「男の子の成績不良」という世界的な傾向から考える“男子校の存在意義”

文春オンライン / 2019年10月18日 11時0分

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 OECD(経済協力開発機構)が行う「PISA」(学習到達度調査)というものがある。2006年、ニュージーランドでは合計点の平均で女子が男子よりも30点高かった。その結果を受け、男女の成績を詳しく分析した研究結果がのちに発表された。

「男の子はなぜ女の子より劣るのか」という衝撃の記事

「男子生徒の成績は、共学校より男子校のほうが良好であることがニュージーランドの研究で明らかになった。オタゴ大学の研究所は、男子校と女子校、そして男女共学の学校に通う生徒や学生900人を対象に成績の比較調査を実施した。それによると、男女別学で中等教育を受けている生徒では、男子生徒の成績が女子生徒をわずかに上回った。一方、共学校では女子のほうが男子よりも良い成績を収める傾向が顕著で、この傾向が25歳くらいまで続いた。研究をまとめたシェリー・ギブ氏は、『男女別学のほうが成績に男女差が生まれないという主張を裏付ける結果となった』と述べた。同研究は豪誌『オーストラリアン・ジャーナル・オブ・エデュケーション』に掲載された」(ロイター通信、2009年8月25日付)。

 2006年2月15日付の『ニューズウィーク 日本版』に「男の子はなぜ女の子より劣るのか」という衝撃的なタイトルの記事が掲載された。同年1月に発売されたアメリカ版の「The Trouble With Boys(男の子たちの問題)」という記事の翻訳である。

「小学校で男子が学習障害とされる割合は女子の約2倍」「高校で学校が嫌いという男子は1980年から2001年の間に71%も増えている」「30年前、大学生に占める男子の割合は58%だったにもかかわらず、現在は44%になっている」など、学業において男子が苦戦しているというデータが示された。そして導かれた論旨は、1972年に連邦政府が学校における男女の機会均等を法的に定めて公立学校での男女別学を禁止して以降、男女の発達や志向、得意分野の違いを無視してまったく同じ条件で教育されたことに問題があるのではないか、むしろ女性向けの教育になってしまったのではないかというものだ。

男女の得点差は脳科学で説明できる?

 同誌は「脳科学ですべてがわかるわけではない」としながらも、「中学校においては、男性の性的な成熟は女性に比べて約2年遅れている」「脳の厚さは女性が11歳で最大になるのに比べ、男性は18カ月遅れる」「5歳から18歳の男女に情報処理能力のテストをすると、幼稚園では男女の差はないのに、思春期には女性のほうが『速くて正確』という差が生じ、18歳には再び男女の差がなくなる」など、男女の発達上の違いを科学的に指摘している。

 そして一つの解決案として、主要教科で男女別学のシステムを導入したコロラド州プエブロのロンカリ中学校の例を紹介している。「恥ずかしがり屋な男子が授業に前向きに参加するようになった」「数学、英語、科学の成績で女子クラスがトップになり、続いて男子クラスが共学クラスより上になった」という成果の兆候があり、別学が男女両方にとってメリットがあるとの見解を示している。

 この問題は「ボーイズクライシス」(男の子たちの危機)などといわれ、その後世界中で盛んに議論されるようになる。

 2002年には、イギリスの国立教育調査財団(The National Foundation for Educational Research)が、計2954の高校を調査した結果を発表している。学力差などもともとの背景要素をなくしたとしても、明らかに共学よりも別学の学校のほうが男女ともに成績が良く、女子校の生徒は、高等数学や物理などの「一般的に女性的でない」とされる教科を選択する確率が高いなどの傾向がわかり、生徒の学力を最大限に伸ばすため、「公立の学校は、1学年180人前後で構成し、男女別学にすべきだ」とまとめている。

 2005年、イギリスのケンブリッジ大学は教育における性差に関する4年間の研究結果を発表した。研究チームは何百にもおよぶ学校を調査し、男女の学力差を埋めつつ、男女それぞれの学力向上を成し遂げるための戦略を模索した。この研究では、単に観察をしてレポートをまとめるだけではなく、成功事例がある学校の戦略を、あまり成功していない学校に導入するという指導まで行っている。そしてその戦略の一つに、男女別学化があったのだ。男女別学化することにより、男子生徒は英語と外国語で、女子生徒は数学と科学で、それぞれ顕著な効果が見られた。

