「デモ隊に中国スパイがいる?」「周庭さんがリーダー?」今さら聞けない“香港デモ入門・12のQ&A”

文春オンライン / 2019年10月10日 5時30分

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デモ隊を追いかける香港警察(10月1日撮影) ©共同通信社

 香港の抗議運動は混迷の度を増している。10月4日には行政長官(大統領に相当)に非常権限を認める緊急状況規則条例(緊急法)が発動され、無許可デモの参加者への覆面禁止法が制定された。それ以降の香港は戒厳令に近い状態にあると言っていい。

 対して、多くの市民が街に繰り出して平和的な抗議活動を実施するいっぽう、一部はより激しい闘争方針を取り、8月末ごろから駅や列車車両、彼らが「中国に近い」と判断した店舗などへの落書きや破壊、放火を広範におこなうようになった。

 とはいえ、香港デモは一般の日本人には理解しにくい。私はデモ初期の6月15~20日と、8月末~10月初頭に現地入りし、警官に撃たれたり催涙弾が直撃したりデモ隊に尋問されたりと大変な目に遭っているが、それでも情勢を追いかけるのは大変だ。

 だが、日本の隣国で発生した大事件に対して、わからないままでいたくない人も多いはずだ。今回は編集部の質問に答えるQ&A形式で、香港デモのそもそもの事情と現状について、外部の取材者の立場からの「日本一わかりやすい解説」を試みてみよう。(全2回/ #2へ続く )

◆◆◆

Q1. 香港デモが混乱したのは誰のせい?

――最近、日本では暴力的な抗議の様子を伝える報道も増えています。当初は平和的な傾向が強かったと思いますが、なぜ「暴徒化」しているのでしょうか。

A1. 最大の要因は香港政府の高圧的な姿勢と、香港警察の暴力のエスカレートでしょう。端的な例を挙げれば、抗議運動が本格化した6月なかばから8月4日までの約2ヶ月間に発射された催涙弾はおよそ1000発ですが、10月1日に香港全域で大規模な衝突が発生した際は1日で1400発が使われました。警察側の鎮圧は8月半ばと9月末にそれぞれ激化した印象です。

 自分の目で見た例でも、9月29日午後に銅鑼湾の平和的な和理非(合法的な抗議をおこなう穏健派)のデモの集合現場に、警官隊が平気で催涙弾を打ち込んでいました。無許可デモだったとはいえ、抱っこひもで子どもを抱えた母親もいる集団にこの仕打ちです。また、現場は繁華街なので通行人も多数巻き添えになっていました。

 9月末からは警察側の内規が変わり、18歳と14歳の少年に実弾を発砲して重傷を負わせています。後述のようにデモ隊側の暴力も目に余るものがありますが、当事者の多くが未成年者であるのは警察側も知っているはずで、実弾発砲の責任は重い。後述のように、デモの動機はすでに警察への怒りが大きな要因になっていますが、それも頷ける話です。

 

――なるほど、やっぱり香港政府と香港警察が悪いんですね。

 いや、デモ隊側にも要因があります。5年前に起きた雨傘革命は、穏健派と強硬派の分裂で瓦解した面があります。この強硬派の流れをくむ人たちは、過去に何度か過激な街頭闘争をおこなっていますが、支持は広がりませんでした。しかし今回、香港政府や香港警察があまりに市民の怒りを集めたことで、勇武派(警官との衝突を辞さない勢力)の闘争方針にお墨付きが与えられた面があります。

 また、運動当初の6月9日の大規模デモの後に、香港政府がそれを無視して逃亡犯条例改正案の成立を急いだことで、「平和的なデモだけでは民意を届けられない」とする考えが説得力を持ちました。デモ隊全体として「不譴責(互いを批判しない)」「不割席(仲間割れしない)」というスローガンがあることも、勇武派が認められる理由になっています。

 9月時点の香港中文大学の世論調査では、市民の約56%は抗議の過激化に理解を示しています。

 そういう社会のムードに、先進国社会に特有の閉塞感を覚えていた、10代の若者たちが乗る形で暴力的な行為を起こしています。政府と警察が悪いという大義名分があることで、一部の若者の暴徒化に歯止めがかからなくなっていると言えるでしょう。

Q2. デモ隊はなんで戦っているの?

