《ラグビーW杯》“ジャッカル”姫野のぽっちゃり少年時代 中学恩師が「私も吹っ飛ばされた」驚異の体幹

文春オンライン / 2019年10月19日 11時0分

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中学1年生の姫野(松浦氏提供)

《ラグビー秘話》「ナンバー8」姫野はなぜ母校に通い続けるのか 高校恩師への感涙メール から続く

 ラグビーW杯で強豪を次々撃破し、無傷の4連勝で史上初の決勝トーナメント進出を果たした日本代表。死闘のグラウンドで、日本人離れした力で獅子奮迅の活躍を見せたのがナンバーエイトの姫野和樹(25)だ。

 今から12年前、中学1年生の姫野をラグビーに誘ったのが、地元・名古屋市立御田中学校のラグビー部顧問だった松浦要司氏(42)である。松浦氏を訪ねて、姫野とラグビーとの出会いについて聞いた。

体の大きい子に片っ端から声を掛けた

「御田中のラグビー部は名古屋市で最も歴史が古いラグビー部でしたが、私が赴任した当時、12人制のラグビーをやるのに部員が15人しかいませんでした。3年生が抜けたら試合ができなくなる状態で、野球やサッカーとは違って、人集めのために片っ端から声を掛けて勧誘していたんですよ。口説き文句は『初心者でも出来る』『誰でもレギュラーで試合に出られる』。

 特に体の大きい子や足の速い子は日頃からチェックしていて、姫野もその中の1人。仮入部で友達と一緒に来て、全然目立つ子じゃなかったんです。身長160センチ、70キロくらいでぽっちゃりしていた。僕もとにかく入部してもらわないと人数が揃わないので、まずは『センスいいよ、スゲえじゃん』って、とにかく最初は煽てていました(笑)」

 実際に入部させてみると、姫野の非凡なセンスに気付いたという。

「ぽっちゃりしてる子は、どちらかというと不器用な子が多い。ところが姫野は器用にパスを投げるんですよ。それを誉めたら、声変わりしてない高い声で『ありがとうございます!』なんて楽しそうに笑っていました。ポジションは本人たちの希望を重視するんですけど、チームスポーツなので適性があります。彼は体格が良かったので、最初から(FW前方の)プロップでスクラムを組んでましたね」

 当時の姫野は皆を引っ張るようなタイプではなく、チームの盛り上げ役でムードメーカー的存在だった。

「友達から『姫』と呼ばれてお調子者キャラでしたが、まだ中学生ですから精神的にムラもありました。試合中にレフリーの判定に不満そうな態度をとったり、相手の反則に感情的になったり。練習でも、すでに1年生から群を抜いた力がありましたから、私がチームメイトにケガをさせないように『本気はダメ』と禁止にしたんです。でも、本気でやりたくなりますよね。それで、姫野にスイッチが入っているのがわかると、呼び止めて『抑えろよ』と注意すると『なんで僕だけ全力出したらいけないんですかっ!』と向かってくる。

 そんな時は、『顧問の言うことを聞けない選手はラグビーをやる資格はない。帰っていいぞ』と、きつく指導したこともありました。すると、一旦、グラウンドから出て行って、少し経つと『さっきはすみませんでした。もう一回やらせてください』って必ず謝りにくる(笑)。可愛くて素直で真っすぐな子なんです。部活も休まず、遅刻も一度もありませんでした」

 姫野の1学年上は県大会で優勝するほどの実力で、そのメンバーにたった1人の下級生として加わり試合に出場。高いレベルに揉まれ経験を積んだ姫野のパワーは計り知れないほど成長していった。

「先生が相手してやるから、来い!」

「中学2年の冬には身長も180センチくらいになっていました。毎日1対1のタックル練習をするのですが、姫野の相手をできる子がいなくなってしまい、私が『先生が相手してやるから、来い!』と言ったんです。絶対に負けない自信があったんですけど、私がボールを持って姫野に当たったら簡単に吹っ飛ばされた(笑)。私も高校3年間ラグビーをやっていたので『もう少し本気でやらなくては』と、本気でもう1回姫野に当たったんですけど、また飛ばされてしまって……。逆に、私もボールを持った姫野を倒してやろうと思ったんですけど、しがみつくこともできなかった。とにかく体幹が強い子でした」

