮って、家にあった、おばあちゃんが作ったノートに貼って、持って行ったんです。「なにこれ?」「なんで、おばあちゃんが作ったノートに貼っているの?」「キモいんだけど」みたいな空気になっちゃって。

 スクールカーストの底辺になるって、プライドもあるし、自分でも認めたくない。本当に毎日が長くて。「あー、終わった」「でも明日も行かなくちゃ」「嫌だな」って、繰り返していた気がします。

大人にSOSを出すのは限界まで我慢した結果

――中3のとき、靴箱をボコボコにされて、やり返した結果、中川さんの靴が盗まれ、先生に話して、ローファーを借りたエピソードが書かれています。取材では、いじめが起きた後に設置される調査委員会では、やり返していることを理由に、“子ども同士のトラブル”と判断されることがあったりします。

中川 あー、大人って、なんでそうなんだろう。被害を受けても、泣き寝入りだったり、お金とか時間の負担を強いられます。アメリカでは、いじめた方が転校させられると聞きました。

 大人にSOSを出してくるって、自分の中で限界まで我慢したり、悩んだりした結果だと思うんですよね。大人がいい加減な対応をすると、何かのトリガーになっちゃう可能性がある。SOSを出してくれた場合は、大人は話をちゃんと聞くこと。そして、被害者に寄り添ってほしい。

 振り返ってみると、自分が描いていた絵が気持ち悪かったりするんですよ。それは浮いちゃうこともあるだろうって。でも、靴を盗むって、窃盗じゃないですか。合う、合わないはあると思うんですけど、合わなくても、いじめていい理由にはならないですよね。

いつか「チャイルドライン」のボランティアをやりたい

――最近のいじめは、いじめた側がいじめられる側に、いじめられる側がいじめる側になったりします。

中川 誰しもが悪口を言ってしまう。だけど、やっぱり、命を落とす前に、何段階もあると思うんですよね。自殺の原因って積み重なるものだと思うんですよね。私も17歳のとき、「もう死んでやる」って衝動になっていたんです。それって、一個のいじめだけじゃなくて、あるとき限界になっちゃう。

 私もいじめる側、悪口を言っている側になったこともあるし、見て見ぬふりをしているときもありました。だから、いじめている側の気持ちに比べて、いじめを受けた側のショックがどれくらい大きいかもよく分かります。「えーっ」「なんで、自分がこんな目に?」って、混乱ですよ。自分でもどうしようもない、あの感じ。まだ覚えていますね。

 社会に出ると、学校こそが特殊な場所ってわかって。仕事する時に我慢したりとか、自分へのご褒美を作ったりとか、なんとかできるようになっていく。だけど、18歳までの時間はやっぱり、大人がどこかで守ってあげるべきです。

 18歳の子まで電話をかけられる「チャイルドライン」があって、ボランティアの大人が話を聴く。すごくいいことだなと思いました。いつかそのボランティアをやりたいんですよね。

――超党派の議員の勉強会で「いじめ防止対策推進法」の改正案が作られました。いじめ防止を最優先にすること、いじめ対策主任を置くこと、いじめを放置や助長した教員に対する懲戒処分を盛り込みました。しかし、「現場が混乱する」などの意見があり、改正がされませんでした。

中川 それが仕事だ、混乱しろ! はあ、なんで大人は頭がかたくなっちゃうんだろうな。時代にあわせて、子どもたちを守るのが大人の仕事なのに。寄り添った形にぜひ変えてほしいですね。

 大きな事件があって、例えば大津市のいじめ自殺事件で失われた命があって、ちょっとずつ動いているわけじゃないですか。命が失われることを未然に防ぐことができるはず。個性を認めてくれる環境があれば、大人がいたらいいですね。

――いじめは、被害者だけでなく、周囲にも衝撃を与えることがあります。私の取材では、いじめられていない子ですが、止められないことで自殺をした、ということがありました。

中川 え! 罪悪感で? 感受性が強いのかな。優しすぎるのかな……。どんな場合でも、自分で命を絶つことって、これまでやってきたことがぜんぶ無駄になる。止められなかったと思っても、少しずつ日数が進んで、中学から高校になるだけでも、ぜんぜん精神の容量が変わるじゃないですか。でも、そのときは見えないんですよね。

「いじめから逃げる」って言い方はおかしい

――いじめに先生が関与することがあります。1986年の中野富士見中で起きたいじめ自殺では「葬式ごっこ」に先生も参加していました。また、スクールカーストを先生が作ったケースもあります。

中川 通信制高校は風通しがよくって、スクーリングとレポートはやらなければならなかったけど、授業自体は好きな曜日に行ったり、行かなかったりでも大丈夫だったんです。ひきこもり、不登校、いじめられっ子、ギャル、芸能人、いろんな人がいて。席を自由に選べたんですよね。

 それだけでもぜんぜん違って。だから教室の隅っこで一人で絵を描いていたんです。そしたら、ギャルの人が「めっちゃ、絵が上手いじゃん」「カラオケ行こうぜ」って話しかけてくれて。前の中学だったら、スクールカーストでいえば「陽キャラ」で「1軍」のような人だったんです。

 よく「いじめから逃げる」って言いますけど、「一回しかない人生で正しい選択をした」と言い方を変えて、角度を変えればいいんですよね。本のために対談した子も、「逃げではない。正しい選択をしただけ」だって。本当にその通りだと思います。

「明るい遺書」のつもりでブログを書いた

――最近のいじめはインターネットを使って行われることもありますが、一方で、ネットが居場所になる子もいます。ネットの使い方でアドバイスできることはありますか?

中川 今の時代でも、「ネットが悪い」と切り捨てる先生がいるそうですよ。この間、10代の子に聞いてびっくりしたんですけど。ただ、10代の子からすると、怖いと思うのは、ゲームの情報を知りたいだけなのに、エロ漫画の広告が出てきちゃう。あれやめてほしいんですよ。あと、大人も、めちゃめちゃ悪口を書くじゃないですか。正義感のつもりかどうかわからないですけど、こういうことをしていたら、いじめがなくならないよね。

 私は「明るい遺書」のつもりでブログを書いたんですけど、「呪いのブログ」にしなくてよかったと思う。実際、それで救われたので。好きとか、楽しいとか、そういう思いを込めるゲームのつもりで、ほめるだけのSNSのアカウントを作ってもいいのかもしれない。

「ただ隣にいる人」になってほしい

――自殺対策白書(2015年)によると、1972年から2013年までの42年間で9月1日が、18歳以下の自殺者が年間でもっとも多い日とされています。

中川 夏休みを振り返ると、「やっと学校へ行かなくて済む」「やっと解放された」などと思ったんです。速攻でネットばっかりやって、昼夜逆転して、だらだら腐った日々を送りました。だけど、腐りながらも生き延びました。そして、中3のとき、「木村」という存在に出会った。

 私は「キモい」と言われる存在でしたが、木村はハイカーストとも話せるのに、普通に接してくれた。どうでもいいことで一緒に爆笑したり。で、昨日、やっと言ったんです(笑)。「ごめんね、照れちゃって言えなかったけど、本に書いたんだよね」って。

 木村がやってくれたことは勇気のある、勇敢な行動だと思うんですよね。「ただ隣にいる人」、それが「隣(とな)る人」。大人にもぜひ、隣ってほしい。クラスにいじめがあるなら、挨拶するでもいい、関係ない話をするでもいい。一緒に笑えることがあったら、ぜひ話しかけてほしい。隣る勇気、木村が増えたら、いいなって。

写真=橋本篤/文藝春秋

(渋井 哲也)

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