――そもそもの話として、香港のデモ隊はなぜ戦っているんでしょうか?

A2. 当初は逃亡犯条例改正案への反対が理由です。これは一国二制度のもとで中国内地とは別の法体系が存在している(独立した法体系がある)香港から、一部の犯罪の容疑者の中国への引き渡しを認める内容でした。

 動機はさまざまですが、香港の民主化や中国からの自立を目指す人たちだけでなく、「なんとなく危ない」と感じた一般人や親中派層まで幅広く反対運動に賛成。結果、6月9日に主催者発表で100万人規模の平和的な反対デモが起きたのですが、行政長官の林鄭月娥はそれを無視します。

 香港政府が、6月12日に抗議者たちを催涙弾で排除する強硬姿勢を見せたこともあって、6月16日には香港史上最大の200万人規模のデモが起きました。実はこの前日、林鄭月娥は改正案を棚上げする方針を示していますが、デモ参加者は完全撤回にこだわり運動を継続しました。

――でも、9月4日に林鄭月娥は条例改正案を撤回しませんでしたか? なのになぜまだ続いているんでしょうか?

 7月に入るとデモ参加者の間で条例改正案があまり重視されなくなり、香港警察の暴力行為に対する独立調査委員会の設置などを含めた「五大要求」の貫徹がデモの目標に変わったからです。9月4日に改正案が撤回されたのは遅すぎました。

 ただし「五大要求」には、逮捕者の釈放や、香港基本法(憲法に相当)のもとでは事実上不可能な行政長官の普通選挙による選出も含まれています。どちらも香港政府がまず飲めない条件なので、デモの終わりは見えないわけです。

Q3. 中国共産党と戦う運動なの?

――デモ隊が戦う理由はそれだけでしょうか?

A3. 別の動機もあります。ひとつは、前述した警察側の暴力への強い怒り。もうひとつは民意を反映しない香港政府や、それを許す香港の体制自体への怒りでしょう。前線で戦っている中高生はさておき、デモを支持する世論の担い手である大人たちの怒りはこの点も大きいと思います。

 香港は1997年に中国に返還された際に民主化が約束されていたにもかかわらず、市民が行政長官を普通選挙で選べず、立法会議員(国会議員)選挙も充分に民意を反映できないシステムが続いています。いっぽう、香港市民は一国二制度のもとで、中国内地とは違い言論や集会(デモ)の自由は認められています。

 為政者は必ずしも民意に沿って選ばれていないけれど、もともとは言論や平和的なデモを通じて要求を伝える仕組みがあった。ただ、中国の影響力が強まった2010年代に入ってそれが無視されることが増えた。不満が溜まっていたところへ、今回の逃亡犯条例改正案が持ち上がり、その後の政府側の傲慢な姿勢が怒りの火に油を注いだ形です。

――中国共産党に立ち向かっている運動ではないのですか?

 日本の一部メディアやTwitterなどは香港デモを「反中国(中国共産党)の運動」という説明をしたがりますが、これは半分正解で半分間違いです。香港政府は北京の中央政府の強い影響下にあるとはいえ、市民の怒りの主眼は中央政府ではなく香港政府に向いています。

 変なたとえですが、1960年代の日本の安保闘争で「反米」が掲げられつつも、デモ隊が実際に怒る相手はあくまでも親米的な岸政権(当時)と日本政府だったのと、ちょっと似た構図です。傀儡を操る親玉ではなくて、あくまでも現地の政府への怒りが優越しているんです。

Q4. デモに参加しているのはどういう人たち?

――デモに参加するのはどういう人たちなんでしょうか?

