12年ぶり朝ドラ・貫地谷しほりが語る『なつぞら』「中川大志君とぶつかるシーンが好きだった」

文春オンライン / 2019年10月6日 11時0分

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女優・貫地谷しほりさん

100作目の朝ドラ『なつぞら』で主人公なつ(広瀬すず)とときにぶつかりあいながら、アニメをともに作り上げる上司・大沢麻子(マコさん)役を演じた貫地谷しほりさん。

主演した『ちりとてちん』以来、貫地谷さん自身12年ぶりの朝ドラとなった『なつぞら』の思い出を伺いました。(全2回の1回目/ #2 へ続く)

◆◆◆

広瀬すずちゃんを見て「21歳って元気なんだ……」

―― インスタ(@shihori_kanjiya) で8月26日に「『なつぞら』クランクアップしました~」と投稿されていました。

貫地谷 あれは結構前の写真で、当日じゃないんですよ。いつ投稿していいのかなと思ってたらタイミングを逃しちゃって……。

――今年は『なつぞら』があって、9月に映画『アイネクライネナハトムジーク』が公開され、さらに11月に主演映画『夕陽のあと』の公開が控えています。

貫地谷 でも映画は結構前に撮っているので、今年はわりとゆったりしていました。

――え、そうなんですか。

貫地谷 ……そうでもないか。連ドラも撮ってましたしね(笑)。

――『なつぞら』の撮影はいつ頃から?

貫地谷 今年の2月から8月まで、ちょうど半年くらいでした。

――9月の放送では、貫地谷さん演じるマコさん(大沢麻子)もとうとう北海道・十勝に行かれていました。

貫地谷 はい。見て下さっている方が「もうマコさん終わりなんだ……」って思っている頃にじつは北海道ロケに行っていて。「インスタにも写真出せないな」ってなってました(笑)。

――マコさんは寿退社してイタリアに行ってしまいましたからね。ちなみに朝ドラに出演しているときって、毎日テレビで観るものですか。

貫地谷 家にいる時は観ますよ。事前に編集されたDVDももらっているんですけどね。

――主演された『ちりとてちん』(2007年下半期)以来朝ドラは12年ぶりでした。

貫地谷 そうですね。ほんとにもう「こんなに朝ドラのヒロインってハードだったんだ」って、あらためて思いました。『ちりとてちん』のスタート当時、私は21歳。今の(広瀬)すずちゃんと同じ年でしたけど「全然平気!」みたいな感じでした。それで今回すずちゃんも撮影がハードなのに「全然平気です!」って言って、なんかダッシュしてて。

――(笑)

貫地谷 「やっぱ21歳って元気なんだ」って思いました。

――ダッシュって、十勝の草原とかで?

貫地谷 いや、もうメイク部屋で、急にダッシュを始めて。体力があり余ってるんだなって。

――朝ドラは週6回、毎日15分放送ですけど、撮影は毎日なんですか。

貫地谷 週3日ぐらいですかね。でもリハーサルもあるし、さらにロケもあると土日も撮影になるので……ほんとにヒロイン役は大変だと思います。

「マコさんはキツいけど、意地悪だと思わなかった」

――『なつぞら』のマコさんって、最初の方は少しキツいというか、「会社の男はみんな自分のものみたいな顔をして」とか新入社員のなつ(広瀬すず)にズバッと言う先輩役でした。最初、台本を見た時ってどう思われましたか。

貫地谷 マコさんはそういう風に思っちゃったんだ、勘違いしちゃったんだっていう感じで演じてました。でも、マコさんは確かにキツいことは言うけど、それが意地悪だと思わなかったんです。なので、マコさんはただそのことを思ってる、それを伝えるように演じました。

――マコさんはやっぱりアニメへの熱意がすごくあって。だからこそ回を重ねていくたびになつの熱意にも気づいて、そこからすごく優しくなりました。演じていて、ガラッて変われるものですか?