 中学生で「夢はラグビーでプロになること」を目標に掲げていた姫野は恩師の元、ラグビーにのめり込んでいった。

「相手への当たり方も、真正面から当たったり、下に落としたり、ハンドオフなど細かい技術も教えました。姫野はコンタクトプレーで相手に対しての間合いの作り方には抜群のセンスがありました。しかし、中学3年の最後の県大会準々決勝は1トライ差で負けてベスト8という結果に終わりました。優勝候補だったのですが、姫野の代は同級生が少なくて無理矢理ほかの部活の生徒まで試合に出していましたから、勝てなくて当然ですよね(笑)」

 中学ラグビーで優勝を逃した姫野は、当時まだ花園常連校ではなかった「春日丘高校(現中部大学春日丘高校)に進学したい」と松浦氏に打ち明け、恩師も背中を押した。

「勉強はがんばってましたが、得意ではないですね(笑)。私は彼の決意を聞いて、成績を上げなければならないから『授業ではとにかく手を挙げなさい。そして提出物は絶対にだすこと』と、彼と約束しました。最初は恥かしくてやらないかなと思ったら、姫野は愚直にやるんですよ。他の先生にも『姫野君がんばってるね』って言われたほど。そうしたら成績も上がって、無事に志望していた春日丘に合格できました。私もうれしかったですね」

恩師が姫野に贈った詩とは

 姫野の卒業が迫った頃、恩師はアメリカの哲学者ウィリアム・ジェームズの詩を彼に贈った。

「私も姫野の卒業と同時に学校が変わることが決まっていたこともあって、後にも先にも私の教員生活でこんなことをしたのは初めてでしたが、『今の姫野に足らないことがこれだから、読みなさい』と廊下で詩をプリントして手渡しました」

《心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる》

「精神面が課題の姫野にぴったりだなと思っていました。最近、姫野に詩のことを聞いたら、『覚えてます。ありがとうございます』と言ってましたけど(笑)。そして、ラグビー部には『常に一流であれ』というチームスローガンがあったんです。ラグビーだけやっていてもダメ。ラグビー以外でも学校生活が大事で、姫野たちを指導するときには『それは常に一流か?』といつも言ってきました。今でも姫野がサインにその言葉を書いてくれてるみたいで、ありがたいです。ただ……今の姫野は一流を超えて、超一流ですね(笑)。素晴らしいです」

 姫野らを指導する中で、恩師は自分の中である誓いを立てていたという。

「ラグビーって、めちゃくちゃ厳しかったり、根性を入れたりして教えるイメージがあると思うんですけど、それは止めようと心に誓っていました。とにかく、しごきは絶対にやらない、と。トライを取る喜びや相手を倒す充実感、そして楽しくラグビーをさせて、中学で嫌だと思ってほしくなかった。私は子どもたちが高校、大学、社会人でラグビーをする姿を見るのが夢でした。ですから、地元・豊田スタジアムで行われた先日のサモア戦で、桜ジャージを着てグラウンドを駆け巡る姫野を見たときは言葉がありませんでした。

 南アフリカ戦は姫野やチーム皆がだいぶ消耗していると思うんですよ。私も先日、心配になって『できるだけしっかり休めよ』と本人にメールを送りました。こんなこと言ってはいけないのかもしれないですが、心の中では『もうここまで来られたんだからいいじゃないか』という思いもあります。でも、皆の期待もあるから頑張らないといけないですよね」

 10月20日、過去に優勝2回を誇る南アフリカとの一戦を迎える。恩師のラグビー部への誘いから始まった姫野の夢は、まだまだ終わらない。

(「週刊文春デジタル」編集部/週刊文春デジタル)

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