A4. 抗議方法の違いから(1)和理非、(2)勇武派、(3)「群衆」の3パターンに分けて説明します。まず和理非は合法的で穏健な抗議をする市民で、前述のように子連れの人から老人まで普通にいる。ただ、傾向としては20~30代のホワイトカラーが比較的多そうな感じでしょうか。格好も、せいぜい黒シャツに一般向けのマスクをしているくらいです。

 数量的には和理非がいちばん多く、8月18日の合法デモでも170万人が集まりました。職場の事情からデモに行けない人もいるので、これに近い考えを持つ人はもっと多いでしょう。ビラを作ったりSNS上で情報発信をしたりする文宣(プロパガンダ)部隊も、おおむねこちらに含まれます。

(2)の勇武派ですが、これは警官隊との衝突を辞さない過激な人たちで、10~30代が中心。意外に女性も多いほか、小中学生も混じっています。実は勇武派もいろいろあり、大規模な衝突を観察すると、最前線で防衛したり火炎瓶を投げたりする人たちが数百人ほど、その後ろでウロウロしている人が数千~1万人くらいです。当然、前者のほうが服装が洗練されていて、動きもいい。

 ほかに、正面戦闘には加わらず、デモ隊が「親中的」とみなした公共物(地下鉄駅など)や店舗に対してゲリラ的に汚損・破壊・放火する遊撃部隊がいます。地下鉄のガラス破壊の様子を見ると、かなり壊し方がわかっている感じで、数人~10人で手分けして一気に破壊を進めている。

 また、厳密には勇武派には入りませんが、後方部隊として哨兵(偵察部隊)・物資部隊・救護部隊などが確認されています。詳しくは この記事 で書きましたが、SNSのTelegramを使って、少なくとも各部隊のレベルではかなり組織的に統制されているようです。前出の遊撃部隊も、破壊対象の選定や破壊方法の情報共有などを組織のなかでおこなっているのではないでしょうか。

――(3)の「群衆」というのは、聞き慣れない話ですが?

(3)の「群衆」とは、なんとなくデモに親和的で、警察が嫌いな庶民です。騒ぎがあると野次馬として集まり、「ロンドン橋落ちる」の替え歌などで警察を煽り、催涙弾を撃たれるとワラワラ逃げる。彼らは服装も整っていなければマスクすらしていないことも多く、まさに「群衆」という感じですが、各地の現場には数千人単位で存在することもあります。

 ややガラの悪い繁華街である旺角や、古い住民が多い北角や黄大仙、郊外などで多く見られます。一部は、警察が嫌いな地元住民たちが「うちの街に入るな」といった動機で、正規のデモ隊と共闘する例もあります。

Q5. デモ隊に中国のスパイは入っている?

――暴力行為をおこなうデモ隊は香港警察や中国のスパイである、といった話もよく聞きますが?

A5. もちろん、デモ隊の大群衆には間違いなくスパイが紛れ込んでいます。警察のスパイ行為はすでに複数がバレていますし、中国の情報機関などが送り込んでいるスパイも絶対にいる。ただ、これらのスパイたちがデモ隊の暴力行為を先導しているかといえば、こちらは考えにくいと思います。

 上述のように、破壊行為をおこなう部隊はかなり統制された動きを見せています。 この記事 の哨兵部隊はスパイの排除にかなり注意しており、おそらく遊撃部隊も同様のチェックをしていると思われますから、暴力行動を積極的に煽れるレベルまで警察のスパイが多く浸透していることはまずないと思います。

 下に紹介する動画は私が撮影したもので、9月8日にセントラル駅の出入口を破壊する遊撃部隊の様子です。破壊用の鉄パイプなどを準備し、ガラスのどこを突いて壊すかも事前に情報共有しているかに見える。数人〜10人ほどのチームで分散して、同時に10ヶ所くらいの駅の出入口を一瞬で破壊しているわけです。周囲のデモ隊もまったく止める様子がなく、これはデモ隊側の人間の行為です。