「『男女に変わりはない』という建前を取り払う必要がある」

 ACER(The Australian Council for Educational Research オーストラリア教育研究審議会)が6年間にわたり、計27万人の生徒に行った調査では、男女別学で学んだ生徒のほうが15~22%も成績が良く、しかも生活素行も良く、学習を楽しいと感じたり、学校のカリキュラムを価値あるものと認識する割合が高いと報告されている。そして、「12歳から16歳の年齢帯においては、認知的、社会的、発達的な成長度合いの男女差が大きく、共学の学習環境には限界がある」と結論づけている。

 NASSPE(National Association for Single Sex Public Education、著者訳:男女別学公教育協会)には、アメリカのみならず世界各国から、男女別学のメリットを示すデータが数多く寄せられている。NASSPEの代表であり小児科医のレナード・サックス氏は、男女の脳の構造や機能の違いから、男女それぞれに応じた教え方があることを訴えている。彼の主張によれば、そもそも男性と女性ではものの見え方も聞こえ方も違うというのだ。

 ただし、サックス氏らの説に異を唱える研究者も少なくない。神経科学者で『 女の子脳 男の子脳 』(NHK出版)の著者リーズ・エリオット氏はその1人である。彼女は「残念ながら、サックスは男女別学校の実際のデータとして、彼が主張する男の子と女の子の神経学上の違いと同様、都合のよいものしか取り上げておらず、男性と女性、もしくは共学と男女別学が本質的に変わらないことを裏付けるすべての証拠を公平に評価する努力に欠けている」と批判する。

 ただしリーズ・エリオット氏も「性差はある」と主張する。そして、「男女別学を勧める人たちが、男の子と女の子の意欲や対人関係の違いを根拠にしているならば、そちらのほうが根拠としては確かだろう。とくに、男女が発達期に互いに距離を置き、保護される時期を作ることはよいかもしれないという考えには説得力がある」「学校は男の子にとって以前よりすごしにくい場所になっている。教師や親は男子特有の長所短所を知り、有効とされる教授法を踏まえたうえで指導すべき」「男女別学校を成功させるには、男女平等という目標と、男女は違うという前提を上手に調和させる必要がある。同じように、共学校でも、男女に変わりはないという建前を取り払い、性差が、子どもたち一人ひとりが必要とするものの土台になっていると認める必要がある」などと述べている。

「ジェンダー的観点」か「教育の多様性」か

 男女平等参画社会実現への意識が高まるなか、「男性が優位な社会では、女性の地位を向上する手段の1つとして女子校は必要だ」という主張は比較的受け入れられやすい。しかし男子校は不要なのだろうか。原因が何かは別にして、共学校という環境において、男の子が自分らしさを十分に発揮できていない可能性が、さまざま指摘されているのである。

 特に思春期においては肉体的にも精神的にも1~2年成熟が早い女子に囲まれて、一部の男子が萎縮してしまうのはしょうがないと言ってしまっていいのか。また、ジェンダー・ギャップは男女の社会的な立場の差を表すが、それが女性だけでなく、男性を苦しめている場合もある。「男なんだから一家の大黒柱であるべきだ」「社会的に活躍できない男性はかっこわるい」というような価値観が、男性の側だけでなく女性の側にもある。そのような圧力から逃れるため、男子があえて性差を意識しなくてすみやすい環境を選ぶことは否定されるべきなのだろうか。

 男子校の存在意義を巡る議論で賛否の意見が対立する場合、実は双方の前提がそもそも違っていることが多い。かたやジェンダーの視点から見ており、かたや個別の子どもにとっての学びの環境の最適化という視点から観ているのである。双方の観点をふまえた議論はできないのだろうか。

 すべての学校を男女別学にすべきだとはまったく思わない。共学校よりも男子校・女子校のほうが絶対的に優れているなどというつもりもない。ただ、多様な教育環境の1つとして、男子校・女子校という選択が社会のなかにあってもいいのではないかというのが、拙著 『新・男子校という選択』 および 『新・女子校という選択』 の主張である。ちなみに現在、全国の高校に占める男子校の割合はたった2.2%である。

(おおたとしまさ)

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