バッハって何様? 東京五輪マラソン札幌開催を“強行突破”したIOCの無責任

文春オンライン / 2019年10月18日 20時50分

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ドーハで開かれたANOC総会でスピーチするIOCのバッハ会長。「札幌開催」を明言した(10月17日) ©共同通信社

 ただ、バッハ会長自身がオリンピックに出場した選手であるがゆえに、アスリートの立場がわかって開催地を変更した、という話ではありません。今回の異例の決断をバッハ会長自身のキャラクターと結びつけるのは間違っています。「調和と多様性」をモットーにして、2032年の南北共催のオリンピックを目指す文在寅大統領と会談をするなど、彼はこれまでも対話を重視する姿勢をとっており、特段“強権的”な人ではありません。

 そもそも、このバッハ氏をIOC会長に推薦したのは日本なんです。レスリングがオリンピック種目から外される可能性が出てきたとき、東京での五輪招致をしていた日本は“お家芸”を守るため、「レスリング残留」に前向きだったバッハ氏をIOCの会長に推薦しました。当時「レスリングの五輪競技残留」「東京五輪の招致運動」、そして、「バッハ氏の会長推挙」は、一体となって進められていたのです。

 バッハ会長と同じフェンシングでのオリンピアン、日本の太田雄貴氏と対談を行ったこともありますし、日本との関係の浅くない人物です。これまでの関係も悪くなければ、バッハ会長自身は東京に対して悪い気持ちはないでしょう。

バッハ会長が取った“実利”とは

 この異例の決断を理解するため、押さえておきたいのはオリンピックを主催するのはあくまで「IOC」であり、「東京都」でも「日本オリンピック委員会(JOC)」でもないということです。東京都はあくまで場所を提供して協力するだけ。すべての判断は、東京五輪の準備状況を監督するIOC調整委員会のジョン・コーツ委員長を経由して、IOCの許可がないとできません。日本の組織委員会の最大の仕事はIOCとの協議と言われるくらいです。

 これまでもJOCと東京都が、IOCと繰り返し暑さ対策を話し合ってきました。ですから、IOCも問題は認識していた。ところが、この9月末~10月初めに“事件”が起きた。カタール・ドーハで行われた国際陸上競技連盟主催の世界選手権で、暑さを考慮して午後11時半~12時にマラソンと競歩のスタート時間を設定したにもかかわらず、女子マラソンでは出場選手の4割以上が途中棄権してしまったのです。

 こうなるとオリンピックの主催者であるIOCバッハ会長も動かざるを得ない。なぜなら五輪のスポンサーたちがドーハでの暑さ対策の失敗が東京でも起きるのではと心配しかねないからです。札幌開催というのは、バッハ会長がいわば“実利”を取ったということです。

 主催者が意思決定をする以上、日本には従う以外の選択肢はありません。日本が出来ることは、会場変更にともなう経費をIOCに負担してくれと頼むことくらい。大混乱することは間違いないですから、せめてバッハ会長は観客に対して謝罪するくらいしてほしいですよね。

所詮は金のため?

 今回の決定をした背景には「公共団体」と「利益団体」という2つの顔を使い分けるIOCという団体の特殊性があります。NGO(非政府組織)のNPO(非営利団体)でありながら、収入はスポンサーに頼っているのです。

 その意味では「所詮は金のためのイベント」という言い方も間違ってはいません。「最高のアスリートのためを思って」とはいいつつ、より気候のいい秋に開催できないのは、莫大な放映権料を支払っているスポンサーである米NBCテレビが、夏に開催した方が都合がよいという意向があるからです。

 これまでも、この二面性は問題になってきました。たとえば、アトランタ五輪のとき。五輪開催となると治安維持のためにガードマンや警察官が駆り出されますが、「もはや利益団体であるIOCのために、なぜ警察が協力しなければならないのか」と当時のアトランタ市長が言い出したときも、IOCは「じゃあ、アトランタで開催しなくてもいい」と強硬姿勢を示して、結局、市長側が折れたという過去がありました。

 今回の決定は、あくまでIOCという高度な政治性をもった組織が、その特性を発揮しただけなのです。

(「週刊文春デジタル」編集部/週刊文春デジタル)

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