 

 また、隊列からはぐれた警官やデモに抗議する一般人へのリンチや、破壊行為に対しては、周囲のデモ参加者が傘をさして現場を囲み、悪行がメディアに撮られないように協力しています。暴徒的な行為をおこなう人たちと他の参加者は、普通に香港式の広東語で会話しており、明らかに味方同士です。中国からのスパイが入っていることもまずないと見ていいでしょう。

――でも、日本側では「スパイ説」がかなり広がっているようですが。

 香港のデモ隊には文宣(プロパガンダ)部隊がおり、SNSなどでデモ隊に有利な情報操作を日本語でおこなう集団がいます。後述しますが、日本でしばしばメディアに登場する周庭(アグネス・チョウ)さんもこれに該当する。また、デモ隊の文宣作戦に組み込まれたり感化されていたりする日本人のインフルエンサーも存在します。

 行き過ぎた行為について、デマを上書きすることで事実関係を曖昧にし、イメージの低下を防ぐのが彼らの仕事です。たとえば、7月に親中派議員の何君尭の親の墓が荒らされた際には「あれは何議員から報酬をもらえなかったヤクザがやった」、10月上旬に地下鉄の観塘駅がひどく破壊されたときには「あれは警察がやった」といった主張を拡散するわけです。

 香港デモは次々と事件が起きます。なので、デモ隊に不祥事があればひとまずデマを流すことで真偽不明の状態に変え、世間の関心を次の話題に移らせることで真相をウヤムヤにする――。というプロパガンダのノウハウも、なかば確立しています。

 私は香港デモの動機は理解する反面で、現場の様子からは常に5~10%くらいは陰険で胡散臭い雰囲気を感じ続けているのですが、その一因となっているのが、前述の「傘隠し」行動やこうしたフェイク・ニュース作戦です。

 仲間のいきすぎた行為に内部でブレーキをかけず、隠蔽したりデマを流したりして世界の人々(日本人を含む)を騙すことに注力する。また、デモ隊に批判的なメディアには「中国の回し者」として糾弾する宣伝をさらにおこなう。もちろん政府権力に立ち向かう上では、きれいごとだけでは戦えないのですが、彼らにこうした部分があることはやはり指摘せざるを得ないところです。

Q6. 周庭さんはデモの「リーダー」か?

――周庭さんは日本のメディアでは香港デモのリーダーとして取り上げられることも多いようですが、違うんですか?

A6. 違います。彼女は雨傘革命当時に運動を主導した学民思潮という学生運動グループの元広報担当者で、その後身団体の香港衆志のメンバーです。日本語ができることから、日本で「香港デモの顔」として知られていますが、今回のデモに対して指導的な立場ではありません。香港でも知名度はありますが、すくなくとも運動の面では一線の人ではないイメージです。

 今回の抗議運動での周庭さんの役割は、日本に対する文宣(プロパガンダ)です。デモ隊は今回、吉野家などの日系チェーンの店舗を多数破壊(後述)しているのですが、それが日本側に報じられたことで、香港の大規模掲示板であるLihkg.comでは「周庭を呼んでこい」「周庭に説明してもらおう」といった書き込みがいくつも見られたりもしました。

 彼女は良くも悪くも広報の達人であって、「リーダー」ではありません。上記の吉野家襲撃の理由をTwitterで説明するなかで、店舗破壊を「ボイコット」と言い換えるなど、実態としてはデモ側の対日プロパガンダ戦略を実行するエースとして活動していると考えるべきでしょう。周庭さんは非常に優秀ですが、日本のメディアが彼女の言葉を無批判に流している現状は、ちょっと問題があるようにも感じます。

#2(Q7~Q12)へ続く

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「香港旅行は大丈夫?」「なぜ吉野家も標的に?」今さら聞けない“香港デモ入門・12のQ&A” へ続く

(安田 峰俊)

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