貫地谷 やっぱり衣装やメイク、土地の力を借りて。そういうものが変わると見てる人も気分が変わるし。ほんとに、見てる人の色んな想像力なくして作品って出来上がらないので、そう見てくださっているからこそ、そう見えたんだと思います。

――なつもマコさんとときにぶつかりながら、アニメーターとして成長していく。『なつぞら』でマコさんは非常に重要な存在だったと思います。だからこそイタリアに行って出演がない間は「マコロス」とも囁かれました。

貫地谷 私はその時期、ずっと他の連続ドラマを撮影してたので(笑)。あまり空いている感覚もなく……。

 じつは『なつぞら』の最初の衣装合わせの時に「あっマコさんね、まだ本も全然できてないんです。でも社長で帰ってくるから」って言われて、「えっ、社長? しかも帰ってくるの?」って思いました。

――イタリアから帰ってきて、マコさんはマコプロというアニメ制作会社を立ち上げ、社長になります。

貫地谷 『なつぞら』の撮影当初はそれも知らない状態だったので、(脚本の)大森寿美男さんはどういう風にマコさんを書いてくれるんだろうと思ったら、ほんとに理解ある上司に描いていただけました。

 じつは先日打ち上げがあって、大森さんに「大人の芝居ができるようになったね」って言われて。私21歳の頃に大森さん脚本の大河ドラマ『風林火山』に出ていて、そのときもすごく魅力的な役だったんですけど。成長を見てくださっているようで、嬉しかったです。

――ちなみに『なつぞら』の台本って、どのぐらいのタイミングでもらっていたんですか?

貫地谷 やっぱり朝ドラは長くて作家さんも大変なので、最後は結構ギリギリになってきました。北海道ロケは7月でしたけど、準備稿でやりましたから(笑)。

「中川大志君とぶつかるシーンが好きだった」

――貫地谷さんにとって印象的なシーンは?

貫地谷 いっぱいありますけど、でも北海道で実際に牛を見たシーンは、もうおったまげましたね(笑)。

――マコさんがイタリアから帰国したとき、なつ夫婦に言った「私はね、とうとう子供はできなかったわ」というセリフがとても印象的でした。シリアスな言葉ですけど、表情は明るさを保っているように感じて。

貫地谷 やっぱりマコさんの人生の中でひとつのトピックだったと思うんです。最初台本でこの場面を読んだ時は、おぉと思いました。でも、マコさんにとって子供ができなかったことが全てではない。やっぱりアニメの世界でやりたいことがあって、「もう前向いてるよ、心配しないで」っていう意味も込めたセリフだったんじゃないのかなって。かたや、なつは子供を産んで幸せな時ですから、事実としてそのことを伝えようと。

――撮影で一緒になることが多かったのは広瀬すずさんですか。

貫地谷 すずちゃんと、やっぱり(中川)大志君ですかね。

――中川さんはアニメ演出家・坂場一久役(いっきゅうさん・なつの夫)を演じました。マコさんはいっきゅうさんともたびたびぶつかっていましたね。

貫地谷 ここがキツく思われるかもしれないんですけど、仕事でぶつかるのは当たり前で。意見があるからぶつかれる。意見がない人との仕事ってつまらなくないですか(笑)。そういう意味で、いっきゅうさんとマコさんはすごく楽しんで、お互いぶつかり合いながら仕事をしていたんじゃないかなと思っています。

――プロ意識が高いという感じでしょうか。

貫地谷 そうですね。やっぱりプロ意識も高いし、思いがあるからこそぶつかる。でもそれってほんとに素敵なことだと思う。どこの業界もそうかもしれないんですけど。黙っているとやりやすくていい子だ、と。じゃあ仕事をするうえでそれがベストなやり方なのかと言われると、ちょっと違う。時には自分の意見を言うことも必要で。思いがあればあるほどそういうのって出てくるんじゃないのかなと思って。だから私はマコさんがぶつかるシーンがすごく好きでした。

写真=三宅史郎/文藝春秋
( #2 へ続く)

結婚発表 女優・貫地谷しほり33歳が明かしていた「母親になるための条件」 へ続く

(「文春オンライン」編集部)

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